『半暮刻』月村了衛

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 この本で直木賞獲ってほしいなぁと思っている。それぐらい面白いし、今のところこの本が今年のマイベスト本だ。

 だが、店頭では売れない。決して本が悪いわけではない。私がPOPを書くせいだ。私がPOPを書くと売れなくなる。売れてもPOPをつけていないところから売れていく。だから手書きPOPはあまりつけないように気を付けているのだが、我慢できないほど面白い本にはどうしてもつけてしまう。というか、読んだ本はほぼ全部につけてしまう。この本もそんな可哀想な本のうちの一冊だ。

 さて、この本の話は、半グレ集団がやっている風俗を斡旋する仕事で、二人で協力して良い成績を残した大学生の海斗と、施設で育った翔太の二人が主人公だ。半グレ集団は逮捕されるが、海斗は逃げ切り、翔太は実刑判決を受ける。その後の二人の人生は、天と地のように分かれる。

 翔太は出所後、仕事がなくヤクザになり、デリヘル嬢の送迎の仕事をする。そのときに出会ったデリヘル嬢が送迎中に本を読んでいた。それがきっかけで翔太も読書にハマり、その後の人生が大きく変わる。この本好きデリヘル嬢のセリフに「読書に何の意味もない。ただ好きだから読んでいる。好きなことを好きなだけできることが私たちの勝利だ」というものがある。少し大袈裟だが、私はこの言葉に救われた。私は財産もないし、地位や名誉もない。ただ自分の稼ぎの範囲内で好きなことをして生きている。世間的には負けているなぁと薄々感じていたが、この言葉のおかげでその負い目も少なくなった。

 一方の海斗は、大手でブラック企業のアドルーラーに就職し、いろんな手を使ってのし上がっていく。世間的には大成功の例だが、海斗のような勝ち組は常に消費される側にいると思う。勝ち組は世間からどう消費されるかをよく考えて実行しているから儲かって勝ち組になれるのだが、彼らは忙しくて好きなことをする時間がない。家柄の良い生まれつきの勝ち組も、その財産目当ての奴の餌食になるから、やっていることが本当に自分の好きなことかが分からない。これは海斗の夫婦関係から分かる。お互いの容姿や家系、仕事での地位を重視した結婚で、本当にお互いが好きなのか、そもそも二人とも本当に結婚を望んでいたのか分からない。よって勝ち組は、本好きデリヘル嬢の基準だと、好きなことを好きなだけしていないから負けとなる。

 私はこの本を夫に説明した。当然、翔太に共感してくれるだろうと思っていたが、夫は「俺は海斗のように全てを手に入れたい」と言った。嘘だろ?と思ったが、勝ち負けの基準は人それぞれである。私のようにこの本で救われる人もきっといるはずだから、この本には何か受賞してほしい。私にできることは今年の本屋大賞を一位で投票し、ここで書評を書かせてもらい、逆効果になるPOPを書くことくらいだ。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。