『夜のお店解剖図鑑』高橋哲史

●今回の書評担当者●丸善博多店 脊戸真由美

 雪が溶けて川になって、夜の街に流れていきたくなります。もうすぐ春ですね。コスパもタイパも忘れて、ちょいと出かけませんか。夜ふかしは大人の醍醐味。お得な飲み放題とキャッチに引っ掛からなければ生還率は高い。夜中に起きる犯罪は昼間の半分だ。ぼっちさん、飛び込みさん、出禁さん以外は熱烈歓迎!夢は夜ひらく。

 飲んだり食べたり口説いたりして、いつも通ってる店の中身はこうなっている。そして銀座なクラブに、芸妓さんを呼んでのお座敷遊び。カジノのVIPルーム、お高い店の中も丸わかり。戦後の闇市からグランドキャバレー。永井荷風は毎日のようにカフェー通いをしていた。女給のエプロンの結び目から「夜の蝶」と名がつく。そしてメイド喫茶へと、生まれては消える飲食業態。読み進むうち記憶のメモリーにアクセスされ、二度と行けないあの店のことを思い出します。

 これから出現するかもしれない、お店の図面も載っている。メタバース飲み屋では、仮想映像の侍と酒を酌み交わす。肴は炙ったイカだろうか。無礼があると、「斬り捨て御免」されそうなので、ほどよく正気を保てそう。

 内見から契約の流れ。施工見積り査定の極意、なんてのも書かれているので、オレが持つならこんな店、愛人にもたせるならあんな店、と夢をふくらませるのもよいでしょう。建材は少量だったらアマゾンで買えるらしいので、自分でやるという選択肢もあります。

・定食屋と町中華
研ぎすぎて華奢になった、無口なおじちゃんの包丁。テレビはナイター中継。おかんアートは増えすぎてまるで実家。奇数のグリンピースは験担ぎ。最近のナルトはトマトなどの天然色素で着色したものもあり、気持ちと胃袋が整います。

・屋台
夜の闇の一部になる。寡黙すぎてほぼオブジェな大将。高架を通る電車の音。散歩中のお客が連れて来た犬をなでる。かのハチ公の胃には4本の串が残っていたという。運がよければ古本のアレに出会えるかもしれない。 

・立ち飲み
客回転がよくて運営がラク。客単価も低いので、景気が悪くなると増える業態。腰の負担もなく内臓にもいい。立ち飲みは酔いにくい、という説もあるが、緊張感を持って立っているからなので、それは気のせい。

・角打ち
ご近所の常連客と人情、昭和の置き土産(美女ポスター)で、できています。ビールケースを重ねてテーブルや椅子に。家で開けるとわびしい缶詰も、ここで食べるとことのほか美味。冬は石油ストーブの上に載せて、爪楊枝でつまむ至福のひととき。

・海の家
昭和の子どもが夏休みに行きたかったナンバーワン。焼きそばとラムネ。大人はビール。あまりの包容力に安心し過ぎて、しばしば子どもが沖までさらわれるゴムチューブの浮き輪。砂がジャリジャリしているビニールござの床も、なんならもう一度味わってみたい。

・スナック
日本に10万軒あるといわれている。気持ちよく歌わせてくれる、ママとチーママの連携プレイに思いっきり転がされよう。ちなみに水商売の語源。造り酒屋の生酒は、どんどん発酵がすすむので、多少水を足してもばれなかったという説。薄い酒ならカラダにもやさしい。

・ぼったくりバー
ほかに客がいないのが、特徴のひとつ。集中するために無音...こわい。上の者はすぐ駆けつけられるように、近くで待機しています。おまわりさんは民事不介入なので、よっぽどに発展しないと何もしてくれません。

・カジノのVIPルーム
ディーラーのポケットは、物を入れられないように縫い合わされている。セキュリティにはレスラー上がりも多い。しかし、一番の勝負は自らのドーパミンとの戦い。ラスベガスのおしぼり文化は日本から輸出されたものである。

 飲酒とトイレはおともだち。気合いを入れた化粧、つまらない飲み会からの逃げ場。飲み屋の個室独占時間は増える傾向にあるが、ほどほどにして次の人にバトンを渡してあげたい。

 つわものどもが夢のあと。繁盛しててもお店を閉めることがある。オーナーの病気、飽きた...殺人事件。本屋もガンガン閉店していく。わたしも渡り鳥書店員である。はじめて働いた店では、同僚がレジで客に刺された事件があった(縫っただけで済んだ)『大島てる』で見ると、近くにヤクザの親分が射殺されたスナックもある。さすがは修羅の国である。

 どんぶらこと流されて、今の職場は駅ビルだ。いつも正月を過ぎると、春にオープンするショップの夜間工事が始まる。帰宅する我々と入れ違いに、業者軍団が道具を抱え突入してくる。速攻で通路に養生を貼られて、通れなくなるのでこちらも戦いだ。職人さんの作業着のトレンドも変わる。ハツってクロス貼って新しいお店が爆誕。新陳代謝の季節です。

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丸善博多店 脊戸真由美
丸善博多店 脊戸真由美
この博多の片隅に。文庫・新書売り場を耕し続けてウン十年。「ザ・本屋のオバチャーン」ストロングスタイル。最近の出来事は、店がオープン以来初の大リニューアル。そんな時に山で滑って足首骨折。一カ月後復帰したら、店内全部のレイアウトが変わっていて、異世界に転生した気持ちがわかったこと。休日は、コミさん(田中小実昌)のように、行き先を決めずにバスに乗り山か海へ。(福岡はすこし乗るとどちらかに着くのです)小銭レベルの冒険家。