『ちゃぶ台11 特集:自分の中にぼけを持て』ミシマ社
●今回の書評担当者●丸善博多店 脊戸真由美
「私はあなたのお父さんよ」
そう言ったのは、テルさんだ。
僕の出生に関わる秘密を廊下のすれ違いざまに告げられるとは思わなかった。八十代半ばの老女であるあなたが、僕の父さんだなんて。できることならば、蔦の絡まる古びた喫茶店の暗がりで告白してほしかった。
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福岡にある託児所、ならぬ「宅老所よりあい」
村瀬孝生「僕の老い方研究」より。
コロナより前のこと。森の中にある「よりあい」にランチを食べに行った。(現在はランチお休み中)
そこは木々に囲まれた「ザ・昭和」な民家。
職員さんに連れられて、そこで暮らしているお年寄りも隣に座り、同じメニューを食べる。まるで大家族のようだった。
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ふと、ハルさんに質問をした。彼女を指さして「あの人は何で動いていると思いますか?ゼンマイ?それとも電気?」と。
ハルさんは「あは、あは」と言いながら彼女の顔をじっと見つめた。
「ガス」とつぶやいた。ゼンマイでもなく電気でもなくガスだった。
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書店の同僚の話。どことなく、いつも色っぽい人だった。
本を買いに来たオジさんが「カッコカブ領収書」と言った。彼女の手元を見ると「(パブ)◯◯社」と書いていた。オジさん爆笑。それでいいから、と嬉しそうに帰っていった。よかったのか?
彼女は消防士と結婚して退職していった。
写真を見せてもらうと、たいへんに盛大な結婚式だった。ボケは愛される。
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まるで湯婆婆である。
湯婆婆は千尋から名前を奪い「千」と名付ける。
エミさんも職員から名前を奪い、新しい名を与える。
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これまた過去の同僚。暑かろうと寒かろうと、鼻の下に汗が光り、なんかエロい子だった。
ガンバ文庫が、と言うので知らない文庫か?と思ったら岩波のことだった。
エンド台(通路沿いに並ぶ平台)は「宴土台」と書くと思っていた。浮かれた相撲が催されそうで見てみたい。
やはり、あっという間に退職していった。
ボケられない者が残される悲しい花いちもんめ。
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※自分の中に ぼけ を持つための三箇条
一、 時間と空間を所有しない。
二、 体を所有しない。
三、 帰属先を動植物の世界に移していく。
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「よりあい宅老所」のイベント。
伊藤比呂美×谷川俊太郎トークショー。
日付を見ると、もう10年くらい前だ。
タイトルは、詩人が語る「老いとぼけと詩」
当時のホームページを見る。
参加費 : 2000円(安い!)
という文字が躍っている。
トーク90分の内、ヒロミ80/シュンタロウ10。
圧倒的すぎる試合。デスマッチだったのか?
シュンタロウの声は、ほぼ記憶に残っていない。笑いすぎて息が吸えなくなる。老いとぼけと、詩と死があった。
「自分の中にぼけを持て」
50を過ぎて、山の中がやたら落ち着くようになってきた。動植物の世界に、帰属し始めてきてるのかもしれない。セルフ姥捨山。イノシシに出会う季節です。
- 『古本屋台』Q.B.B. 作・久住昌之、画・久住卓也 (2023年10月5日更新)
- 『私のアルバイト放浪記』鶴崎いづみ (2023年9月7日更新)
- 『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』斉藤倫=著、高野文子=イラスト (2023年8月3日更新)
- 丸善博多店 脊戸真由美
- この博多の片隅に。文庫・新書売り場を耕し続けてウン十年。「ザ・本屋のオバチャーン」ストロングスタイル。最近の出来事は、店がオープン以来初の大リニューアル。そんな時に山で滑って足首骨折。一カ月後復帰したら、店内全部のレイアウトが変わっていて、異世界に転生した気持ちがわかったこと。休日は、コミさん(田中小実昌)のように、行き先を決めずにバスに乗り山か海へ。(福岡はすこし乗るとどちらかに着くのです)小銭レベルの冒険家。