『夜明けを待つ』佐々涼子

●今回の書評担当者●HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎

  • 夜明けを待つ
  • 『夜明けを待つ』
    佐々 涼子
    集英社インターナショナル
    1,980円(税込)
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  • ボーダー 移民と難民
  • 『ボーダー 移民と難民』
    佐々 涼子
    集英社インターナショナル
    1,980円(税込)
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 2023年のベストを1冊挙げるとしたら、間違いなく『夜明けを待つ』です。
 本屋というのは因果なもので、本と真剣に向き合おうとしても「すばらしい1冊」がいくつもいくつも出版されてしまい、日常業務に追われているうちに感覚が麻痺してしまいます。売場を見てもあちこちに「すばらしい1冊」がちらばって、もう思い出す気力も湧いてこない。
 でも『夜明けを待つ』だけは別でした。この本を必要とする人が絶対にいるはずだと思い、大切に並べています。

 著者の佐々涼子さんは現場の人に寄り添ったノンフィクションを出してこられました。私はこれまでほとんど小説ばかり読んできましたが、ある本と出会って以降ノンフィクションにも興味がわき、『夜明けを待つ』の前著にあたる『ボーダー 移民と難民』を手に取りました。
 入管の問題については以前から報道などで見聞きしていました。しかし新聞的な事実の羅列に終わることなく、あくまでひとりの人間の視点として描く『ボーダー』の文章は、非常に魅力的でした。淡々と突きつけられる残酷で不条理な現実。それでも、ふとした瞬間の感情の発露や漏れでた一言をつかみ、人がもつきらめきのようなものを捉えるその手は、今後どういう文を書くのだろうと気になっていました。

 『夜明けを待つ』は前半はエッセイ、後半はルポルタージュで、各媒体で発表された文章を集めたものです。エッセイはそれぞれが短く、1本をすぐに読み終わることができます。佐々さんの死生観が一貫していて、その深さに胸を打たれます。

 そのうちの1本「体はぜんぶ知っている」では、卵巣嚢腫が見つかった際のことを "私の卵巣は、命になり損ねた細胞の残骸を抱えている。" と書き、 "命が「私たちとは関係のないところで生み出されたのなら、きっと死も同じなのだろう。私は死に方を知らないが、きっと体は知っている。" と続けています。

 また、小さい頃から背が高かったことを男子にからかわれ、縮こまってうつむき気味に過ごしてきた記憶を "それは私のトラウマであって私だけのものではない。" "いったい誰の視線を気にして私たちは縮こまっていたのか。ばかばかしい。" と言ってみせる「背中の形」も素晴らしい内容です。こんな、はっとする文章がたくさん詰まっているのです。

 後編のルポルタージュでは、社会が抱える不条理さの犠牲となっている人たちに寄り添って取材をおこなった「ダブルリミテッド」が必読です。私たちが見えていなかった、または見ようとしていなかった、日本に住む外国人たちの人生。その顧みられることのない姿を克明に描いています。

 佐々さんの文章は簡潔かつ率直で飾りがなく、失敗も迷いもありのまま書かれています。だからこそ読む者へダイレクトに届き、胸を打つのです。死を思い、生を考え、行動するその姿はこの本の中にずっとあり続けます。佐々さんの姿は道標として、死と生のはざまで迷いながら生きる私たちをいつでも導いてくれます。この本を必要とする人が絶対にいるはずです。

 この本のあとがきにもある通り、佐々さんは悪性の脳腫瘍であることを公表しています。どうか快癒を、と願い続けています。

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HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
大阪生まれ、沖縄在住。2006年から書店勤務。HMV&BOOKSには2019年から勤務。今の担当ジャンルは「本全般」で、広く浅く見ています。学生時代に筒井康隆全集を読破して、それ以降は縁がある本をこだわりなく読んでみるスタイルです。確固たる猫派。