『なれのはて』加藤シゲアキ

●今回の書評担当者●HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎

『なれのはて』が面白かったので読んでほしいと思っています。
 読者をうならせるほどの奥行を持ち、ストーリーも人物造形も、作家として持てる力のすべてが込められている、と感じました。まさしく渾身という言葉が相応しい。『なれのはて』以前と以降ではこの作家の捉え方がまったく変わってしまうような作品です。なにより小説としての面白さに溢れている。いまこれを読まないのはもったいないよ、ということを伝えたいのです。

 大手マスコミJBCに努める守谷は、事情により休職を経て、報道局からイベント事業部へ異動となります。この異動は守谷にとっては「流刑」としか感じられない処遇です。そこへ同僚となった吾妻から一枚の絵について話を持ち掛けられ、物語は始まります。
 その絵は吾妻の祖母の遺品であり、「見ると自分の形が正しく戻る。でも戻った形は歪んでる」と吾妻は語ります。スマホで撮影された画像を見た守谷も「目を離せなかったが、しかし見てはいけないものを見ているような禁忌性も同時に感じる」と表現します。その絵の裏にある「ISAMU INOMATA」のサインを手掛かりに展覧会を企画した吾妻と守谷ですが、この「イサム・イノマタ」という無名の画家がどこの誰なのか、その生死さえもわからない状況。ひとまず画家について調べることとなります。
 そして、一九六一年の新聞記事から猪俣勇の名前を見つけ出します。兄である猪俣傑の焼死体が発見され、勇はその時点から行方不明になっている、という記事です。

 ここまでが第一章です。
 舞台は東京と秋田。時代は現代と昭和初期~中期ごろ。異なる場所と時代が交互に描かれ、少しずつ謎が明らかになっていきます。「イサム・イノマタ」とは何者なのか。秋田の猪俣家が抱える秘密とは。守谷がなぜ不本意な異動を命じられたのか。そして「なれのはて」とは。
 家族というブラックボックスに深く沈められ、隠された過去。それを丹念に調査し、明らかにしていく様子は非常にスリリングです。と同時に、人間の深奥に潜む情念の底知れなさに恐ろしい気持ちにもさせられます。
 ほかにも報道における正義を問うエピソードや、「日本最後の空襲のひとつ」と言われる土崎空襲を描くなど、たくさんのテーマを抱えていて語り始めたらキリがありません。

 読後、「すごいものを読んだ」と充実感を得られる、重厚で濃密な作品です。

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HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
大阪生まれ、沖縄在住。2006年から書店勤務。HMV&BOOKSには2019年から勤務。今の担当ジャンルは「本全般」で、広く浅く見ています。学生時代に筒井康隆全集を読破して、それ以降は縁がある本をこだわりなく読んでみるスタイルです。確固たる猫派。