【今週はこれを読め! SF編】死者と生者の都ローマ、血の戦慄と欲望
文=牧眞司
キム・ニューマン『ドラキュラのチャチャチャ』(アトリエサード)
ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』をはじめ、小説・映画・コミック・実在のキャラクターやエピソードを自在にリミックスした豪華絢爛な絵巻、《ドラキュラ紀元》の第三作目。人間とヴァンパイアが危ういバランスで共存し、ヴァンパイア同士のなかにも思想的対立・世代分断がある。その世界のなかで、ドラキュラは多義的な存在だ。世界に恐怖・混乱をもたらす魔物であり、ときに解放を与えるヒーローでもある。歴史は擾乱され、政治は緊張し、ひとびとは翻弄される。
シリーズ第一巻『ドラキュラ紀元一八八八』ではヴィクトリア女王と結婚し、イギリスの支配を試みた。第二巻『鮮血の撃墜王』においては、ドイツ軍最高司令官として第一次世界大戦を引きおこす。
そして、本書はシリーズのなかで、重要な区切りとなる一冊だ。ここで語られる一連の事態の中心には確かにドラキュラがいるのだが、彼自身はほとんど姿をあらわさない。まるで息をひそめ、なにかを企んでいるようだ。これまで彼とかかわりを持った登場人物たちは、ドラキュラがこのまま大人しくしているとは思わない。
物語の舞台は一九五九年のイタリア。ドラキュラが新しく婚約し(ちなみに彼はこれまで五回の婚姻歴がある)、オトラント城で婚礼を挙行するという。花嫁はモルダヴィア公女アーサ・ヴァイダ。当然ながら、この結婚にはヴァンパイア界の政略的構図が透けてみえる。
挙式にむけて多くの者がローマへ集まってくる。イギリスから来たジャーナリストのケイト・リードもそのひとり。彼女はヴァンパイアで、ドラキュラとは浅からぬ因縁がある(その経緯はシリーズ第二巻『鮮血の撃墜王』で語られていた)。
時期を同じくしてローマに、ヴァンパイアの長生者(エルダー)ばかりを狙う"深紅の処刑人"が出現する。はたしてその正体は? その目論みは?
第一巻、第二巻では怒濤のように変化する状況のなか、複雑に移りゆく人間関係が描かれた。それは本巻に引きつがれ、さらに新しい人物たち――それぞれが背負っている出自・組織・思想を含めて――が、これでもかと投入される。読んでいて目が眩みそうになるが、そんなとき、巻末に収録の「登場人物事典」(訳者・鍛治靖子さんの労作)が頼もしい道案内になる。
しかし、いちばんの主役は、古くからの歴史が息づくローマという都市そのものだろう。物語のなかにはフェデリコ・フェリーニ監督の映画『フェリーニのローマ』『カビリアの夜』『甘い生活』をはじめ、いくつも先行作品からの引用が埋めこまれ、読者の記憶を鮮やかによみがえらせる。
(牧眞司)