第38回 お茶の入れ方変遷

 前回、最澄様、空海様、栄西様が日本にお茶を持ってきてくれたことを書きましたが、ちょっと不思議に思いませんでしたか?
 栄西様が持ってきたのは、点茶、いわゆる抹茶。茶道という限定的な場面で残ってはいるものの、今世界で飲まれている飲み方とは違いますよね。
 お茶は世につれ、世はお茶につれ。
 今日は、長い歴史の中で、お茶の入れ方がどう変わってきたのか、です。

 まずは、大昔、お茶は薬用&食用でした。
 この頃の入れ方は、煮茶法。お塩、生姜、蜜柑の皮、肉桂などと煮込む、スープのような作り方。唐(A.D.618~907)の時代に大流行だったそうです。今となってはすっかり廃れてしまいましたが、現代でもこの方式でお茶を飲んでいる少数民族がいるとか(酔い覚ましにもいいそうですよ~。お酒をよく飲まれる方は試してみるといいかも)。
 これをもう一歩洗練させたのが、煎茶法。基本的な作り方は煮茶法と同じですが、鍋の中に入れるのは、お茶と塩だけ。従来の方法では、お茶の味も香りもわからない、ドブの排水みたいなものだ、と陸羽様、大いにお怒り(でも塩は入れる)。陸羽煎茶法では、水を湧かし、少しの塩をいれます。そこに粉末にした茶葉を加え、かき混ぜ、3回沸騰させたらできあがり。味にこだわり、形式にもこだわる、陸羽様ならではの入れ方です。

 さぁ、だんだん現代の飲み方に近づいて参りました。
 宋の時代(B.C.222~B.C.286)から元(A.C.1271~1368)にかけて流行っていたのは、前回出てきた点茶法。乾燥して固めたお茶、固形茶を炙って、粉にひいて、茶筅で泡立てます。今の抹茶の飲み方、ですね。
 お湯を沸かす茶瓶など、専用の茶具が生まれたのもこの時代。お茶が文化として定着しました。
 続いてようやく、今の入れ方、泡茶法(中国語でお茶を入れることを、泡茶、と言います)が登場します。
 それまで主流だった固形茶が散茶ではなく、細かい茶葉、散茶の抽出液をいただきます。明の時代(A.C.1368~1644)、賄賂として型に入れた固形茶を送ることが横行していました。このお茶は彫刻さながら、美麗な型押し文様が施されたもの。もはや飲む用と言うよりは、飾る用。それを憂えた皇帝朱元璋は固形茶を禁止します。そして今のような散茶が。
 今私たちが馴染みのある茶葉の形状、そして入れ方になったのはこんなきっかけだったんですね。

 他にも、蓋碗を使う撮泡法、急須を使う壺泡法など、細かく分けるといろいろあります。
 時代とともにかわってきたお茶の入れ方。もしかしたら今後、全く新しいお茶の飲み方が登場するかもね。

 あ、そういえば。
 唐代の詩人盧仝(ロドウ)が抹茶を褒め称えたこんな詩が。

  「碧雲引風吹不断、白花浮光凝碗面」。
 
 碧雲、風を引き吹いて絶えず。白花、光を浮かべて碗面に凝る。
 うむむ......抹茶がこんな風に見えるとは。私もお塩とか生姜とか混ぜて飲んでみようかな......。