WEB本の雑誌

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5月31日(木)

 朝、乗換えの新宿駅で日本代表のユニフォームを着た一団とすれ違う。そうか!今日はコンフェデレーションカップの日本対カナダ戦だったと思い出す。おまけに会社に向う10号通り商店街では、ローマの中田レプリカユニフォームを着ている人ともすれ違った。 

 でも…。
 実はこのサッカーバカ(僕のことですが)は、日本代表への興味が薄れてしまって来ているのだ。試合を見ていても興奮しない。口につっこむタオルがいらないほど、淡々と見ている。勝っても、ああ、良かったね…といった程度しか感情が湧き起こらない。これは自分でビックリ。

 そしてその理由を考えてみたけれど、どうも地元のチームをとことん愛すると、代表チームへの意識がどんどん薄れていくんじゃないかということに思い当たった。僕の場合、日本代表よりも浦和レッズといった感覚になってしまい、どうしても代表チームに対して「うち」のチームという思い込みが出来なくなってしまっているようだ。
 所詮、寄せ集めでしょう…って感じで、それだったら浦和レッズのサテライトや浦和の女子サッカー「レイナス」を見ていたい。もちろんサッカーの質が代表の方が上なのはわかる。けれど、例えば日本代表がW杯で優勝するよりも、我が浦和レッズがJ1もしくは天皇杯で優勝する方が断然うれしい。

 それと、あの98仏W杯のアジア予選を経験してしまってから、何だかこういう中途半端な大会がとてもつまらなく感じてしまうようになってしまった。小野伸二のプレー以外見ていて、全然興奮しない。祭りを外から眺めているようで非常に淋しい。早くJリーグが再開しないかなあ。

5月30日(水)

 夕方、銀座A書店Oさんを訪問すると、開口一番
「今日は大丈夫なんですか?」と聞かれる。
何のことかと思って問い直すと
「水曜日だからサッカーじゃないんですか?」と言われ、今はお休みの季節なんですと答えたら「じゃあ、落ち着いて話せますね」と。
 うーん、こんなことを書店さんに心配される営業マンって、いったい僕は何者なんだ…。

 さて、このOさんは本を選ぶ独特の選択眼があって、いつも予想外の面白本を紹介してくれてありがたい限り。本日Oさんが教しえてくれた本、『チリ交列伝』伊藤昭久著(論創社)もそんな本の1冊。

 これはいわゆるチリ紙交換屋さんの人間模様を描いた話で、ある意味無茶苦茶さ、違う言葉で言えば自由さが僕にはたまらなかった。名前も前歴も語らない。もし語ったとしてホラばかり。でもそういう中だからこそ、魅力的な人も多い。バクチにはまる人、掘り出し物を探し続ける一攫千金な人、唐突にもよおして女を買いにいく人。僕のようなサラリーマン生活からは考えられない個性的な人々が描かれていてとても面白い。なんだか、阿佐田哲也の小説のなかに出てくるような人ばかりなのだ。

 この本を読みながらふっと気になったのは、チリ紙交換屋さんの声を聞いていないということ。どうもあとがきや解説を読むかぎり、古紙の値段がまったく下がってしまって商売にならないのと、地域回収が進んだのが理由だそうだ。この『チリ交列伝』に出て来た魅力的な人達はいったいどこへ行ってしまったのか。

 こんな面白本を教えてくれたOさんに感謝しつつ、埼京線でむさぼるように読了。

5月29日(火)

 大手町のK書店を訪れたら、レジに多くの人が並んでいた。こんなことで驚いていたらしょうがないけれど、今どきあんまりない光景にしばしあんぐり。

 よく言われるのは、とにかく文芸書が売れないということ。それは書店さんのベストを見れば歴然でビジネス系読み物や自己啓発的読み物、あるいはタレント本で埋め尽くされている。
売れなければ棚が減る。改装や棚移動をした書店さんの多くで、文芸書の棚は減っていく。文芸版元としては、とても悲しくなる現実。もう小説なんて必要ないのかな…なんてことを思わず丸の内線に揺られながら考えてしまう。

 とある書店員さんで聞いた言葉。
「最近ストレスが多いんですよ、売りたくない本ばっかり売れていて、でも商売だから売らないってわけにもいかなくて。あーあ、やんなっちゃいますよね。」

 他の書店員さんの言葉。
「俺ね、追い返したの。2番煎じの本持って来た営業マンをさ。だって、そんな本でご飯食べていると思ったら気持ち悪いじゃない。」

 極端だけれど、抱えている問題は一緒か。
 別に良書・悪書の勝手な思い込みではなくて、ある書店さんではいわゆるエロ本を売ることの意義を聞いたことがあるし、なんていうのか、まともな本を売りたいということだと思う。

 まともな本の定義は、きっと本の力で売れる本という意味で、その本にあった数が売れて欲しいということ。パブリシティーの力で売れる今の売れ方を書店さんは淋しく感じているんだと思う。

 だからこそ、これぞと思った本を買っていくお客さんに遭遇すると書店員さんの喜びは大きいそうだ。スリップを見つめながら、「なるほどこの本とこの本の組み合わせで買ってくれたのか」などと思わずバックヤードでニヤリとしてしまったりするらしい。そんなお客さんが増えると、この業界はもうひとつ面白くなるような気がするけれど、増やす方法がわからない。

 結局、堂々巡りの、またもやひとり営業会議。
 とにかく出版社がまともな本を作らなければいけない。

5月28日(月)

 前日の野球のせいで全身筋肉痛。首が回らない。右手が上がらない。腰をまっすぐにできない。階段が登れない。プロ野球選手の夢、一日で終る。

 しかし営業マンは動かないわけにいかない。こんな日でも外回り。涙目で二子玉川から自由が丘、そして渋谷を営業。

 ワープロを打つ指も痛いので今日はこの辺で。

5月27日(日)

『炎のエース日誌その1』

 前の会社に入社してすぐ編集部の吉田さんが寄って来て
「君は野球できる?」と聞いて来た。
そう聞いている吉田さんの体型はどう考えても野球ができそうじゃなかったけれど、入社早々だったのでそんなことは口にせず、素直に「習ったことはありませんが、草野球ならできます」と答えた。

 でもひとつだけこだわりがあって、それはそのスポーツで一番目立つところがやりたいということ。例えばサッカーなら点を取るフォワード、ポートボールなら台の上。そこにしか、そのスポーツの面白さはないと考えていた。だから
「野球をやるなら、僕はピッチャーしかやりません。」と一言付け加えた。

 実はこの高飛車な言葉には、もうひとつヨミがあって、普通の会社のチームであれば、きっと一番偉い人がピッチャーをやるか、経験者が投げることになるだろう。もしそれならばせっかくの休日に野球に誘われることもなくなるはずだ、というあざといヨミだった。

 ところが、それを聞いた吉田さんはなぜか笑顔で
「そうか、わかった、サンキュー。」
と頷きつつ自分の机に歩いていった。

 なぜ、素直に了承してくれたのか、初めて試合をしたときにわかった。なんとこのチーム、まともな野球経験者がゼロで、少しは草野球をやったことがある人も身体中につきまくった脂肪のせいでまったく動けないのだ。

 ボールが飛べばドタドタと走り、例えグラブにボールがおさまったとしても踏ん張ることが出来ず、そのままそちらへ流れていきファーストに投げられない。そして実は誰一人としてピッチャーマウンドからホームベースにボールが届く人がいないのだ。僕の高飛車な提案は、吉田さんの思う壺だったということか。

 うーん、騙されたと気づいたときには、時既に遅く、なんとフェアグランドに打たれた打球はすべてエラーにつながる。内野ゴロ3つでとっくのとうに終っているはずのイニングもなぜか満塁の大ピンチ。アウトを取るために唯一残された道は三振あるのみ。しかし、僕のピッチャーだってただ目立ちたいだけのインチキなのだ。
 とりあえずストライクゾーンにボールが行くけれど、別にスピードがあるわけではなくちょうど打ちごろの球なのだ。たまにかかるカーブはどうやって投げたのか自分でもわからない。延々と敵の攻撃が続き、まさに漫画の世界。

 どうにかこうにか初試合を終え、僕が投げた球数はゆうに150球を越えた。内野でアウトが取れればそれどほひどい試合にはならかったはずだとはらわたも煮え繰り返る。一番エラーした人にグローブを投げつけようと思った。しかし、なぜかみんな楽しそうだった。
「サンペーの外野フライ見た?ふらふらして、ボールから逃げるようにグローブだしたら入ってやんの、笑っちゃったよ」
「違うの、あれは取りにいったの」
「うそつくな!」
ビール片手にみんな大笑い。僕もいつの間にかその輪に加わり、笑いながらビールを飲んでいた。

 このへっぽこ野球チームは1度も勝てないくせになぜか解散もせず、僕のように会社を辞めても野球には参加する人間もいて、毎年、出版健康保険野球大会に参加していた。練習なんて一切しないから、年齢を重ねるごとに弱くなるのは当たり前で、最下位クラスFクラス(なんとこの大会には、出版社・書店・取次の200チームくらいがエントリーしており、AからFものクラス分けがあるのだ!)で出場するが、一回戦敗退を繰り返す。そして宴会だけは盛り上がるという草野球の典型的なチームだった。

 去年に至ってはなんと初のコールド負けをきし、僕の投球もまもなく30歳を迎えるということで一段とヘロヘロ化し、人生初の満塁ホームランを打たれる始末。ピッチャーがいなくなったらもうダメだと解散の噂も立ち上っていた。

 チーム創設ちょうど7年目の今日。
 2001年出版健保野球大会、第2回戦(くじで1回戦はシード)。
 いつも通り、試合前からビールを飲んでまったくやる気がない。どうせ勝つ訳ないんだからいいんだけれどと僕も一口啜った。

 プレイボールと同時に対するN社にあっけなく先制点を取られた。2回にも2点を取られ敗戦ペース。しかし今日はどこかが違う。いつもならそのままずるずると大量点を取られるはずが、なぜか内野ゴロでアウトが取れる。ファインプレー連続のサードを守る星野さんは酒浸りでボロボロのはずなのに、気持ちは原辰徳でどうにかグラブをさばき、アウトカウントを増やしていく。その度に我がチームは大歓声。こんなことで盛り上がるチームも少ないだろうけれど、とにかく「野球」らしくなっていることに大喜び。

 そして、なんと3回は無失点で切り抜けた。
「3対0だぞ!まだまだ行けるぞ!」いつの間にかビールを片づけた吉田さんが吠えている。その言葉に後押しされるかのごとく、突如バットがボールに当たり出す。このチームはどこまでいっても他力本願。打ったというより、ボールがバットに当たって来たという方が正確なのだ。なんとビックリすることに、その奇跡が連続して起こり、3点奪取!これで3対3の同点。こんなことはかつてなかったことだ。

 こうなると突然、僕への精神的負担が大きくなる。意味もなくマウンドを足で掘り、ロージンバックを指に塗りたくる。いつもはレッズの選手にボロクソ言っているのに、なんだ僕の方が全然ダメなんじゃないかと反省するが、根性なしは変わらない。まさかこんな目立つことになるなんて考えてもいなかった。隙を見てトイレにも行った。思わず吐いた。

 その後は互いに「0」が続き、3対3の同点のまま最終回へ。

 相手の最後の攻撃。
 僕はマウンドで吠えた。根性なしの最大の武器は逃げ足の早さと開き直り。今回は逃げられそうにないので、開き直ることにした。命までとられるわけじゃないんだ!と意味のない言葉を吠え続けた。桑田の気持ちが少しだけわかった。
三振。サードゴロ。ファーボール。三振。

 さあ、これで負けはなくなった。連敗記録は6でストップ。この大会は引き分けだと「じゃんけん」になる。そんなことはしたくない。

 我がチームの最終回は9番打者から。
 小兵嶋野が内野エラーで出塁。続く、唯一の左打ち田村が内野ゴロでランナー入れ替わりでワンアウト1塁。そしてなんと足を負傷しているその田村が盗塁成功。ランナー2塁。若太りの中原はキャッチャーフライでアウト。ツーアウトランナー2塁。

そして見かけスラッガーの宮崎。
ベンチは応援することを忘れしばし沈黙。
思い切り振りったバットにボールが当たる。サードゴロと思ったらレフトに抜ける。
セカンドにいた田村が足をひきずりながら走る。
サードベースを蹴る。
レフトからホームへボールが投げかえされる。
そのボールはホームベースから大きくそれる。
田村がホームを踏む。
審判が腕を広げる。

 いつもは走れないくせにこのときばかりは、みんな生還した田村めがけて猛烈なダッシュで突進した。4対3のサヨナラ勝ち。
「バンザーイ!!!」

 チーム結成以来初めての勝利。やはり勝利後のビールは格別だった。

追伸*僕はきっとこの秋に転職します。
   転職先はパンチョ伊東がコールしてくれるはず。(って今は違う人か…)
「ヤクルトスワローズ6位指名、杉江由次、投手、本の雑誌社」

5月25日(金)

 千葉方面を営業。6月1日から三省堂千葉SOGO店Uさんの企画で椎名誠のフェアを開催するというのでその打ち合わせと展示品のお届け。しかしなんと本日がUさんの公休日にあたっていて、バカ丸出し。ああ、ほんと僕ほど無計画なバカ営業マンはいないだろう。とりあえず、展示品を他の方にお渡しし、移動する。

 津田沼のM書店で、前任文芸担当のIさんが、洋書のバーゲン売り場に座っていたので声をかける。

 最近、一段と仕事が楽しくなってきていて、それは約3年半にわたって営業をしていると、例えば担当替えで別の売り場担当になった人に、そっちのジャンルの話しを聞けたり、新しい担当者を紹介してもらったりと、いろいろと人の輪が広がってきたからだ。あるいはお店を異動になった担当者の方から、「こっちのお店にも顔を出してよ」と言われて、新たな書店さんを知ることになったりする。こんな楽しいことはない。

 これがもう少し時間が経つと、僕と同年代の書店員さんが偉くなっていったりするのだろうか?うーん、それはすごい。でも、僕はきっとその頃もひとり営業マンだろう…。

 旭屋書店船橋店では、今、目黒考二の面白本フェアをやっていて、そのフェア台をのぞいたら、確かに面白本であふれている。担当のYさんが「残念なのは『透明人間の告白』がすでに絶版になっていることなんですよ」と言う。そうなんだ!なんであんな面白い本がこの世から消えてしまったんだと僕も激しく同意する。

5月24日(木)

 大阪に転勤になっているレッズ相棒のとおるから連絡が入り、「お前さあ、冷たいんじゃない、ホームページを見たら、大阪でフェアをやっているって書いてあるじゃない。オレ見に行ってあげるのに…」と言われ、急遽、本の雑誌関西エリア偵察員として出動してもらった。

 場所は、当HPで紹介しているとおり旭屋書店なんばCITY店。このフェアは文芸担当者の方から電話を頂き、「本の雑誌のフェアをしたいんです」という提案から始ったもので、僕は出張に行けない身なので一度もお会いしたことがない。ほんとにありがたいかぎりのフェアなのだ。

 30分ほどして相棒とおるから電話が入る。
「すごいよ、柱回りにドーンと並んでいて、本の雑誌フェアってポスターも貼ってあったよ。売れているのかどうかはオレにはわからないけど、目立つよ。」
「おお、ありがとう。」
「でさ、杉江、座薬入れたんでしょ。どんな感じだった?」
「えっ、あっそうそう、でも何でお前知っているの?」
「だって、貼り出してあったよ『本の雑誌通信』って奴が…。書店にしか配られないDMです!って」
「ゲッ!」

『本の雑誌通信』とは、書店さん向けに新刊チラシとともに毎月送っている営業販促誌。A4両面を使って、片面は新刊・既刊の告知をし、もう片面では書店さんの投稿や僕のコラムを載せている。とおり一遍の営業誌ではつまらないだろうと思って始めたものだった。

 そして僕は、先月恥じを忍んで、そのコラムに40度の高熱で生まれて初めて座薬を入れるシーンを赤裸々に告白してしまったのである。それが店頭に貼り出されているという。

 相棒とおるは
「オレ、恥ずかしくなっちゃって、あわててお店を出て来たよ。お前の座薬だよ。知ってるだけに目に浮かぶよ、で、どうだったの座薬?」

 出張に行きたい。そして旭屋書店なんばCITY店で「座薬の杉江です」と名刺を差し出したい。ああ、面白い展開になりそうなんだけどなあ。

5月23日(水)

 立川の駅ビルO書店を訪問したら、平積されている本に手書きのPOPが立てられていた。どれもこれも気持ちのこもった文章で「是非、読んで下さい、もし時間がなければ○○の章だけでもいいです。もっと時間のない方は、○ページから○ページまででも結構です。」などと書いてあるのである。僕も思わずそのページを読んでしまった。

 早速担当者のTさんに話を聞くと、なんとこれすべてその出版社の営業マンが書いてくれたという。既刊のフェアをしようということになって注文を出したら、営業マンが「是非POPを書かせて下さい!」と言って来て、出来上がったのがこちらに立っている7点ほどのPOPだとか…。

 うーん、すごい。これは出来そうで出来ないんじゃないか。
つい営業マンというものは、POPを作るときに「売れてます!」とか「増刷出来!」とか「○○で紹介」なんていう言葉を使いたがるものだけれど、この営業マンが作ったPOPは、すべて上に書いたような心のこもった内容だった。ということは、自社の本をしっかり読み込み、そしていち読書として感動しているということ。思わず、目からうろこが落ちた。

 そうか…。ならば僕が本の雑誌社に入って一番「営業したい!」と思わされた新刊『本の業界 真空とびひざ蹴り』は、これくらい気合を入れて営業しよう。

5月22日(火)

 いつも柔和なP書店のT店長さんが怒っていた。ビックリして話を聞くと、なんと万引きの被害にあって、それもかなり高額な本だったそうだ。ヘーゲルとフーコーで3冊15,000円。ふざけるな万引犯!

 P書店はとても小さな町の書店さんで、T店長さん自ら選書した面白本が狭い店内を埋め尽くしている。盗まれたヘーゲルとフーコーもT店長さんのお気に入りの書籍で、いつかそれがわかる人に買ってもらいたいと棚に差していたのである。

「15,000円の本を盗まれるってことは、薄利のこの商売、一日の売上げがパーになるのと一緒なんだよ、こんなことが続いたらうちのお店はつぶれちゃうよ…。それ以来なんかお客さんの動きが妙に気になるし、疲れるよ。」

 T店長さんと万引きの対策を考えた。しかし、思い浮かぶ案はすべてその資金がどこからでるのかに行き着いてしまう。

人員を増やす…そんなお金はない。
監視ビデオの設置…そんなお金はない。
入り口に万引きチェックの機械を導入する…そんなお金はない。

 どうしていつもこの業界で問題になることは、どれもこれも書店さんだけが負担を強いられることに繋がっていくのだろうか…。書店・取次・出版社、表面的には三位一体と言うけれど、万引き対策にしても、この日T店長さんが話していたような雑誌の付録の綴じ込みについても、いったい我が出版社達は、何をしているというのだろうか。
何かもっと方策はないのだろうか。T店長さんの顔を想い浮かべながら、深く反省する。

5月21日(月)

 営業を終え、会社に戻り、楽しみにしていたアイスの「パピコ・ホワイトサワー」を食べようと思っていた。僕は暑くなるとこのアイスか「ガリガリ君」を毎日食べている。ちなみに目黒と浜本は「がつんとミカン」を食べている。

 台所に行って、冷凍庫を開けた。買い置きしておいたパピコを取りだそうと思ったら、妙な違和感があって、それは冷凍庫特有のひんやり感をまったく感じなかったこと。うん?なんだ?と思って、パピコに目をやると、な、な、なんと白い沈殿物が浮遊した液体になっているではないか!すっかりとけてしまったパピコ…。こんなものはいらない!

 涙声でその惨状を報告すると、事務の浜田が寄って来て「なんで杉江さんが触る電化製品は壊れるんですか!」と怒り、冷蔵庫を叩く。「僕が壊したんじゃなくて…」と口篭っていると、浜田はすかさず「パソコンも空気清浄器もプリンターも壊れたじゃないですか!」と詰問してくる。ちなみに浜田はその度に機械を叩いている。

 うーん、とりあえず今は、誰が機械を壊そうとそんなことはどうでもよくて、とにかく僕のパピコはとけており、これで営業後の一時の休息はおあづけとなり、なおかつ、いったい今どきの電化製品を叩いて直ると思っているんでしょうか?とはさすがに言えなかった。

 浜田は結局気が済むまで15回ほど冷蔵庫を叩き「もうダメですね」と呟いた。ダメに決っていると思うけど…。

 そして早速冷蔵庫購入委員会が作られた。新聞に挟まっていた電気屋さんのチラシを前に大検討。もちろんケチな浜本は「メーカー名なんてどうでもいいから一番安いのが良い」と進言する。

 いまだに僕の営業用パソコンは壊れたままで、アダプターを揺するとたまに動くだけ。そのスキをぬって仕事をこなしている。それにしても社内の冷蔵庫の方が、営業用パソコンよりも大事!なんて会社を、僕は他に知らない。

5月20日(日)

『toto日誌』

 さて、 totoだ。先週当欄で必勝法を手に入れたと書いた。その必勝法は名づけて「勝負師ナベ式必勝法」という。

 神保町のT書店さんを訪れたら、通称ナベさんが寄って来て「杉江君のtotoの買い方は最低だ!」とキッパリ言われてしまった。ビックリと悔しさで「えっ?どうしてですか?」と問いただすと、どうも僕の買い方は中途半端過ぎるらしいのだ。少ない投資で「くじ」として楽しむのか、高額の投資をして「当て」にいくのか…そこをハッキリしろということ。3000円前後で、それもほぼ予想不可能な引き分けにマークするなんてお金を捨てているようなもんだと言われる。

 確かに全然当たらない。いつの間にか収支はマイナス2万円を越え、これだったら指定席のシーズンチケットが買えたではないかと深く反省していた。

 では、ナベさん、どんな買い方をしているんですか?それで当たっているのですか?

 ……。
 驚くべきことにナベさん、すでに的中しているのである。超高額1等はともかく、それなりの2等、3等を引き当て、収支もプラスだと。

 うーん、ここは頭を下げるしかない、プライドなんて捨てようとナベさんにすがりつく。
「教えて下さい、お願いします。」

 ナベさんから教わった買い方はここで紹介できない。
 理由は3つ。ひとつはナベさんに了承を得ていないこと。もうひとつ僕がケチだから。ここで公表して、みんながその買い方をした場合、取り分が少なくなってしまう。それは困る。そして、最後の理由。本当に収支がプラスになるなら本を出した方が良いということ。僕は出版社の営業マンなのだ。

 そして実は、大変なことが起こった。先週のtotoは、ナベさんに教わる前に購入していたのだ。いつも通りのナベさんに言わせれば「金を捨てるような買い方」で。そしてやっぱり外れた。
 ところが、僕は試合が始まる前に、ナベさんに言われた通りに予想して、仮にマークしてみたのである。全ての試合が終り、ふっと試しに予想した手元のシートを見た。なんと当たっていたのである。それも1等400万円。いや、もちろん買ってないんですよ。これは洒落にならない。

 今週。
 なんと生まれて初めてtotoが当たった。
 やったー!
 でも…。
 260円。

 誰にも威張れない。ああ、これじゃネタだ。

追伸*浮き玉△ベースのMさんからメールがあり、なんと1等的中とのこと。マルチ買いだから2等と3等も…。
今度は『M式必勝法』にすがりつくしかない。

5月19日(土)

『炎のサッカー日誌』

 僕は小学校の頃からサッカー好きで、部活もサッカー部に入っていたから、埼玉にプロサッカーチームができると聞いた瞬間から、当然のようにレッズサポとなった。
Jリーグ開幕当初は、券が買えずにテレビ観戦が多かったけれど、95年から運良くシーズンチケットを手に入れ、相棒とおるとホームの試合は毎回駆けつけるようになった。

 毎週土曜日になると早起きして、競技場に向かい、夜遅く興奮して帰ってくる僕を家族は不思議な物を見るような目つきで見ていた。兄貴からは「サッカーなんて野蛮人のやるスポーツだよ」と何度も馬鹿されていた。

 そんな兄貴が、ある日、女に振られた週末、暇そうに家のなかをぶらついていた。「暇ならサッカー行く?券が余ってるから連れていってあげるよ」と声をかけると、面倒くさそうについてきた。それが兄貴にとってレッズ人生の始まりだった。運良く(兄貴にとっては非常に運悪く)その頃、我が浦和レッズは赤い壁ギド・ブッフバルトを中心にとても強いチームだったのだ。その日も、福田や岡野あるいはウーベ・バインの活躍で4対0くらいで大勝してしまった。新レッズサポ一丁あがりである。

 こうなると毎週、兄弟揃って朝から駒場スタジアムに出かけることになる。試合に勝てば、少年時代に兄弟連れ添って虫取りに行き、ノコギリクワガタを採って来たような幸せそうな顔で帰宅し、負ければ、サッカー談義でケンカする。毎週それを繰り返すのである。そして、そんな兄弟を母親は心配そうに見ていた。

 きっと多分母親は、親心として「息子達が夢中になっているレッズとは何なんだろう?」という素朴な疑問で、ある日テレビのチャンネルを合わせたのだろう。サッカーなんていうものは、かつて息子が服を汚してくるスポーツとしか認識していなかったと思う。

 2時間の試合をテレビで見て、母親を驚かせたのは、レッズのサッカーではなく、ちらちらと映るサポーター達だった。我がふたりの息子と同じような真っ赤な格好をした人達が、競技場を埋め尽くし野太い声を上げている。なかには裸になっている奴までいてビックリしたのだと思う。

 元来、我が母親は血の気の多い人であった。息子の運動会を見に来て、騎馬戦では息子が上から落ちようが、頭を割って血を流そうが「イケー!倒せぇ」と叫んでいた人なのである。その翌年、危ないから騎馬戦は中止になるという学校からのお達しがあったとき、すぐさま校長室に怒鳴り込み、存続を求めた人なのだ。レッズのサポーターに共感しないわけがない。その日から、毎週毎週サッカーの時間になるとテレビの前に座り「イケー、ヤマダー」と叫ぶ生活となった。新レッズサポ2丁あがりである。

 さて、かわいそうなのは親父である。今まで野球の話をしていれば、とりあえず家族の会話になったのが、ある日突然すべてがサッカーの話になってしまったのである。おまけに土曜日の晩御飯は、サッカーに合わされることになった。夕方6時からの試合だと、その前にすべてをやり終えてじっくりテレビを見たい母親は、なんと5時に晩御飯にしてしまうのだ。どこの家庭でも女が強いのは、我が家も同じこと。親父はブツブツ不満を垂れながらも、それに従うしかなかった。

 ジャイアンツが変なチームになり出して、親父は野球がつまらなくなっていた。相撲はたまにしかやっていない。ゴルフもジャンボと青木がいなくなった。タイガーウッズはよくわからない。

 そこにレッズがあった。家族中で自分以外が騒いでいるレッズがあった。おまけにW杯予選と仏W杯があった。多分会社での会話もあって、ジョホルバールの岡野のゴールを見てしまった。得体の知れない高揚感があった。もしかしたら…、もしかしたらこれは面白いんじゃないかと想い始めた。きっとそうなのだ。
 そして、こそこそとレッズの試合を見るようになった。プライドが高いから家族には言えなかった。けれど、母親が2階に上がってレッズ戦を見ていると、ゴールシーンで階下から床を叩く音が聞こえ出した。徐々に岡野以外の選手がわかるようになっていた。

 そして今日のガンバ戦。
 午後7時、父親と母親は、テレビの前ではなく、ついに駒場スタジアムの椅子に座ってしまった。二人の席は、僕と兄貴のいる自由席から遠く離れた指定席だったので、僕は双眼鏡で覗いていた。60過ぎの母親がちょっとだけ偉そうな顔して、父親に選手の説明をしているのが手に取るようにわかる。「あれが、ヤマダ、あれがトゥット、すごいのよ!」

 すると父親がおもむろにカバンの中から何かを取り出す。ビニール袋を引き裂き、中身を取り出した。それは真っ赤なTシャツだった。7番OKANOと印刷されていた。

 僕は双眼鏡から目が離せなかった。それは、涙が流れているのを兄貴に悟られないようにするためだった。

 WE ARE REDS.

5月18日(金)

 書店さんの店頭で営業マン同士が鉢合わせすることはしょっちゅうで、そういうときは先に訪問している人が優先となり、話が終るまで在庫チェックや新刊の売行きなどを確認して待つか、近くに他のお店があれば順番を変えて訪問し直す。

 ときたま、ものすごく話しの長い人がいて、それが何か大事な打ち合わせなら仕方ないけれど、とにかく「売れてます」一辺倒の押し込み営業マンがいて、注文を貰うまで帰らないようなタイプだと、たまらない。うんざり顔の書店員さんと顔を合わせ「はまってますねぇ」と目で会話してしまうときもある。
 何となく気になってその営業マンが売り込もうとしている本を確認するとちゃんと平積されていたりするのが謎だ。

 とある飲み会でお会いした先輩営業マンの言葉が心に残っている。
「営業マンはいっぱい注文を取りたい、なるべく多く納品したい、それはすごく当然なことだけど、書店さんだって入れられない事情があるかもしれないよね。売れるか売れないかの判断はもちろん、例えば今みたいな出版不況のなかだと、本部から在庫を減らす指示が出ているとか、取次店から返品率でクレームがついているとか。そういうことを営業は気づいていくべきだと思うんだよね。初回注文部数が少なくて、しつこく食いつくくらいなら、実際に売れたときにすぐ納品できる体制を作っておいた方が、いいと思うんだよね。」

 その方は僕の尊敬する書店員さんがイチ押しする営業マンであり、他の書店さんで聞いてもとても人気のある方だった。見習うべきことはたくさんある。

 さて、出版業界の話題が出るときまって「返品ができるからいいですよね」と言われるが本当にそうなのだろうか。

 例えば車や家を売る営業マンなら、お客さんがハンコを押した瞬間に純粋な売上となり、ある種達成感があるだろうし、もちろん会社も潤う。ところが出版営業マンは、例え注文をもらったとしてもそれが実際に売れるまで、仮の売上でしかない。会社としても実際の売上が確定しない困った状態なのだ。
下手すると次に訪問した際にはすべて返品になっていることもあって、行って来いの繰り返し。ああ、いったい俺は何のために苦労したんだ…と激しい徒労感を覚えることもある。
それに在庫の把握が難しい。市場在庫がそのまま自社在庫になる可能性もあり、返品可能というのは、一見楽そうに思えて、実は苦しかったりするものなのだ。

 そして、僕が一番声を大にして言いたいことは、書店さんだって返品したくて返品しているのではない!ということ。営業も来ず、パターン配本で勝手に送られてくる本や、冒頭に書いた押し込み営業マンの本ならともかく、自分で売れると思って注文した本を返品するときの胸の痛みは大変なものなのだ。売れると思って売れない、それは自分の感覚に負けること。このストレスは、想像を以上に大きい。

 まあ、こんなことを書いてもやっぱり返品可能は「楽」だと言われるか。

 さてさて、話しを元に戻すと、僕もたまに話しが長くなって、後ろで待っている営業マンに申し訳ないなあと感じることがある。僕の場合、押し込み営業マンではなく、雑談営業マンになってしまうのだけれど…。書店さん、そして出版営業の方々、どうもすみません。

5月17日(木)

 書店さんを訪問したついでに、すぐ近くにある有名な新古書チェーンをのぞく。そこで僕はとんでもない物を見つけてしまった。

 それは某大手版元の文芸書の単行本が10点近く平積されていたのである。どれもこれもまだ書店さんの棚にささっているような1年半くらい前の新刊だ。おまけにピカピカの新本に見えるほどきれいだった。うーん。
 しかし、驚くべきことはそんなことではなく、なんとなんとそれらどの本にもスリップが挟み込まれているのである。

 これはいったいどういうことなんだろうか?これらすべてが盗品なのかと一瞬考えたがが、その版元専門の万引犯がいるとは思えないし、また書店さんが売り払ったとも思えない。なぜなら返品できる本だったからだ。うーん、わからない。

 もしかしたら新古書店が新本も売り出すようになったのかと、本を裏返して見たけれど値札がしっかり貼られている。だいたい500円前後で売られていて、もしこの本を心ない書店が購入し、何食わぬ顔をして出版社へ返品した場合、ほぼ完全犯罪になるのではないだろうか。誰が不正返品とチェックできるのだろうか?そもそもここまでいくと、新本と古本の違いがまったくわからないではないか。

 WEB版三角窓口でも話題になっていたけれど、今出版業界では、コミック等の不正返品が大変問題視されていて(古本屋などで購入した本を通常流通で返品するなど)、それをチェックする唯一の方法がスリップにあると、僕は考えていた。しかしこのようにスリップが入った本を新古書店が売っているとなると、もうその方法は使えなくなってしまって、正当な返品か不正な返品か出版社はどのように判断するればいいのだろうか。

 それにしても、どうしてこんなものが並んでいるのか。考えれば考えるほど頭が痛くなってしまって、ほんとこんな魑魅魍魎な業界で働いていていいんだろうか?とつい自問自答してしまった。うーん、頭が痛い。

5月16日(水)

 会社で使っているパソコンが壊れる。僕の言う「壊れる」は、目黒さんが言う「壊れる」とは違い、本当に壊れたのだ。目黒さんは何かアラートがなるとそれは故障だと思って、すぐさま単行本編集の金子に内線し、「原稿を書いている最中だから今すぐ治してくれ!」と言う。あわてて人の良い金子は仕事を脇に置いて4階に駆けつける。そしてすぐ戻ってくるのだ。

「どうしたんですか?」
「何でもないんだよね。」
といったことがたびたび繰り返されていた。
「メンテナンス料を貰った方がいいんじゃないですか?何なら営業マンの腕を見せましょうか?」と金子に進言するが、優しい金子は首を振りながら仕事に戻る。

 さて、僕のパソコンは本当に壊れてしまったのだ。かなり前から、そう僕が入社する前から営業部で使用しているIBMのThink Padは、接触不良か内蔵電池の消耗でついに充電が出来なくなってしまった。コンセントをつなげてもまったく電気が通らず、起動すると同時に大きな音を鳴らして消えてしまう。電池がないなら音を鳴らさなければいいものの、律儀に毎回音だけ鳴らしやがる。とにかくThink Padの中には、営業データがたくさん入っていて、このパソコンをどうにかしないと営業部として大問題なのだ。新品を買って、データの移行をしたい。

 そのことを浜本に相談しようとすると、事務の浜田が
「浜本さんはケチだからうまく話さないと買ってくれないと思います」と言う。
「えっ、だって仕事で必要なんだよ、今はパソコンなんて大した値段じゃないし」
「でも、ダメだと思いますよ、何か方策を考えないと…」

 というわけで僕は頭をひねった。しばらく考えた結果、僕が前の会社で使っていた奥の手を思い出し、早速浜本の席にすり寄る。

「浜本さん、僕のパソコンが壊れちゃって」
浜本は、まったく興味がなさそうにささ屋のさけ弁当を突っついていた。再度襟元をただし
「浜本さん、僕のパソコンが充電が出来なくなっちゃって、この中にはいっぱいデータが入っているんですよ。それに『炎の営業日誌』もこれがないとアップできません!」
「で?」
「新しいパソコンを買って下さい。」

「買って下さい」という言葉を聞いた瞬間、浜本はちょっとだけ合わせていた視線をまたあわててさけ弁当に戻した。さあ、奥の手だ。必殺技を使って浜本の気持ちを揺すろう。

「浜本さん、パソコンを買ってくれたら、電気屋のポイントは浜本さんのカードにつけます。もし、あれなら浜本さんのクレジットカードで支払って、そのポイントもあげちゃいます。これならダブルポイントで大もうけですよ、電気屋のポイントでプリンターとか髭剃りとか、それこそ目黒さんが欲しがっていた鼻毛切りも買えます」

 これで勝負が決まる…と思っていたが、浜本は一切興味がなさそうに、さけの骨を口から出した。そうか…、もしかしたらこのやり口は、会社の社長が堂々と横領することになるのかもしれない。さすがの浜本にも一応「正義」があるのか。

 おもむろに浜本が手を伸ばし、パソコンの電源に触れる。なぜかその時唐突に僕のThink Padが起動したのである。今までの故障がウソのようにカリカリとハードディスクを鳴らし、快適に動き出した。なぜだかわからないけれど、事務の浜田曰く「ケチパワー」とか。

「大丈夫だね、杉江くん、これで頑張って営業して、なおかつ『炎の営業日誌』も書いてね、最近更新が遅いからね。でも杉江くん、君はあの日誌を家で書いているんじゃなかったけ?それとね、君が欲しがっているMacのIbookはポイント対象外なんだよね」

 ・・・・・・。
 その後、またパソコンの電源が入らなくなってしまった。非常に困っているが、浜本を口説く新たな方策がいまだに思いつかない。うーん、困った。

5月15日(火)

 メールチェックをしたら、いきなり浮き玉△ベース夜の理事長イシケンさんから「ポルシェ買ったの?乗り心地どう?」とメールが来ていてビックリ。そんなメールが他にも2通。ああ、恐れていたことが事実になりつつある。書店さんを廻っても同じことを聞かれた。その度に僕は何度も違うんですよと否定しなければならない。それもこれも、すべて『本の雑誌』6月号で記された沢野さんのイラストのせいだ。

 誰かワニ眼画伯を止められないのだろうか。次号がどんなことになるのか今のところさっぱりわからないけれど、もしこのまま高額商品を買ったシリーズになると、僕はとんだ大金持ちで、成金趣味の金満家に思われてしまいそうで恐い。あるいは、この1回限りで「○○を買った」というコメントがつかなくなると、それはそれでポルシェの現実味が出てきてしまうではないか。

 車はもちろん買ってない。というか超零細出版社に勤めていてポルシェなんて買えるわけがないし、欲しくもない。もし、そんなお金があるなら僕は浦和レッズに寄付して、チーム強化に役立ててもらうだろう。

 ああ、でもこの欄の読者と本の雑誌の読者が全て重なるわけでもなく、いくらここで否定してもどうにもならないことに気づく。ならば、編集後記で否定しようと思って原稿を渡したら、発行人浜本に「面白いからこのままで良いんじゃない」とボツにされてしまった。僕はどうしたらいいんだ。

5月14日(月)

 フェアの御礼方々、高田馬場S書店を訪問。店長のMさんが、ちょうど社員旅行に出発するところだったのでお見送り。大げさにお見送りをしたら、「杉江くん、横浜だよ、横浜、近くなの。」と言われる。てっきり遠くにいくものだと思っていたのでビックリ。そうか、そういう社員旅行がアリなら、本の雑誌社でも4年に一度くらいは行けそうだ。会社に戻ったら浜本に相談しようと思う。

 その後は担当のTさんとサッカー話。Tさんは鹿島アントラーズのサポーターで(僕の調査によると書店員さんは鹿島サポの方が非常に多い)ケガ人が多く結果のでないチームに頭を痛めている様子だったが、思わず
「国立でやれるうちが華ですよ。J2はほんとにつらいんです」と言ってしまって
「今日の杉江さんは人が悪いです」。うーん、つい、サッカーの話になると敵だと考えてしまう悪い癖だ。

 その後は大きく移動し、田町のR書店Kさんを訪問。今まで散々Kさんに「スカパー」のサッカー放送の話をされていて、ついに僕も加入したことを報告をすると大笑いで「これから店に来なくなるんじゃないの?テレビばっかり見て、寝不足で…」と言われるが、ほんと自分が怖い。かくいう今日も寝不足でふらふらしながら仕事をしている始末なのだ。

 今一番欲しいもの。旅館にあるお金を入れると映るテレビ。少しは歯止めが効くんじゃないか…、と思うものの早く家に帰りたい。

5月12日(土)

『炎のサッカー日誌&toto日誌』

 その男は、朝の9時半、突然我がアパートのベルを押した。僕は前日サイン会の打ち上げで深酒していたため、インターフォン越しにがらがらの声で応対した。
「おはようございます。ケーブルテレビの○○です。」
「はい?」
「今日はケーブルテレビのご案内でお伺いしているんですが、お客様のアパートはすでにケーブルが引かれてまして、契約すればすぐご視聴できるようになるんですが。」
 つい…、悪魔のドアを開けてしまった。

 かねがね僕もケーブルテレビに入りたいと考えていた。スポーツチャンネルで放送されているセリエAやスペインリーグ、あるいはW杯予選やJ2の試合などなど、とにかく世界中のサッカーがみたいと思っていた。それに実は僕、ヤクルトスワローズのファンでもあり、レース好きでもあり、とにかくスポーツ全般が好きなのだ。
 すでに視聴している田町のR書店Kさんを訪問する度、よだれの出るような話しをされ触発されてもいた。

 しかし…。そんなものを手に入れてしまったら、僕は会社にいけるのだろうか。そのことが不安でしょうがなかった。24時間いろんな時間帯にサッカーが放送されていて、見たい試合は山ほどある。そんな環境にこのサッカーバカを置いたらいったいどうなってしまうのか。僕は自分に自信がなかった。

 インチキ臭い笑顔の営業マンがドアを開け、「どうも」と言う。そして玄関に飾ってある我が浦和レッズのユニフォームを眺め一言。
「あっ、今日のヴィッセル戦、ケーブルでしか放送しませんよ!」

 気づいたらハンコを持っていた。気づいたら工事の人が、ホコリだらけのテレビの裏側に廻って機械を設置していた。気づいたら3本680円のビデオテープを買いに走っていた。嗚呼、ついに僕は禁断の果実にかじりついてしまったのだ。

 さて、このようにして手に入れたケーブルテレビで、この日はヴィッセル戦をテレビ観戦するつもりだった。ところが、よくよく考えてみると、今日はレッズ仲間の吉田さんが突然アナログ人生を辞めてパソコンを買いに行くと言い、付き合わなきゃいけなかったのだ。パソコンのキーボードも打てないのに、なぜかミディーをつなげて、曲を作るという。うーん、大丈夫なんでしょうか。まあ、いつも酒を奢ってもらっているので仕方ない。
 レッズはビデオに録画して、絶対勝敗の情報を聞かないよう車のラジオも切ろう。結果を知ってビデオを見るなんてこれほど人生でつまらないことはない。それにわざわざ興奮してケーブルテレビを入れた理由がなくなってしまう。

 不況が嘘のような大混雑の秋葉原でパソコンを買い、あとは、吉田さんの家に行って設置し、ビデオを見るだけ。さあ、気合を入れてみようじゃないかと張り切っていたところに、相棒とおるから電話が入る。そしてそれはあっという間の出来事だった。
「杉江?」
「ああ。」
「今ね、引き分けで延長入ったんだよ」
「・・・・・・。」

 相棒とおるは大阪在住で久しぶりの関西地区レッズ戦を楽しんでいるようだ。電話口の向こうから「レッズコール」が聞こえる。僕は、何も言わず電話を切った。

 しかし、まだ結果はわからない。これから延長戦が始まり、ヴィッセル神戸にとどめを刺すのだ、そう考えて気持ちを落ち着かせた。

 吉田さんちでパソコンの設置を終えるともう外は真っ暗だった。どうにかネットワーク環境までやり終え、メールの送受信が出来るようになった。吉田さんがいったいどこまで使いこなせるのか心配だけど、まあ、それは本人に任せるしかない。とにかく喜んでいたので一安心して家に帰る。

 すぐさまビデオを見ようかと思ったけれど、まあ、あわてても仕方ない。食事をして、風呂に入り、そして布団を敷いた。最近、我がアパートの下の部屋に新たな人が入居して来たので、飛び跳ねたり、床を叩いたりすると問題なのだ。だから、事前策として布団を敷くことにし、何かを殴りたくなったときは枕を殴ることにした。先日力を入れ過ぎて、その枕が爆発してしまい、部屋中真っ白になったけれど、これは誰にも迷惑をかけてないからいいだろう

 缶ビールを冷蔵庫から出し、さあ鑑賞。おっとその前にメールチェックだけしておこう。おっ、早速吉田さんからメールが来ている。使えるようになったんだなあ。

「杉江くんへ

 今日はありがとう。これでカッコイイ曲を作って印税生活だ。
ほんとありがとう。

追伸*ところで小野伸二のVゴール見た?」

 ああ、僕はいったい何のためにケーブルテレビを入れたんだ…。


 ちなみにtotoは外れてまた1800円のマイナス。しかし、しかし、僕はついに必勝法を手に入れてしまった。この話は、長くなるのでまた今度。

5月11日(金)

 三省堂書店神田本店にてサイン会の立ち会い。ずらっと並んだ行列を前に、椎名さんの隣りに立って読者から本を受け取る。日頃と違う仕事で、しかも人様から注目されるサイン会は非常に疲れる、って僕が見られているわけじゃないんですが…。

 ふっと顔を上げるといつの間にか来ていた事務の浜田が緊張している僕を見て笑っている。その隣りで発行人の浜本がのんきに書店の棚を見ていたりする…。
うーん、この人達はいったい何をしに来たんだ!と汗をかきながら、怒りを覚えるが今はそれどころではない。とにかく本を受け取り、サインがしやすいよう、椎名さんに渡すことを繰り返す。

 約1時間半のサイン会が終り、椎名さんともどもグッタリ。その後は近くのバーで打ち上げ。一生懸命仕事した後のビールは美味い。が、なぜか何もしていない浜本と浜田も美味そうだ。うーん、今日は、からむか…。

 サイン会に並んで頂いた皆様、ありがとうございました。何だか階段が非常に暑かったようで、申し訳ございませんでした。また、機会がありましたら、お会い出来る日を楽しみにしています。

5月10日(木)

 とある書店に行き、女性店員さんの話しを聞いてビックリ。
その方は、結婚されていて、子供さんがいることは知っていた。一度出産で退職し、再度仕事に戻ったという話しを前に聞いていたからだ。

 僕はてっきりパートか契約社員のような形で働いているのかと思っていた。ところが今日、もうすでに帰社しているだろうとダメ元で6時頃お店をのぞいてみたら、忙しそうに棚差ししていたのである。

「あれ、まだいらっしゃったんですか?今日は荷物が多いんですか?」
と残業だと思って聞いてみたら
「えっ、遅番だからいるんですよ、遅番だと閉店の9時までだから、これからが仕事ですよ」と笑われる。

 話しを聞いてみたら、パートか契約社員だと思っていたのは僕の勝手な勘違いで、今でも普通の社員で、早番・遅番を繰り返しているという。遅番なら家に着くのは10時過ぎだと言っていた。

 この出版不況のなかで多くの書店さんが行なっているのが営業時間の延長だ。お客さんから見れば遅くまで仕事をした後に、お店が開いているのはうれしい限りで、僕もちょくちょくそんな時間に本を買っている。でも、よくよく考えてみたらお店が開いているということは、そのお店で働いている人がいるというわけで、その人達にもそれぞれ生活がある。例えば子供と遊ぶ時間が減り、ゆっくり本を読む時間ももちろん減るだろう。個人的に過ごせる時間はどんどん減っていく。

 そんなことを考えながら、直帰して家路についた。途中のパン屋さんで食パンを買った。お釣を受け取りながら、レジの人に思わず「お疲れ様です」と声をかけてしまった。不思議そうな顔で見つめられたが、その後は笑って「お客さんもお疲れ様です」と言われた。

 お店の人に感謝の言葉くらいはかけられるか…。

5月9日(水)

 仕事を終えて、会社を出ようとしたとき、何か忘れている気がした。あわてて机に戻りカレンダーを眺める。『本の雑誌6月号搬入』と書かれているだけで、それは午前中に済んだ話。椎名さんのサイン会は明後日のことだし、いつも無くしてばかりいるボールペンはちゃんと筆立てに立っている。電話のメモもFAXもすべてやり終えてさっきゴミ箱に捨てたばかり。それなのに何かものすごい不安感が襲う。しばらく席に座って考えていたけれど、思い出せなかったのでそのまま帰宅する。

 夕食を終え、ビール片手に『地獄の季節』高山文彦(新潮文庫)を読んでいた。事件を起こした少年と僕の少年時代を比較し、思春期には誰もが持っているであろう、残虐性や攻撃性について考えていた。今日の僕はなかなか知的だなあ…と悦に入っていた。

 家の電話が鳴る。中学時代からの友達。
「待ってるんだけど」
「は?」
「お前が来るのを待っているんだよ、は?じゃねえだろ!」

 奴は中学時代の裏番長で、今では信用金庫の営業になり嘘の笑顔で固めているが、酒を飲むと10数年前にあっという間に逆戻りするのだ。先ほど考えていた残虐性と攻撃性がいきなり目の前に出現したのである。時は越えても過去の関係は変らない。僕は身震いしながらその電話を強く握り締めた。
「何?地元で酒でも飲んでるの…?」
 呆れたため息とともに、誰かに乱暴に電話を渡す音が聞こえ、
「もしもし、杉江さん、何をしているんですか?」と女性の声に変った。

 その声を聞いた瞬間、僕は一段と身震いした。そうか!僕の何か忘れている…ような気がしたあの不安感は間違っていなかったのだ。確かに忘れていたのだ。そう、今日は浮き玉△ベースの我がチーム新宿ガブリ団の飲み会があったのだ。ああ、最悪だ。『地獄の季節』じゃなくて、『地獄の瞬間』だった。

 その後は、酔っ払ったメンバーに電話をたらい回しされ、ひとりひとりに小言を言われた。悪いのは僕なので素直に聞いていた。電話を置いてしばらくうな垂れる。落とした信用はなかなか戻せないんだよなあ。ああ。

5月8日(火)

 日焼けによる顔の皮めくりも一段落したので、営業に出かける。黒い顔が目立たない顔グロの街渋谷へ。

 まずは、A書店のHさんを訪問。出したばかりの『日焼け読書の旅かばん』椎名誠著の売行き調査と6月の新刊『出版業界 真空とびひざ蹴り』の営業活動。「今日の杉江さんはおかしいですよ、笑い過ぎです」と言われるが、それは久しぶりの営業が楽しくて仕方なかったからだ。

 GW最終日、友達が
「ああ、明日から仕事かぁ、嫌だなあ」と暗い顔をして酒をあおった。
「そんなに嫌?」と聞いたら
「嫌だなあ…」と一段と暗い顔をして愚痴を続けた。
「そんなに嫌なら辞めればいいんじゃないか。会社を辞めるのは簡単だよ、上司に辞表を出せばいいんだから」と余計なことを口走ってしまう。

 友達は、何もわかってないなという顔で僕を睨みつけ、
「お前は好きな仕事をしているからいいよな。」と一言つぶやいた。

 その言葉が無性に空しく僕の心に響き、かなり長い間付き合ってきた今までの時間が何だったんだろうと疑問を感じずには、いられなかった。そして、ならばお前は好きでもない仕事をどうして続けられるのか聞こうと思った。けれど、それはケンカの原因になりそうなのでやめた。
 最近、言おうとしてやめることが多い。

 18歳だった僕は、とある本を読み、今までの考え方、大げさに言えば生き方を見つめ直し、大学受験を辞め、そこまで影響力を持った本というものに興味を持ち、ならばそこで働こうと考えた。

 そのことを5つ離れた兄貴に話すと、兄貴にこんな風に言われたのを今でもしっかり覚えている。
「お前の今の学歴は『高卒』だろう。そんな人間を出版社が取ると思うか?」
まだまだ若くて世間の仕組みも矛盾も何も知らず、一直線に生きられると思っていた僕は
「学歴なんて関係ないだろう、そんなことで人間を判断する世の中がおかしいんだよ」と吠えてみたが、兄貴は冷静に経験談を話してくれた。

「あのな、お前が言っているのは確かに理想なんだよ、でもな、やっぱり社会にはしっかり学歴っていうのがあって、俺だって大学を出たけど、変な大学だったから就職活動で苦労したんだよ。クソみたいな面接官に履歴書をジロジロ見られて、まったく興味なさそうな質問されてさ。有名大学の奴とは明らかに扱いが違って下手したら入り口も違うんだ。その時点でもう落ちたなってわかるよ。
お前は、自分の意志で高卒を選んだんだよ。そのことは大人になったと感じるけれど、これから苦労するかもしれないよ。でもそれは自分の責任だから自分で乗り越えなきゃいけないんだよ。親を泣かし、親父はほんとに泣いていたぞ、お前が大学に行かないって言ったとき。それを見返して、俺は楽しく生きているんだ、後悔していないって思わせるのがお前ができる一番の親孝行だと思うよ。
で、出版社に入りたんだろうけど、それは長期的に考えた方がいいと思うよ。お前はやっぱり社会的には高卒なんだから、それでも出版社が欲しいと思うような人材にならないとダメだと思うんだよ。経験値を上げて、大卒に負けない何か具体的なことをしっかり身につけていかなきゃ。」

 翌日、近くのコンビニで就職雑誌を買った。
 兄貴の言うとおり、応募資格には「大学卒業もしくは来春卒業見込みの方」という文字があふれていた。その時初めて親父やお袋が、僕が大学に行かないと言い出したときに取り乱した理由がわかった。僕の将来は閉じられたと感じたのだろう。僕も初めてそのことを認識した。でも僕は「絶対に負けない」とも思った。

 まずは当座の金をためる為に肉体労働のバイトをした。あっという間に20万円くらいの金が溜まった。これで2ヵ月くらいはしのげるだろう、さて、どうしたものかと考えた。出版社が欲しがる人材とは…。よくわからないけれど、とにかく「本」を売る側を経験しようと思った。

 もう一度、コンビニに行って、今度はアルバイト雑誌を買った。そこに載っていた書店に履歴書を送った。結局、その4年後、専門出版社へ就職することができた。それ以来ずーっと楽しく仕事をしている。

 今でも僕の心の奥深くに、大学へ行った仲間達に「絶対負けたくない」という想いが横たわっている。くだらないコンプレックスだけれど、これが無くなったら僕はもう前に進めないだろう…とも考えている。
 だからこそ、仲間たちには輝いていて欲しいのだ。

5月7日(月)

 本の雑誌社にも一応GWというのがあって、28日から6日までのなんと9連休。事務の浜田は「せめてGWの休みくらい世間並みにもらわないと…」と言うけれど、うーん、休みで誤魔化されているような気がするのは僕だけか?

 まあ、とにかく連休はうれしいので、しばらく前からどこへカヌーをしに行くか考えていた。ところが、よくよく思い出してみると、我が浦和レッズの試合が3試合も組まれていて、それも国立・国立・駒場とすべて行ける範囲なのだ。これで9分の3の予定はあっさり埋まり、なおかつ飛び石で試合があるためカヌーどころではなくなった。

 そんなところに椎名から連絡が入り、第2回浮き玉△ベースボールの全国大会の話をされる。「4日から6日にかけて奥会津でやるから、優勝目指してがんばるぞ!」とのこと。で、残りの2日が埋まった。

 こうなったらどこにも行けなくなるのが確定し、おまけに開いていた前半4日間は天気も悪かったので、仕方なく本を読んで過ごした。

 うーん、結局浮き玉△ベースは優勝できないし、浦和レッズは1勝2敗だし、相変らずtotoは大外れの連続。トトは外れてもトゥットは大当たり…なんてダジャレはレッズファンにしか分からないか。

 おまけに浮き玉で日焼けしてしまい顔中ボロボロなのだ。鼻の頭やら、いつの間にか広くなったおでこからポロリポロリと皮が落ち、とてもとても営業に出られる顔じゃない。ああ、いろんな意味で悲しいGW明け。

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