WEB本の雑誌

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7月31日(火)

 先週末から編集部は夏休み。歌う人(浜本)と踊る人(松村)がいないと妙に社内は静か。「毎日こうだと良いね」と事務の浜田に話すと、キッとにらまれる。彼女は僕がいない方が過ごしやすいらしい。

 単行本の金子は出社。この人、入社して7年間、一度も夏休みを取ったことがないという。毎年秋の新刊に向けこの時期が一番忙しいからだ。「仕方がないよ」とパソコン画面を見ながら金子はつぶやく。「仕方がない」で済んでしまうところがこの会社の恐ろしさか。

 実は僕も夏休みが決まっていない。どの週に取るか手帳を眺めながら悩んでいるけれど、うまいタイミングがなかなかみつからない。最近気づいたことのひとつ。サッカー以外やることのない男は別に休まなくても平気ということ。これがワーカーホリックなのか、単なるバカなのか難しいところ。

 先週、夏休み前の上機嫌な浜本を捕まえ、パソコン購入の話をした。浜本は僕のパソコンが壊れていないと主張するが、唐突に電源が落ちるパソコンを壊れていないというのはさすがに無理がある。こんな時だけ理論家になる僕は、3段論法で長時間に及ぶ説得を試みた。
「電源が落ちるパソコンは壊れている」「僕のパソコンは電源が落ちる」すなわち「僕のパソコンは壊れている」。
 その結果、ついに7月26日夜7時23分、浜本が首を縦に振った。僕はガッツポーズ。

 さて、その浜本が夏休み明けに気が変わっていたらさあ大変ということで、本日強引にネットショップでパソコンを発注。なんとなんとお金を振り込んだら明日来るというではないか。さあ、さあ、早く明日になれ。

7月30日(月)

 会社に出社すると、なぜか僕の机の上にドラえもんのぬいぐるみが置いてあった。確かにこの世で一番欲しいものはドラえもんだけれど、それはポケットの中身だけのこと。あんな口うるさいロボットにつきまとわれたらたまらない。それよりも、僕にぬいぐるみを集める趣味はない。

 いったい何なんだ?誰か社員の新たな嫌がらせなのか、それとも小学館に取材に行ってそのおまけなのか。うーん、やっぱりわからない。

 先に出社していた事務の浜田に「このドラえもんは何?」と質問すると
「それは、タケコプターの部分を引っこ抜くと電報が入っているんですよ。杉江さん知らないんですか?信じられない!!とにかく杉江さんに電報が届いたんです。」と言う。これが電報?それに誰から?そして何?
「?」マークだらけで、そのタケコプターを引っこ抜くと、浜田の言うとおり小さな紙片が挿入されていた。

「お祝い

 東京都中野区南台4-52-14
 中野南台ビル 1階
 株式会社 本の雑誌社
 炎の営業 杉江課長 様

 三十路おめでとうございます。今度飲みに行きましょう。

 火曜助っ人4人娘より」

 そうだったのだ。すっかり忘れていたが、僕は今日で30回目の誕生日を迎えたのだった。文面を目で追いながらも、何だか紙片を持つ手が震え、文字がにじんでよく読めない。いつもは憎まれ口を叩いている助っ人達の粋なやり方に思わず涙。

 でもきっと、僕はもの凄くシャイなので、面と向かって御礼を言えないだろう。多分「お前ら、こんなことをしても時給は上げないぞ」とか「ドラえもんは目黒さんの愛称だから縁起が悪い」とかとにかく悪態をつくだろう。

 この場を借りて素直に御礼を言わせてもらいます。
 武田さん、高橋さん、吉田さん、大塚さん、ありがとう。
 今度、ドーンと飲ませてやろうじゃないか。

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 この電報を読みながら、では、30歳になってみて実際どうなのか?ということを少しだけ考えた。しかし別に昨日までの自分と何かが変わるわけもなく、あまり意味がないように思えた。じゃあ、20代を迎えたときは、どうだったのか?その頃の気持ちなんてほとんど覚えていないけれど、10年後にこのようにして働いているとはまったく想像していなかったことだけは確か。ということは、40代を迎える10年後もまったく何をしているのかわからないということ。

 何だか面白そうだと思った。

7月27日(金)

 最近やたらに飲み会が多く、どうも飲み会はカタマリでやってくるような気がする。今週は、月・水・金。先週は、月・水。誘われるがままに、了解していたが、いつもほとんど飲む機会を自ら作ろうとしないダメ営業マンとしては驚きの日々。

 本日はとある書店さんを囲んで10数人の大宴会。その書店さん以外ほとんど面識のない人たちだったから、緊張しつつ参加。しかし皆さん良い人ばかりで異様に盛り上がる。いろんな話を聞きつつ、あっという間の3時間半。この業界には面白い人がたくさんいて、飲み会がまったく苦痛にならないのが良いところ。

 どうにか終電に間に合い、駅からアパートへの道をゆっくり歩く。飲み会の帰りはいつも少しだけ憂鬱な気分になる。それは、他の営業マンの凄さにやられてしまうからだ。もっと実力をつけなくては、とてもあの中で太刀打ちできそうにない。営業もとても難しい仕事だと思った。

7月26日(木)

 直行で王子の取次店N社に向かう。「情報制度向上説明会」に参加するため。何だか説明会のタイトルはムズカシそうだけれど、ようは、流通情報(増刷や絶版など)をもっとしっかり連絡するように…というお話。その通りだと思わず頷く。

 只今このN社が進めているPC-NOCS2というシステムは、書店さんのコンピュータ上で、本の検索・発注・出荷情報がわかる優れもの。今までだったら、書店さんがお客さんから注文を受けたときに「10日から2週間」などと大まかな入荷日を伝えることしかできなったけれど、このシステムを導入すれば、○日にお店に届きますとハッキリ言えるのだ。この業界も遅ればせながら、流通のスピードアップに取り組んでいるのである。

 とても良いシステムに思えるこのPC-NOCS2。しかし導入している書店さんでその使い勝手を質問すると、あまりよろしくない評判を耳にする。システム導入の金額はとりあえず置いておいて、とにかくその情報の信用度が低いのだ。

「なんかね、ここに在庫アリって出ていて注文するでしょう。でも全然入ってこないのよ。そんでしばらくしてから、品切れでしたって連絡があるの。お客さんに『大丈夫です』と言っちゃってる手前、すごく困るのよね。だから到着日は言わないようにしているの。」

 せっかく素晴らしいシステムなのに無用の長物になってしまっているのが現状だ。

 では、何が悪いのか。これはもう完全に我々出版社が悪いのだ。書籍の「品切」や「増刷」の情報を今はメールで送ることになっているのに、そのメールを送らない。送らない、いや送れない理由はたくさんある。出版社は基本的に小さなところが多いため、在庫情報を送るだけの手間が取れない。また、この在庫情報も、N社に送るだけで済むならまだ楽だけれど、各取次店やその他協会なども同じようなシステムを開発しているためそれぞれに連絡しなくてはならないのだ。これは一見楽そうに見えて、結構大変である。どこか別の団体が一元管理してくれれば…と思うけれど、それはきっと甘えでしかないだろう。

 しかし。書店さんが欲しがっている情報(お客さんの欲しがっている情報)のなかで一番大事なものは、「これから出る本」と「今まで出ている本」の情報なのではないか。全国の書店さんに全部の本が並ばない以上、在庫情報をしっかりしない限り、その本がこの世に存在していることすら伝えることが出来ていないことになるのではないか。

 この日、情報制度ワースト出版社というのが発表になった。てっきり、出版点数の多い大手版元がずらりと並ぶのかと思ったが、そうではなく、中小版元の名前が多数あがっていて驚いた。本が売れない時代というけれど、出版社自身が本を売ろうとしていないなら、それはそれで当たり前だと思った。そして、僕自身もそういう仕事を面倒くさがっていたので、大いに反省する。

 これらのクレームをすべて一身に受けている書店さんは、もっと大変だ。

7月25日(水)

 横浜を営業中に突然どしゃぶりの大雨に襲われる。おまけにすさまじい雷もやってきた。外を眺めてみるがすぐそこのビルも見えないほどで、稲光の閃光が道路を白くする。夏の営業はこれだから折りたたみ傘が必需品。しかし、横浜は駅ビルから外に出ずに営業できるから関係ないか。

 M書店のYさんと仕事の話。お互い年齢が近いせいか、仕事で持つ悩みが似ていて思わず相談。30歳前後というのは、どうも会社における立場が中途半端でやりにくい。今まではただ教わっていれば良かったものが、徐々に教える立場へと変化していく。しかし「教える」というのは非常に難しい。ノウハウを伝えるのはもちろん、言葉遣いも気にしなければならないし、今まで教わっているときは気づかなかったけれど、これはこれで非常に疲れる仕事だ。

 Yさんも「棚を綺麗にしよう」と若手社員に話したところ「怖い」と反応されてショックだったと話す。思わず大きな声で頷いてしまったが、僕も実は会社で「怖い」と言われることが多く、そんな夜は寝つきが悪い。

 京浜東北線に揺られながら、前の会社の先輩たちを想った。悪態ばかりついて、まともに話を聞こうとしなかった自分が恥ずかしい。

7月24日(火)

 大手町のK書店を訪問すると入り口に『ハリーポッター』の山。いったい何面積みなんだと数えてみたが30面以上。いやはやスゴイ。場所柄どうかと思った売行きも、順調ようでサラリーマンにも『ハリーポッター』は浸透しているようだ。

 日頃、多面積みがスゴイ書店は浜松町のD書店。入り口右手の棚と平台にその時旬な本がドカーンと並べられている。僕はこれを「攻撃的な平台」と呼んでいる。何を買おうか悩んでいるお客さんは、ついつい買ってしまうのではないか。そういうお客さんを掴むことが今書店さんにとって売上げを左右する大事なことのひとつだろう。

 しかし、こういう物を見ていると、ほんとに同じ「本」という物でも運命が違うということ。棚でひっそり気づかれるのを待つ本もあれば、このように派手に展開され「さあ、買え!」と迫ってくる本もある。どちらが本にとって幸せなのかわからないけれど、とりあえず出版社にとっては、ドカーンといった方が幸せなんだろう。

 多面積みを見ながら考えたのは、いつまでも売れることを恥ずかしがっている業界…というのは非常におかしいということ。

7月23日(月)

 渋谷のH書店を訪問。今週末に行われる吉野朔美さんのサイン会は、とっくのとうに整理券配布が終了していた。事務の浜田に頼まれていたので残念。それにしても吉野さんの人気はスゴイ。
 そのサイン会に合わせて、本の雑誌社から出している『お父さんは時代小説が大好き』と『お母さんは赤毛のアンが大好き』の注文をもらう。ありがたい限り。

 売り場を廻って新刊台を見ていたら、HPのインタビューで椎名が話していた3社合同『シーナの夏』のポップが立っていた。早速担当のHさんに話をして、おまけの1冊として『日焼け読書の旅かばん』も並べてもらうように交渉。このままだと、他3点に負けてしまうので、あやしげなポップを作ることを約束。

 何だか一日中他人のふんどしで相撲を取っているような気がしたけれど、営業マンがチャンスを逃していてはしょうがない。

7月21日(土)

『炎のサッカー日誌』

 こんなバカなことがあるのか?と思わずたまげる。
 浦和レッズ1stステージ最終戦、すなわち小野伸二が浦和レッズで闘う最後の試合は広島で行なわれていた。
 僕の廻りには大勢のレッズサポがいる。そう僕は出張を作って広島に行っていた…といいたいところだけれど、ここは広島ではない。なんと浦和・駒場スタジアムの観客席を開放し、オーロラビジョンで生中継してくれているのだ。
 なんて粋な計らいなんだ!

 しかし驚くのはまだ早い。そのオーロラビジョン観戦に集まったレッズバカはなんと3000人を越えているのだ。みんなオーロラビジョンに向って吠えている。スピーカから聞こえてくる彼の地(広島)のコールに合わせて、遠く離れた駒場でも同じコールを熱唱する。あまりのバカさ加減に呆れてしまいそうになるが、実は僕、こんなバカなことが大好きなのだ。
広島に向って「うらーわ、レッズ!」と声を張り上げる。

 試合は3対1で勝利。伸二を幸せに送り出すことに成功。
 とりあえず、我が浦和レッズは、7勝7敗1分けの五分の成績を残す。まあ、最低限の目標は達成か。

 問題山積みの2ndステージは8月に始る。

7月19日(木)

 神保町のS書店Dさんの送別会に参加。11月に出産を控え、ついに退職を決断したという。残念だけれど、仕方がない。

 送別会の最後の言葉をDさんが締めくくる。
「約8年間働いていてきましたが、ほんとここに集まってくれた皆様方のおかげで…」と言ったまま思わず絶句。そして頬を涙がつたう。
 僕はどうもこういう場面に弱い。初めてS書店を訪問した日のこと、Dさんが文芸担当から異動になり美術書担当になったときのこと、そして、この送別会に出席させてもらったこと、いろんなことが頭のなかをよぎり、気持ちが高ぶって思わず陰でもらい泣きしてしまう。

「ほんとにありがとうございました」とDさんは深々と頭を下げた。僕も深く頭を下げた。営業マンと書店員の素晴らしい関係がここにあったと思う。

7月18日(水)

『One author,One book.』の見本を持って取次店を廻る。飯田橋のT社に行くと順番待ちのベンチで顔見知りの営業マンF社のOさんとバッタリ。ちょうど前日メールのやりとりをしていたところだったので、いやはやこういうところで会うのがわかっていれば、ここで話せたのにと思わず笑ってしまう。このOさん、今年の春先にK社からF社へ転職し、今度は書店営業ではなく、取次営業になったとのこと。

 出版営業のなかでも、大手というか出版物の多い会社は、書店営業と取次営業に別れるところが多い。それはそれで当たり前の話で、毎月何十点も雑誌や書籍があれば、ほとんど毎日取次店へ出向き、新刊交渉やら見本出しやら部決やらをしなくてはならないから、その担当が必要になる。それに取次店も御茶ノ水、飯田橋、板橋とそれぞれバラバラになっているから移動も大変。Oさんは今までほとんどペーパードライバーだったそうで、取次営業になってからというもの、冷や汗たらたらで都内を運転しているという。

 Oさん、頑張ってください。

7月17日(火)

 小田急線町田方面を営業。

 本厚木のY書店を訪問したら担当のSさんから、「編集後記に書いているんですね」と言われ思わず赤面。この日誌も含めて相変わらず書いたものが公になるということに慣れることが出来ず、シドロモドロになってしまう。本の雑誌社に入ったばっかりに…と後悔してみるが、時既に遅し。

 そのY書店で『新宿熱風どかどか団』椎名誠著<朝日文庫>を発見し、購入。すでに読んでいるものの、今回の文庫化にあたり発行人の浜本が解説を書いているとあっては読ますにいられない。早速、町田への移動のなかで、読みふける。

 浜本が入社当時から今までを振り返った文章を引用。

「…略…
以来、20年間、この間、仕事がイヤだと思ったことは数限りなくあっても、会社がイヤだと思ったことは一度もない。
なぜか。ということを実は一度も考えたことはなかったのだが、本書を読んでいるうちにその理由が朧気ながらわかってきたような気がする
とにかくいいかげんなのである。
…略…」

 この文章を読んで思わず小田急線の座席からずり落ちそうになる。僕と浜本の感覚はまるで逆で、僕は常々
「入社して約4年。この間、仕事がイヤだと思ったことは一度もないが、会社がイヤだと思ったことは山ほどある。
なぜか。そんなことは考えなくてもよくわかる。
とにかくいいかげんなのである。」
と思っていたからだ。

 他の会社から転職してきた身としてはどうしても、前の会社と比較してしまう。そうすると、信じられないくらい「いいかげん」なことが多く、頭を抱えて口篭ることもしばしば。そんなときは、営業前任者Sさんが引継ぎの際に言った言葉が胸に突き刺さる。
「杉江君、入社初日にこんなことを言うのは申し訳ないけど、ここをね、会社だと考えるとつらくなるかもしれないから、何か別の集団だと思った方が良いよ。それとね、編集部の人間を自由にやらせていると、いつまで経っても本が出なくなるからね。営業はビシッと引き締めてね…」

 うーん……。

 しかし、4年ほど、この本の雑誌社にいて、もうひとつわかったことがある。
 それはいいかげんのなかでも絶対いいかげんにしない部分があって、それが本の雑誌の核になっているということ。目黒にしても、椎名にしても、そして発行人となった浜本にしても、とにかくこだわる部分はとことんこだわり、何があってもスタンスを変えない。頑固であり、律義でもあり、またくそ真面目でもある。いいかげんであるのは「組織」の部分で、「個人」の部分ではかなりまともなことに気づいた。

 それ以来、僕は、少しだけ楽になった。そして、自分にそんなまともな部分があるのか、今度は逆に心配になった。

7月16日(月)

 残業を終え、さあ帰ろうとドアを開けたら、ちょうど椎名事務所の面々も帰宅するところだった。ではではと一緒に笹塚10号通りを歩いていくが、どうも様子がおかしい。いつもはキビキビしたSさんやTさんの呂律があやしいのだ。話を聞いてみると「即席ビアガーデン!最高ですよ。今度内線しますわ~」とのこと。何だかよくわからないけれど、とにかく屋上でビールを飲んでいたらしい。

 我が社の数少ない自慢のひとつが、実はその屋上で、本当のことを言えば屋上と言うほどのスペースでもないんだけれど、とにかくここから新宿副都心の夜景がバッチリ見えて、素晴らしい景色なのだ。単行本編集の金子は、ここから見える夕焼けが大好きで、たまに屋上で風に吹かれていることがある。

 こう書くと、えっ、本の雑誌社はそんな高いビルなの?とあらぬ誤解を生みそうなので説明しておくけれど、我が社は4階建ての小さなビルで、その1、2階を本の雑誌社、3階を椎名誠事務所、4階はその他といった形で使用している。地名は場所を表わす最適な言葉で作られていることが多く、本の雑誌社の住所は、中野区南台、そう高台にあたる場所なのだ。それも廻りは住宅地。だからこそ新宿の高層ビル街が見えるのである。

 椎名事務所のSさんの話を聞きながら、なぜ今までそんな素晴らしいプランに気づかなかったんだろうと後悔していた。そうか、ならばこれからわざわざ高い金を出して、ビアガーデンなんぞに行かなくて良いのだ。これから6時になったら、そそくさと屋上に登ろう。今年の夏はこれでどうにか乗り越えられそうだ。

7月14日(土)

「炎のサッカー日誌」

 いつか、こういう日が来ることを願っていたような気もするし、あるいは恐れていたような気もする。グラウンド中央に敷かれた真っ赤なジュータンの上を、スポットライトに照らされた小野伸二が歩いていく。それはオランダへ続く道。

 ここのところ会う人会う人「レッズ大丈夫ですか?」と聞かれていた。
 僕は「ひとりの選手がいなくなったくらいどうでもないっす!」と元気良く答えたかったけれど、それほど今のレッズに自信はない。最高潮のパフォーマンスを見せるシンジの穴はデカイ。いったいどうしたらいいんだ?
 でもこうやって悩むことも楽しいこと…とレッズサポは知っている。

 スタジアムを埋めた―早朝から多くの人がこのときを待って並んでいた-2万人が固唾を飲んでグッドラックセレモニーを見つめていた。花束贈呈があり、記念品贈呈があり、そして、シンジのコメントがあった。その言葉を聞いて泣いている人も多かった。
 僕も泣いていた。

 シンジが最後の別れのために、スタジアムを一周する。メインスタンド、アウェーゴール裏へと報道陣に囲まれゆっくりと動く。そのとき、ジェフのサポーターから「シンジコール」が起きた。それを聞いて僕の目からまた涙があふれた。

 駒場中に「シンジコール」があふれた。
 こんな幸せな別れを僕は知らない。
 来年はオランダに行こう!

「世界にはばたけ伸二!」

7月13日(金)

 7月23日搬入の新刊『One author,One book』の事前注文短冊を持って取次店廻り。N社、T社、地方小へ出かける。途中、飯田橋の深夜プラス1に寄って浅沼さんと昼食。浅沼さん、やたらに怒っていて、話を聞いた僕も一緒になって腹が立った。その内容は9月号に書くという。しばしお待ちを。

 さて、昨日書き忘れたことがあったので今日はそのことを。

 とある書店を訪問したら、店長さんがじっとテレビ画面を見つめている。
「どうしたんですか?」と一緒になって覗き込むと、4分割されたモニターには店内風景が映し出されていた。
「昨日の分なんだけれど、万引きされたみたいでね。だいたい犯人の検討はついているから、その瞬間が映っていないかチェックしているんだよ」
とのこと。

 詳しく話を聞いてみると、このお店に現在変な万引きが、横行しているらしいのだ。何が変かというと、この万引き犯、数日置きにやってきてコミックを3冊づつ盗むという。今日が1~3巻なら、次は4~6巻、それを繰り返し、ひとつの作品が終ると次なる作品へ。しかしそれだけならまだ普通の万引きと変わらないが、変なのはその盗んだ分を棚に戻すというのだ。盗んで売るという万引き犯は聞いたことがあるけれど、盗んで返す万引き犯なんて聞いたことがない。いったい何なんだ?

 そのお店の店長さんは
「親も気づくんだよね。たいしてお小遣いあげてないのに、漫画がいっぱいあると。『これはどうしたの?』って聞くわけさ。で、古本屋に売るとするでしょう、そうすると今度は、サイフのなかに異様に金がある…って同じことなんだよ。だから返しに来ているんじゃないの」
と推測する。

 しかしこの一度盗まれた本をどうしたらいいんだ?と店長さんは頭を悩めている。本は汚れているから売り物にならないし、万引きの証拠隠滅のためかスリップも捨てられている。だから返品もできず、結局、万引きされ、そのままにされたのと同じ結果にならざる得ない。

 営業話を終え、またモニターに向かう。「早送り」をしていたビデオを止め、少し巻き戻す。「ああ、やっぱりコイツらか…」と店長さんはビデオを見つめながらつぶやいた。

 万引きしている人達に伝えたいのは、ばれていないと思っているのは、その本人だけということ。もし自分の机の上から何かが無くなれば気づくように、書店員さんは棚に入っている本をほとんど覚えているのだ。棚から欠けて売上げ報告に残っていないものはすぐわかるし、そもそも自分では怪しい行動を取っていないつもりでも、普通のお客さんとの違いは一目瞭然だ。だから捕まるのは時間の問題と考えた方が良い。

最後にとある書店のポップを紹介。
「万引きしたら、君の人生は負けだ!」

7月12日(木)

 過去の書店史上最高に5円玉を消費した一日ではないだろうか。きっと多くの書店員さんが銀行へ両替に走ったことだろう。

 それはなぜか?
 なんと言っても本日は『ハリーポッター』第3巻の発売日なのだ。書店店頭には『ハリー』の山、山、山。朝イチから信じられない売行きを示していて、とあるお店では、店長さんと話している15分間で5冊が売れ、他のお店では、2時までに50冊以上の販売。500冊の初回分ではとても1週間もたないよと、何本もの電話をかけ交渉している担当者もいたし、噂に聞くところによると初日で4ケタ販売したお店もあるという…。
 『ハリー』は本体価格1900円、そこに消費税を5%足すと1995円。ほとんどのお客さんが2000円で支払うこととなり、5円玉が大量消費されることとなった。

 さて、さて、『ハリー』フィーバーはものすごく、前日の夕方から「何時発売なのか?」といった問い合わせが殺到したという。こんな売れ方をする「本」があるなんて、とても僕には信じられない。『ダディー』は瞬間だけだったし、『サンタフェ』は予約だけでほとんど店頭に並ぶことはなかった。超ベストセラーの『五体不満足』だって初速はまったくなく、しばらくしてから動き出したように記憶する。うーん、恐るべき『ハリー』。

 そこで一言。
『ハリーポッター』を買いに行く皆様。店頭で『ハリー』を持ったら、そのままレジに直行するのではなく、是非、是非、書店さんの中をうろついてみてください。他にも「本」がたくさんあることを知って下さい!

7月11日(水)

 梅雨も明け、本格的な夏が来た。猛暑といって良いほどの暑さなか営業はとても苦しい。かといってひとり営業マンは、サボるわけにもいかず、汗をだらだら流し、仕事をせざるえない。うーん、今日もつらいなあ…と朝から空を眺めて憂うつに考えていたところに、容赦ない助っ人学生の一言でブチキレそうになる。
 
 それは、編集部の松村が、助っ人に図書館へ行く仕事を頼んだときのこと。その依頼に助っ人は
「今日は勘弁して下さい、暑くて倒れそうなんで」
と答えた。

 その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず手に持っていたボールペンを投げつけそうになってしまった。そして怒鳴りつけそうにもなった。しかし、両方とも胸にしまってじっとこらえ、黙って会社をあとにした。

 営業は、商品をお金に換金する仕事。そのお金は会社の資金となり、そのなかの一部は人件費となる。

 一日中「営業」することがものすごく馬鹿馬鹿しく感じて仕方なった。
 そして怒った方が、ほんとは学生のためにも良かったような気がしたてならない。

7月10日(火)

『本の雑誌』8月号搬入日。本来であれば、午前中に会社へ着くはずが、いわゆるゴトー日にあたってしまい、運送トラックが渋滞に巻き込まれる。結局、午後1時の到着。まあ、助っ人が出社してからの搬入になったからその分ひとりで抱える数が減り楽と言えば楽。しかし、定期購読者へのツメツメ作業の時間が短くなってしまったため、私語厳禁で作業をさせる。

 僕は、御茶ノ水の茗渓堂へ直納。出来たばかりの『本の雑誌』に汗が垂れないよう注意を払う。それにしても夏の直納はつらい。

 その後、神保町を営業しようとカバンの中から新刊チラシやら注文書などを詰めたファイルを取りだそうとしてビックリ!なんと、あわてて会社を飛び出してしまったため、忘れてきてしまったのだ。営業マンが注文書を持っていないなんて、刀のない武士と一緒。我がことながら、あまりの馬鹿さかげんに呆れてしまい、交差点でしばし呆然となる。

 このまま会社に戻るのはあまりに虚しいので、とりあえず売行き調査だけはしていく。なんだか自業自得だけれど無意味な一日。

7月9日(月)

 東横線を営業し、自由が丘で乗換え、二子玉川へ向った。駅に到着すると同時に携帯が鳴る。事務の浜田からで
「『真空とびひざ蹴り』の在庫がほとんど無くなってしまいました。増刷をするかすぐ検討して下さい。」
とのこと。

「増刷」というのは一見素晴らしい響きのように聞こえるが、実は今、出版営業で一番難しいのが、この「増刷」であったりする。書店さんの注文はある部分「見込み注文」であるために、出荷部数=実売部数にならないことが多い。在庫は在庫でも社内在庫はなくなったとしても、いわゆる書店さんにある市場在庫はたくさんあったりするのだ。いくらか期日が過ぎて返品が帰ってくれば、あっという間に刷った部数に近づいた、なんていう失敗例を営業マン同士で話しているのは良く聞く話。

 本の雑誌社では、基本的に買切り制度を行なっているため、まあ、楽な方なんだけれど、それにしても増刷分の補充注文があるかどうかは、ある意味ギャンブルなのだ。

 それと問題なのは、今、本が売れる旬な期間が非常に短くなっているということ。例えばある書店さんに、ある新刊が10冊配本になったとする。1週間でそれが売り切れ、書店さんの判断としては、もちろんもうちょっと売れるだろうと発注をかける。この発注は当然の判断だと思う。
 ところが、なんとこの追加分がそのまま売れ残ってしまうことが多いそうである。前ならばまだまだ売れたものが、すぐさま潮が引くように売れ残る。いったいどうしてなのかわからないけれど、とにかく今の書店店頭はこんなことがざらにある。

 うーん、増刷や初回部数というのは営業マンの腕の見せ所であるはずが、どうも難しい。そもそもこの『真空とびひざ蹴り』ももう少し初回で刷っておけば良かったのだ!印刷機をまわせばまわすほど経費はかかる。その時点で僕はチョンボしているわけなのだ。
 これこそアフター・ザ・カーニバル。後の祭り。

 悩みつつ、営業を終え、会社に戻る。

 発行人の浜本に相談。
「杉江はどう思う?」
と聞かれ、書店さん店頭で見ている初回分の売行きを話す。これならいけるんじゃないかとも判断を下せるし、それともダメとも下せる微妙なライン。うーん、困った。

 しかし、僕は営業マンである。売りたいときに、あるいは売れるときにその商品がないのは、とても悔しい。『極大射程』のボブ・リー・スワガーだって、玉がなければ殺し屋に勝てない。売るものがない営業マンほどわびしいものはない。そして僕がこの世で一番嫌いな言葉は「品切」であり、「絶版」なのだ。書店さんにそのことを伝えるときは忸怩たる想いで、言葉を吐き出しているのだ。

「刷りましょう!!」
と僕の決断を浜本に伝える。その言葉に絶対的な裏付けはない。根拠だってひとつづつひも解けば、あやふやな物に違いない。
それでも浜本は、
「よし!杉江のギャンブルに賭けるか!」
と電卓を叩きながら、経営者の苦渋に満ちた表情で、僕の意見に従ってくれた。

 増刷の手配をしていると、浜本が編集の松村にコソコソ話しているのが聞こえる。
「杉江は、ギャンブラーだからなあ、いいのかなあ、アイツの意見に従って・・・」
「そうですよねぇ、totoも儲かってないみたいだし、目黒さんの競馬ほどじゃないけれど良い話を聞いたことがないですよねぇ」

 浜本の決断が変わる前にそっと僕は印刷会社にファックスを入れた。そして浜本と松村の見解がふたつ間違っていることを胸にそっとしまう。

 それは、週末のtotoで初めて一等を引き当てたことと、僕の血に流れているのはギャンブラーの血ではなく、フォワードの血だということ。そう、攻めしか知らないのだ…。

『真空とびひざ蹴り』よ、ゴールに決まってくれと祈るしかない。

7月8日(日)

 いつだかこの日誌でも書いた親友の家に遊びに行った。この親友は、僕に本を読む面白さを教えてくれた奴、である。もちろん「本を読む」ことだけでなく、僕と一緒に馬鹿なことをしてくれる心強い仲間でもある。通称シモ。

 シモの家に遊びに行ったのには理由があって、シモの初めての子供(娘)が生まれ、ちょうど誕生からひと月が過ぎたところだったからだ。そのお祝いとシモの娘との初対面を兼ねて出かけた。

 広いリビングが一段と広く見えるような、小さな布団に包まっているシモの娘に会った。
 お乳をもらったあとで、すやすやと寝ている。ときたま空を切るように腕を動かし、見えないものをつかむ。いったい何を探しているんだろうか?

 実は、僕にとって友達の子供というのは初めての経験で、何だかどう対応していいのかわからない。まだまだ生まれて間もないこともあり、きっと僕がオヤジの親友なぞとわかる訳がない。ただただ、おとなしく眠っているその寝顔を見つめていた。

 しばらくすると、鼻のあたりから下がシモにそっくりなのに気づいた。あまりに似ているので思わず笑ってしまった。笑いながら「そうかお前はやっぱりシモの子供なんだなあ」とそっと指を差し出してみたら、小さな手で力いっぱい握り返される。柔らかくてとても暖かい手だった。その時、突然、僕は思った。

 もしシモに何かがあって、例えば事故や事件に巻き込まれる、あるいは大きな病気を患ったとして、シモの身に不幸な出来事が起こり、この生まれたばかりの娘の面倒を見ることができなくなったとする。
 その時。絶対僕がこの娘の、父親代わりとまではいかないだろうけれど、それなりの面倒をみてやろうと。きっと余計な金なんてないから金銭的な援助はできない。けれど、どこかに連れていって遊んでやったり、父兄参観に変わりに出席することくらいはできるだろう。そして間違ったことをしたら思い切り叱ってやろう…。
 なぜならシモの子供なのだから。

 そのことは、シモには伝えなかった。
 きっとそんなことを話したら「それだけは勘弁してくれ、そんなことになったら俺は死にきれないよ」と言われそうだったからだ。

 でも僕は、シモが何と言おうと、自分の子供のように面倒を見る気になっている。

7月7日(土)

『炎のサッカー日誌』
 もし、あなたが大好きな人を初めてデートに誘い、彼女(あるいは彼)が喜んでOKしてくれ、休日の一日をディズニーランドで楽しく過ごしたとする。とりあえず「好きだ」という気持ちを伝え、相手もまんざらでもなさそうな言葉を返し、帰りの電車の中では手をつないでいたとする。
 部屋について、その日の幸せな時間を思い出しつつ、コーヒーでも飲んでいたところに電話が鳴る。彼女(あるいは彼)からで「すごく楽しかった、また遊びに連れていってね!来週暇ある?」なんて言われたらどんな気持ちになるだろうか?

 そして約束をした翌週。今度は食事に行ったとする。すると今度はなぜか会ったときから相手が終始不機嫌で、先週の笑顔はどこへやら。この日を楽しみに仕事を頑張ってきたのに、「あなたといるとつまらないのよね」なんて暴言を吐かれ、そのまま席を立たれ、帰られてしまったとする。

 しばし呆然となり、部屋に帰り、何だかわからない怒りや焦り、そして自分を振り返ってみたり。自分自身に悪いところはなかったのに、でも最後には彼女(彼)が好きだという気持ちに変わりがないことに気づく。どうしても好きなんだと。

 数日後、勇気を出して相手に電話してみると「この前はごめんね、また会おうね。」と言われ有頂天になる。

 こんなことが繰り返されたら、あなたはいったいどうなりますか?

 さて、長い前振りが終り、本題へ。

 ガンバ大阪戦、コンサドーレ札幌戦とまったく危なげない勝利で飾ってくれた我らがレッズ。今期開幕当初から問題視されていたらDF面も改善され、終始安定しだした。オフェンス面も永井が成長し、神様仏様トゥット様が破壊力抜群のゴールを奪う。我らが誇る小野伸二も移籍寸前で最高潮のパフォーマンス。ついに強いレッズが生まれようとしている、そんな大きな期待を抱くのは、サポーターとして当然こと。

 観戦仲間のKさんも同じような気持ちで、なんとこの日、朝8時に国立の列並びへ参戦。試合開始は夜の7時。チケットは余っているらしく当日券の販売も予定されている。それならギリギリに行っても充分席は確保できる。
 が、しかし我慢ができないのが、このサッカーバカ(僕のことですが)である。暑さもわかっているし、ある程度無駄な時間なのもわかっている。けれど、期待を込めて、昼過ぎ国立到着。

 期待しているのは、いつだかのレイソル戦。場所は同じ国立。あの時は驚くべきことに奇跡が7回も立て続けに起こり、終ってみれば7対0の大勝利。あの日の再現を!と願うのは、またまたサポーターなら当たり前のことか。

 そんなことをKさんやOさんと興奮気味に話ながら、開門の5時となり、一気に人がなだれ込む。ゴール裏の良い場所を確保。しかし、僕は席についたら突然気分が悪くなってしまった。照りつける太陽のもと、乾いた喉を潤すためにビールだのワインだの飲み過ぎてしまった。ああ、気持ちが悪いと、思わず国立競技場の椅子に寝転がりそのまま試合開始寸前まで爆睡してしまう。

 こういうときは、チビに生まれて良かったとつくづく思う。なぜなら、僕は、国立競技場のイス4つで充分寝られるのだから…。

 待ちに待ったキックオフ!
 僕はまだ半分寝ぼた状態で観戦していたのだけれど、なんとなんと開始早々2分でレイソルにゴールを決められてしまう。サッカーバカにこれほど強烈な目覚しはない!
 とにかく目は覚めたものの、見たくない現実…。ああ、と落ち込んでいたところトゥットの強引な突破でゴールネットに炸裂。トゥットの歌を熱唱する。ブラジル代表よ!早くトゥットを呼んだ方がいいんじゃないか!
 1対1。前半は互角の勝負を繰り広げ、同点のまま終る。

 後半…。
 ここからは逆に寝ていれば良かったという試合展開。先日までの強いレッズはどこかへ吹き飛び、柏レイソルに好きなように攻められる。前線からの早いプレッシャー、サイドからの攻撃。レッズの弱点を思い切りついてくるあたりは、やはり優勝候補の一角に名が挙がるチームだ。うーん、我が浦和レッズも、早くこういう切替のできるチームになって欲しい。

 終ってみれば2対3の敗北。内容はスコアー以上の差。
 数々の期待と想いと願いを打ち砕かれたのは、夜の9時。
 Kさんが国立に並んで13時間後のこと。
 僕が並び始めて、8時間後。
 大切な休日はこのようにして、消えていく。

 さてさて、長い冒頭は何のためにあったのか。
 僕らレッズバカは常日頃、そういう性悪な女(あるいは男)に振り回されているのと一緒な気がするのだ。期待をすれば裏切られ、あきらめればそっと寄り添われ…。この日は特にそう感じた。

 それでも僕は片思いを辞められない。とにかく性悪だろうが振り回されようが、レッズが好きなのだ。いつの日か優勝という両想いの日が来ることを夢見つつ…。

7月6日(金)

 立川の駅ビルO書店を訪問したら、前文芸担当のSさんと久しぶりに対面。今は文庫担当なので「夏は各社の文庫100フェアがあって大変ですね」と声をかけると、なんと今月いっぱいで退職するというではないか。担当が替わって、直接仕事をする機会はなくなていたとはいえ、訪問する度にもしかしたら会えるかなと期待していただけに残念でならない。いつものことだけれど、心の深い部分をぎゅっと握り締められるような感情にとらわれる。

 しばらくそのSさんと話していると、結婚退職というおめでたい話だったので、まあ良かったのか。このまま社員として、あるいはパートのような形で仕事をしていくことも真剣に考えたようで、でも、とにかくここは一度すっきり退職し、新たな生活に向う決断を下したという。それはそれでカッコイイと思った。

 これだけ数多く、女性書店員さんが辞めていく現場に遭遇していると、世間では、男女平等とはうたっているものの、やっぱり女性が仕事を続けていくのには、たくさんのハードルがあることに気づく。特に書店などの接客業は、早番・遅番などの勤務体制になっているため、遅番の場合は、家に着くのが11時、12時が当たり前の仕事。いくら家庭で理解してもらっていたとしても、「家事をしていない」というのは、それだけで女性にとってかなりのプレッシャーになるようだ。

 それ以外でも、これはある女性書店員さんに聞いた話だけれど、結婚を機に社員からパートという形でしばらく仕事を続けてみたけれど、それは今までの上司が逆に部下になるわけで、周りがやりにくそうなので、結局辞めることにしたという。確かにどちらの立場になっても、少しやりずらいのはわかる気がする。

 男女論などというのは、大げさ過ぎて、僕にはよくわからないけれど、「両立」という言葉が女性にしか使われないところを考えてみても、やっぱり女性の方が損をしているというか、生きにくいのは確かなことなんだろう。例えば男が家事を分担してやっているとしてもそれは「手伝う」という言葉でしか表現されないような気がするし、僕の場合の「両立」という言葉は、レッズと仕事でしか考えたことがないアホさ加減なのだから…。
 何だかこうやって考えているうちに女性に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていく。

 出版業界は、あるいは書店業界は、特に多くの女性によって成り立っている業界だと思う。書店の現場では女性が力こぶを作って、重たい荷物を運んでいる場面に遭遇するのは日常茶飯事だし、そもそも女性の方が圧倒的に数多い職場だ。もちろん能力として男と差があるわけではもちろんない。
 また、出版社にしても、我が社から発売している『編集稼業の女たち』を読めばわかるとおり、女性が一線で働き、そしてエネルギッシュに仕事をこなしているのがわかる。今は書店営業も女性の方が元気だ。

 何だかもう少し、女性が働きやすい環境になればいいな…と中央線に揺られながら考えていた。はたしてそのためにどのような方法があるのか、すぐには思いつかないけれど、いくらかでも女性が働きやすくなれば、優秀な方々が今以上にこの業界に多く残り、よりよい状況になっていくんじゃないか。

 それといつか、Sさんがまた仕事をする機会に巡り合い、そのときこの業界に戻ってきてくれたら、うれしい限り。是非また一緒に仕事をしたい、そしてお会いしたいと思った。

 Sさん、いろいろとお世話になりました。これからいろんなことがあるでしょうが、楽しい生活を送って下さい!

7月5日(木)

 朝、金子の机を雑巾がけしていたら、脇に見慣れないカバーが置いてあるではないか。何だかとてもおしゃれで格好良いカバーなので、いったいどこの会社の本だろうとじっくり見てみると、なんと背表紙に「本の雑誌社」とうたれている。えっ、これがうちの本なの?とビックリ。

 まあ、見かけたことがないのは当たり前で、7月23日搬入の新刊『One author,One book』の装丁だった。うーん、すごい。美術センス皆無の僕にはどう表現したら良いものなのかわかれないけれど、書店営業の感覚でいうとパルコBCっぽい。これじゃ全然伝わらないだろうなあ。

 それにしてもここ最近、単行本編集部の金子が装丁に力を入れているだけあって、我が社の装丁は素晴らしいと思う。これは営業している僕にとってもうれしいかぎり。

 おまけにこの『One author,One book』には、なんとジョン・アーヴィングやらマイケル・ギルモアやら、そしてそしてなんとなんとの村上春樹氏のインタビューも掲載しているのだ。おお、村上春樹!すごいではないですか。何だか一段と営業が楽しくなる本だ《

7月4日(水)

 東京のY書店さんから新刊の『真空とびひざ蹴り』の追加注文。助っ人とふたり、早速の直納に向かう。両手に抱えた本で腕が千切れそうになるが、営業マンとしてこれほどうれしい痛みはない。他のお店でも、現在のところ順調に売れており、有り難いかぎり。

 その後は営業にでかけ、丸の内線途中下車の旅。
 会社に戻るとなぜか浮き球関係者の人々が我が社の2階をうろついている。何事かと思ったら、どうも編集長の椎名を囲んで機関誌の「ウースポ」を作っているらしい。余計なことに顔出すのは僕の悪い癖で、いつもそこから面倒なことに巻き込まれることが多いので、今日はあっさり退散する。そう、僕にはユーゴ戦があるのだ。

 さてさて、コンフェデレーションズカップやキリンカップを見ていて僕が感じたのは、とにかくトルシエのサッカーが面白くないということ。もう見ていて面白くない。勝っているからいいでしょ!と言われればそれまでだけれど、何だかこの人、結局ディフェンスのことしか頭にないんじゃないか。
攻めのパターンというものに、監督就任以来3年近く経っているにも関わらず、まったく個人中心で約束事が見当たらない。運まかせの攻撃なんて、浦和レッズの最悪時と一緒のような気がするが、どんなもんなんだろうか。それともこれから1年で攻めの形が出来るのか。

 中田・小野・中村・名波・稲本とセンスあふれる選手が揃っていてこんなサッカーしかできない監督。そしてこの選手たちをサイドに使う監督。ああ、小野と中村が可哀相だし、おまけにいつまで立っても試合に出してもらえない市川はもっと可哀相過ぎる。

 新潮社から出版された『トルシエ革命』を読んでも、何だか自分の語りたいことだけ語っていて面白くも何ともない。なぜ3バックにこだわるのか、それがどれだけ他のシステムより優れているのか、その辺を知りたかったのに消化不良の1冊。

 まあ、こんなことを書くとお前はレッズだけ見ていろと言われるかもしれないけれど、とにかく僕は面白いサッカーが見たいのだ。僕の面白いサッカーの定義は、リスクを背負って勇敢に闘っていくサッカーのこと。

 そうだ、そうだ、僕はどうせW杯のチケットも外れたんだ。いいんだ、いいんだ、レッズがあるから……。ああ、かなし。

7月3日(火)

 会社の窓から外を眺めると、茹ったラーメンのように街がもやもやしている。この暑さのなか営業にでかけるのはかなり勇気のいること。編集部と事務員が羨ましくて仕方ない。噂によると夏の営業マンはやたらに仕事をする…というか、書店滞在時間が長いらしい。身体が冷えるまでとにかく書店にいるという。そういう僕は、あまり長居できる状況ではないので、書店さんを訪問するとなるべく冷房の吹き出し口に近づき、名づけて「休息冷蔵」の技を使うようにしている。

 本日は池袋にちょこっと寄りながら、その後、千葉方面を営業。綾瀬、松戸、新松戸、柏。

 柏のS書店Mさんと今月12日発売の『ハリーポッター』3巻の予約状況の話。いやはやこんなことが出版業界にあるのかと思うほどの盛況ぶりに驚く。
 僕が聞いた書店さんのなかでは、すでに200冊以上予約を取っているお店が何件かあって、いまどき人気アイドルの写真集でもこんなことのない時代、『ハリーポッター』の魔力はとんでもないことなのだ。新聞の社会面には驚きの初版部数と紹介され、なんとその数100万部だというではないか!うーん、なんだかすごいとしか言いようがない。

 もしこんな本を本の雑誌社で出版してしまったら、営業の僕はどんなことになるのだろうか。電話回線はパンクし、FAXは延々注文書を吐き出し続け、そして僕はその応対に一日明け暮れる。きっと家には帰れなくなるだろうし、サッカーだって見られない。夢見つつも、ちょっと恐ろしすぎて考えたくない話。というか考えるだけ無駄な話か…。うん?何だか前にこんなことを書いたような気がするなあ。

 千葉の営業を終えたらかなりの時間になってしまい、ここから会社に戻るよりも直帰してもう何件か廻ろうと考え、その旨を電話で伝える。

 すると電話に出た事務の浜田が
「杉江さんは千葉から直帰ですけれど、何かありますか?」と他の社員に伝達事項を確認してくれる。しかし、その奥から、聞こえてきた浜本の声は
「なんだアイツ!今日は千葉からサッカー場か?」

 サッカーもなく真面目に働いているというのに、こういう疑いをかけられるのは甚だ心外だ。公衆電話の受話器を叩きつけながらイラついてみたが、よくよく考えてみると、それもこれも僕の日頃の生活のせいなのだ。事実、直帰=サッカーで半分近くは当たっている…。まあ、仕方ないか。

7月2日(月)

 ついに家のパソコンまで崩壊してしまい日記の書けない日々が続いた。それにしても原稿をアップしようがしまいが、反応はまったく皆無に等しい。なぜか事務の浜田だけが「まだですか?」と言ってくる。目の前で僕の行動を見ているのに不思議なもんだ。とにかく予想していたことはいえ、読んでいる人がほとんどいないものを書くというのは、かなり虚しい作業の気がしてくる。

 このまま辞めてしまおうかと思ったけれど、発行人浜本は許してくれない。しかし、かといって新しいパソコンを買ってくれる気配もなく、困っていたところ、編集部の金子がG4を購入し、今まで使っていた古いパソコンを僕の机にセッティングしてくれるではないか。金子は優しい。

 さて、久々の日誌。
 
 中央線のとある町の書店さんを訪問した際の店長さんの言葉。
「数年前までうちなんかの小さい店で年間100冊以上売れる本なんてなかったんだ。もちろん注文しても入らないから売り逃しがあってのことなんだけれど、いくらベストセラーと言っても80冊くらいが限界だったんだよ。
でも、ここ数年、年間で100冊、200冊売れる本があるんだよね。本が入らないのは変っていないんだけれど、『チーズ~』もそうだし『地図を読めない女~』もそうだし、もちろん『ハリーポッター』もそうなんだ。他にも結構あるんだよね。
でね、それなら売上げが上がっていると思うでしょう。でも下がっているんだよなあ。全体的には完全に下がっていて、それはなぜかというと棚で年間何回点か確実に売れていたものや、平台で5冊くらい売れていたものが全然売れなくなっちゃったんだよね。今のこの状況でそっちも売れていたら前年比なんて恐くないのに。」

 この状況は、他の書店さんでもよく聞く話で、今の出版業界は、売れるものはとことん売れる、しかし売れないものはほとんど売れない…といった感じなのである。そしていわゆる既刊書や棚に入ったものはもっと売れないと言われている。文庫になるスピード、新古書店の台頭、活字離れ、いろんなことが理由にあげられているけれど、まあ、複合的な問題なのでしょう。そのせいか、とにかくお客さんの目に付くようにと、ここ最近棚改装した書店さんはやたらに面陳が多くなっていたりする。

 ひとつの本に群がる読者というのは、基本的に日頃本屋さんに来ていない人が多いのではないか。話題になったからちょっと読んでみようと本屋さんに足を運んでいるような気がする。そういう人が増えるものはもちろん業界として万々歳で、そのなかの数%でもその後、本を読む習慣がつけば長い読者になってくれるだろう。

 しかし、今、一番売れなくなっていると言われる棚の読者というものは、日頃から本を読む習慣を持っていた人達のはずなのだ。1冊の本から派生していく興味の対象に従って、ゆっくり棚からめぼしい本を探して行ってくれていた大切なお客さん達だったのだ。しかし、それが減っているということは…。

 いったいこの人達はどこへ行ってしまったのか。

 書店さんは売上げの効率を良くするために平積や面陳を増やし、棚差の本を減らしていく傾向にある。そして出版社もインパクト勝負で、短期間で売り切れる本を作り続ける。この状況を見ていると、これからもより一層、一点売上げ主義が進んでいくような気がしてならない。出版社のバクチ化に拍車がかかり、そして、棚から本を買う読者は一段と減っていくのだろう。
 ああ、これでいいのかなあ・・・・・・。

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