かつて僕が書店でアルバイトをしていたとき、ベテラン社員の方から在庫の残りが少なくなった売行良好書の注文発注を任された。出版社に電話を入れ、その本のタイトルと注文部数を伝えたところ、「今、品切れで増刷中なんです、出来上がりは2週間後になります」と言われたので、そのまま保留注文としてお願いした。
その後、他の仕事していたベテラン社員が戻ってきて「あの注文は搬入いつになった?」と聞かれた。電話で確認した理由を述べ、「2週間後になる」と伝えたところ、いきなりそのベテラン社員の顔が真っ赤になり、「あんたスズキに確認した?」と問いつめられた。
まだ書店に入って間もない僕には何のことだかさっぱりわからず「?」マークいっぱいの顔を浮かべていると、ベテラン社員は電話に駆けていき、奪い取るように受話器を持ち上げ、どこかへ連絡していた。
翌日、バイトに行くと、その本がドーンと平台に積まれていた。
また別のある日。カウンターに立ってお客さんの対応をしていた。お客さんの探している本が、運悪く店頭に在庫がなく、取り寄せになるところだった。
「どれくらい時間がかかるかな?」と聞かれたので、マニュアル通りに
「1週間から10日くらいかかると思います」と答えた。
するとそれを聞いたお客さんが
「どうしても3日後に使う用事があるんだけど、どうにかならないかなあ」と困り果てている。
そう困られても、それが出版の流通事情なのだからどうしようもないと僕も一緒に困っていた。
その経緯を隣で聞いていたベテラン社員が、
「杉江くん、何の本?」とメモを覗き込んできた。
そしてまたそのベテラン社員はどこかへ電話をいれ、「あっ、ありますか! じゃあ、お願いします」と電話を置き、振り返ると満面の笑みを浮かべ、困り果てていたお客さんに
「大丈夫です!明日の午後には入荷しますので、入荷次第連絡をいれます」と答えた。
お客さんはとても大喜びし、「助かった」と安堵の顔を浮かべて帰っていた。
その後、数日して、僕はバックヤードに呼び出された。
ベテラン社員が、小さなメモをくれ、「ここに書き出した出版社はスズキに在庫がある可能性が高い。出版社に在庫がなくても店売在庫として持っていることもあるし、それからスズキは主帳合いじゃないけれど、取引があるから、×時までに連絡を入れれば、翌日に届けてくれるのよ」と教えてくれた。
その後、僕は何度も何度もスズキにお世話になり、お客さんに感謝されたことがたくさんあったし、そして売り逃しも防げた。
ここに書いたスズキというのが、本日自己破産をした取次店(問屋)鈴木書店のことである。とても小回りの利く親身な取次店として僕は記憶している。何だか無性に悲しくやるせない気持ちでいっぱいだ。