WEB本の雑誌

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8月31日(金)

 金曜日になるとふくらはぎがパンパンとなり、足の親指の付け根から伸びている腱がキーンと痛む。会社に着いて、皮靴を脱ぎ、ゆっくりと揉みほぐす。そうするといくらか楽になって、しばらくの間どうにかなる。また午後には駅のベンチで同じようなことをする。

 これは、ほぼ毎日アスファルトの上を2万歩も歩いているからなのか。それとも靴の問題か、年齢的な問題なのか。営業マンというのもいつか引退しなくてはならないときが来るのだろうか。そしたら僕は何をすれば良いのか。ちょっと不安だ。

 朝、そんなことを考えながら足を揉んでいると、事務の浜田が「ケケケッ」と笑う。浜田は基本的にカ行だけで生きている人間で、いい男を見つけると「カァー」と叫び、怒りに打ち震えると「キィッー」と吠える。おまけに甘えたいときは犬のように「クーン」と言い、腹が減ると「ゴォー」と啼く。

 さて、本日の「ケケケッ」は人の失敗や何かを見つけたときの擬音である。いったい僕の何を見つけたというのだ?

「わたし昨日新宿の海森に行って飲んだんですよ。」
「名嘉元さん元気だった?」
「元気でしたけど、そうじゃなくて、そこでイシケンさんという人に会ったんです。浮き球の…。」
「何?あの酔っぱらいのイシケンさんに?」
「そうです、そしたら杉江さんの浮き球での、あんなこともこんなこともいっぱい聞いちゃいました、ケケケッ。」

 思わず冷や汗が流れ、イシケンさんが何を言っていたのか問いただす。
「もう、言えません。とにかく楽しかったですよ、ねっ、す~まん」

 ……。

 僕はなぜか編集長の椎名が狂っている浮き球三角ベースで「す~まん」と呼ばれているのだ。理由は一切不明だけれど、とにかくとんでもないあだ名を付けられてしまって心外していた。もちろん会社ではそんなことは教えていない。一応これでも社内では厳しい営業として生きているのだ。仕事をしていく上でイメージはとても大切で、「す~まん」なんてどこか気の抜けたあだ名がバレてしまったら、やりにくくなるのは間違いない。

 そこに電話が入る。浜田が電話に出る。僕宛の書店さんからの電話だった。浜田が叫ぶ。

「す~まん、1番に注文で~す」

 酔っぱらいのイシケンさんのせいで、僕が今まで社内で築いてきたイメージがあっけなく崩れ落ちてしまった。

 ああ。

 追)な!なんと本日、関東地方の朝日新聞夕刊にウエちゃんの『笑う運転手』の広告が載ることになった。これで勢いがついてくれれば、本当に笑う運転手が出来上がるのだが、いかがなものか? 本の雑誌社としては初めての新聞広告なので、どれほど効果があるものなのか正直言ってよくわからない。とにかく来週会社に来るのが楽しみ。

8月30日(木)

 営業に出かけると書店店頭を賑わせそうな本が2点配本されていた。

 ひとつはテレビの本パラで放映されていた「鐘楼流し」さだまさし著(幻冬舎)で、もう1点はハリーポッターの教科書。鳴り物入りの企画の行方はいかに?とこちらもお祭り気分になってしまう。

 さて、このハリーポッターの教科書、『本の雑誌』10月号で詳しく触れますが、とても変わった流通方法をとっています。書店さんとしては、非常に仕入れ難い本になってますので、もしお近くの書店さんになかったとしても「何でこんな有名な本がないんだ!」と怒らないようにしてください。

 それと数日前に某大型書店を訪問したらすでに販売されていたんです! 僕はてっきりその日が発売日だと思って「あれ?まだ並べてないんですか?」なんてことを、暢気に他店で口走ったら、思わず担当者が絶句…。

 きっと出版社のテスト販売なんでしょうが、これだけ影響力のある本をこういう形でテストするのはちょっとまずいと思うし、また、散々単行本(ハリーポッター)で、発売日協定をうるさく唱えていただけに疑問を感じてしまう杉江でした。

 今日は本誌の「今月の浅沼茂」風になってしまった…。

8月29日(水)

 夜、親友と酒を飲む。
 奴とは高校の入学式で出会ったから、かれこれ15年近いつき合いだ。お互い腐れ縁だと不満を垂れるが、黙っていても好みのつまみを頼みあえる友達はそうそういない。

 高校時代、毎日ほとんど欠かすことなく駅前の喫茶店に通っていた。高校よりも喫茶店の方が出席率が高かった。特別コーヒーが美味いわけでもなく、ランチの味も大したことがない。ただ、制服でタバコを吸っても怒られず、長居しても文句一つ言われず、ちょっとだけアルバイトの店員がかわいかっただけの平凡な店だった。

 いつもそこに仲間が10人くらいたむろっていた。朝行っても、昼行っても、放課後に行っても絶対誰かがいたし、誰もいなければ、自分がコーヒーを飲んでいるうちに誰かが来た。喫茶店に集まって、何をしていたのか? いま、思い出そうとしても、ほとんど思い出せないけれど、将来のことについてよく話していたのを覚えている。

「サラリーマンになりたくないよな」
「絶対やだね、毎日満員電車に揺られて、ペコペコ頭下げて、愛想笑い浮かべて、ああいう奴らはバカだよ」
「情けないよ、サラリーマンになるくらいなら死んだ方がましだね。」
「じゃあ、何する?」

 いつもその言葉の後、沈黙が訪れた。

 その頃から15年が過ぎ、いつも集まっていた喫茶店も僕らが高校を卒業するとほぼ同時に潰れてしまった。それでもいまだに時間を見つけて、仲間とは会い続けている。結局、どいつもこいつもあれだけ嫌がっていたスーツを着て、ネクタイ姿のサラリーマンになってしまった。待ち合わせの場所にやってくる、その姿を見て、互いに苦笑いする。

 でも…。
 どこかでみんなあの頃の想いを持ち続けている。
 そして探し続けている。

「なんかやろうぜ!」
「なんか?って何よ?」

8月28日(火)

 久しぶりの書店を訪問したら、何だかこちらが恐縮してしまうほど暖かく迎えられ、訪問できなかった時間を大きく悔やむ。

 担当のMさんがこぼすのは新規店の難しさだ。ここは大手ナショナルチェーンの支店だけれど、1年ほど前にオープンしたばかりなので、なかなか本が入ってこない。出版社は不況で刷り部数を抑える傾向が非常に強いので、実績のないお店(新規店だから当たり前なんだけど…)には本を廻せない。

 しかし、お客さんはやってくる。大手のブランド力もあるし、立地も坪数も相当なお店なので期待度は高い。ところが本はやって来ない。仕方がないから別の版元の本を売る。でも、これだけの書店なのにとある大手出版社の本がない…というのは、大変な問題だ。

「いくら言っても、データを見せても変わらない。営業マンに話をしても全然わかってもらえない。これだったら営業なんて何のためにいるの?」

 Mさんはとてもやる気のある書店員である。そのやる気を削いでいるのが出版社だとしたら、とても哀しいことだ。

8月27日(月)

 営業を終えて会社に戻ると、事務の浜田が「キィー」と叫んでいる。こういう時は、触らぬ神に祟りなしだけど、さすがに席が前だけに聞かないわけにもいかない。営業マンは社内でも営業しているのだ。

「どうしたの?」
「聞いてくださいよ、杉江さん!!さっき浜本さんがやってきて、私の今日の服装を見て何て言ったと思いますか?」
「何よ?」
「若い子みたいな格好してって言ったんですよ!!」
「……。」
「失礼にもほどがありません?29歳のうら若き女性を捕まえて!」
「実は…。オレも今朝そう思ったんだよ」
思わず余計なことを口走ってしまう。
「ひどーい!!」

 でもね、浜田さん。君は僕が髪を掻きあげると、おでこを注視しているよね。それから営業中に雨に降られ、髪がぺったんこになって会社に戻ったとき、一瞬「ハッ」として目をそらすよね。それもかなりひどいことなんだよ。

8月25日(土)

『炎のサッカー日誌』

 死にたい…と思うときがある。こう書くと驚かれるかもしれないので早めに訂正しておくと、これは別に悲観的な意味ではなく、その逆の超楽観的希望として死にたくなるときがあるのだ。

 今日も我が浦和レッズとサンフレッチェ広島の戦いを勝利で終えたとき、僕は死にたくて仕方なかった。その理由は、もし輪廻転生というのがほんとにあって、すぐ人間として生まれ変われるのが決まっていて、そしてここが一番大事なところだけど、僕はサッカー選手として生まれ変われるのなら、いますぐ僕はそちらを選ぶ。

 もちろん浦和レッズの選手として真っ赤なユニフォームを着て、熱い、熱すぎるサポートを全身に受け、必死にボールを追い、勝利を決めるゴールを奪いたい。全身全霊で、サポーターにこたえたい。今のトゥットのように…。

 ああ、30歳にもなってこんな夢を見ている自分のバカバカしさに嫌気がさすが、ゴール裏の金属パイプに飛びつきながら本気で考えていたのだから仕方がない。もうひとつバカバカしさついでに書くと、実は、毎晩寝る前に「もしサッカー選手だったら…」という空想を思い描いてしばらくぼんやりしているのである。

 もし自分の人生がやり直せるなら、中学生に戻って顧問の先生とケンカせず、従順なサッカー選手として練習に励みたい。市の代表、地区の代表、そして県の代表に選ばれて…。もちろん練習していたとしてもそんな実力はなかっただろうけれど。


 レッズの選手に伝えたいことはただひとつ。
 僕のような馬鹿な想いもあるけれど、とにかく駒場スタジアムを埋める2万人近い人間がそれぞれ願いや想いを胸につめ、通っているのである。僕と一緒に観戦しているKさんやOさんにもきっと何かがある。だからこそ、本気で戦って欲しいのだ。そしてその先に優勝があるなら、僕らも選手も幸せじゃないか!僕らはみんな、今日みたいな「闘う」試合が見たいのだ。

 レッズが優勝するまで、死ねるか!

8月24日(金)

 いつも元気な柏のS書店Mさんを訪問する。訪問する度、その元気をお裾分けしてもらい、その後、夜遅くまで営業してもなんともない。Mさん、どうもありがとうございます。

 開口一番、Mさんに
「ウエちゃんそろそろでしょ?」と言われ、前々日の搬入だったので、今日あたりの新刊に入っているんじゃないかと伝えたところ
「あっ、そうかぁ。昨日おとといと夏休みを貰っていたんで新刊を出せずにいたのよねぇ。実はもう、5人くらいお客さんに聞かれているんですよ、まだか?まだか?って。」
 発売前にこんなに聞かれているなんて…。思わずビックリ。

「うちは杉江さんが来てるからちゃんと入荷するって伝えたから週末には売れますよ。あっ、東京で買ってなければだけどね…。」

 まあ、僕が運んでいるわけじゃないけど、読者と書店さんと営業マンとそして編集者と著者のウエちゃんがつながったような気がした。こういう瞬間が一番うれしい。

8月23日(木)

 書店さんと酒を飲みつつ、考えていたのは、良い上司に恵まれるというのはとても幸せなことだなということだった。

 S書店のMさんとTさんは、店長とアルバイトという関係だ。普通だったら少しは壁が出来たり、互いの不満が心の片隅あったりして、どこかぎこちなくなることが多い。酒の席でのあとに「本当は…」なんて互いが互いをけなすようなこともある。しかし、二人には何ら壁もなく、ただただ本心で言葉を交わし、時には真剣になり、時にはゲラゲラと大笑いしている。

 Mさんとは古いつき合いなので、ものすごく仕事に対して厳しいことを僕は知っている。そしてその下についているTさんが本好きだから本屋でアルバイトをしているということを知っているし、Mさんの期待に応えようと頑張っているのも知っている。

 店の売上の話になったとき、Mさんが一言つけ加えた。
「Tがいるから対前年100%なんて数字が残せるんだよ」

 決してご機嫌取りではなく自然とこの言葉がこぼれてきたのである。アルバイトだろうと、正社員だろうと、とにかく一生懸命やっている人は数字を残し、そして、どんどん信頼を築いていく。

 ああ、僕も浜本から信頼されるようにならないと…と深く反省して家路につく。

8月22日(水)

 ゆっくりと台風が関東地方に接近しているという。社内を流れるJウェーブで何度も何度もその情報を繰り返している。今のところ大粒になったり小粒になったりと雨の強度に変化はあるものの、とにかくひとときも止むことなく降り続けている。

 こんな日にかぎって搬入なのだ。それもウエちゃんの処女作『笑う運転手』。前夜トラックが走れるのか不安を抱えてなかなか眠れずにいたが、さすが世界に誇る日本の物流。予定通りの11時に社内へ搬入された。
 しかし何かを意味するかのようにそのとき大粒の雨が激しくアスファルトを叩いていた。『笑う運転手』の運命や、いかに?

 本日は年に何回あるかの営業不能日。まあ、書店さんに行って行けないこともないし、こういう日は空いているから逆に喜ばれるという可能性もなきにしもあらずだけれど、さすがに今日は、とんでもないところで、帰れなくなったら大変だから中止にした。

 社内にいてデスクワークをしつつ、何気なく「楽天ブックス」のホームページをチェック。ここの(瑞)さんと先日飲み会で出会い、妙に意気投合してしまって以来(瑞)さんの書く読書日記を楽しみにしているのだ。

 読書日記のボタンをクリックして思わずぶったまげる。なんとなんと一部出版業界で話題騒然だった書店員ホモ小説『キスよりもその口唇で』の書評を書いているではないか!おまけにこの本の紹介者として僕の名前がイニシャルで語られている。確かに飲み会でこの話題をばらまいたのは僕だけど…。H社のSさんという、そのH社というのが妙にやらしい響き…。ああ。

 さて、この(瑞)さん。とてもエネルギッシュな女性でこの業界ではかなりの有名人である。僕のような虚名の有名とは違って、(瑞)さんの場合正真正銘の実力者。「楽天ブックス」の読書日記を読めばわかるとおり、本の知識も豊富で鋭い読書眼も兼ね備えている。ネット書店の担当者を書店員と言って良いのかよくわからないけれど、とにかく新しい職種が誕生しているのだろう。

(瑞)さんには、是非、その新しい扉をあけて欲しいと願っています。頑張ってください!

8月21日(火)

 渋谷をうろついていると台風の影響で大雨となる。H書店を訪問するといつもと違って人影もまばら。担当のHさんは「仕事がはかどる、はかどる」と笑いつつ「これが続くと恐ろしい」と話す。

 書店員といっても棚に本を差して、発注するだけが仕事ではない。報告書やら企画書やら売上のチェックなどデスクワークもたくさんあって、日頃の業務のなかでこれをこなしていくのはとても大変だ。多くの書店員さんが家に持ち帰って仕事をしているのが現状で、サービス残業どころの話ではない。

 それでも楽しそうに仕事をしている書店員さんがたくさんいる。これはきれいごとではなく、本が好きで、それを読者に届けたいという想いであふれているからだ。

 最後に今日このHさんが話してくれた売り場の話を紹介。

「お盆の後半に血相を変えたお客さんがやってきたんですよ。本の交換なんですけど、それが『模倣犯』で、上・下巻を買ったつもりが上巻2冊買っちゃったんですって。上巻を読み終わって、さあ、これからってところでビックリしたらしいんです。もう気持ちが痛いほどわかるから、下巻を渡して早く読んでくださいって言っちゃいました。」

8月20日(月)

 銀座のA書店Oさんを訪問すると、顔見知りの営業ウーマンS出版社のSさんと遭遇。3人で業界話をしていると、Sさんがクククッと笑う。「杉江さん、なんか営業マンみたいですね。そういう話もちゃんとするなんて思ってなかったんで…」と言いながら、またクククッと笑う。営業マン<みたい>ではなく、僕も営業マンの<つもり>なんだけど…。

 その後は同じ銀座のY書店、K書店と廻る。面白いのは、お盆の売れ行きの違い。銀座の中心地4丁目交差点近くにあるK書店は、日頃来店するビジネスマンが減っても、その分観光客が多く訪れ、絶好調だったという。地方にない新刊書を抱えてドーンとレジに並ぶ壮観な図だったそうだ。

 そのことをY書店さんで話すと「同じ銀座とはいえ、立地の違いは大きいねぇ、こっちは苦戦したよ」とこぼす。

 たった数百メートルの違いでまったくの逆。商売はほんとに難しい。

8月17日(金)

 先月末から新人助っ人(アルバイト)が続々と入社し、我が社の平均年齢がぐっと下がった。助っ人管理部長の浜田に「彼女たちは何歳なの?」と訪ねると、みんな18歳だという。ハッとして新人助っ人に「君の干支(えと)はなに?」と質問すると「いのししです」と答えられる。

 ということは…。ついにひとまわり違う年代と働くことになってしまったのだ。そういえば、僕がY書店にアルバイトで入社したときが、ちょうどその18歳だった。そして、そのとき周りにいた先輩達が、今の僕と同じように驚いたのだ。「18歳!18歳?いのしし年だと?!」と。時が流れ、僕がそちらの立場に立ったのだ。感慨深いものがある。

 まあ、そんなことは関係なく、とにかくみんな一生懸命働いてくれるので非常に助かっている。それに今のところはとても素直に「ハイ」と返事をしてくれる。うーん、初々しいではないか…と喜んでいると旧人助っ人の高橋美穂に「私たちに不満があるわけ?」と怒られてしまう。すまんすまん、そういう訳では…。

8月16日(木)

 たった3日の夏休みを送り、久しぶりの出社。ちょっとボケているのでリハビリと称してぼんやりしていようかと思ったが、すぐさま発行人の浜本に「いやー、杉江くんがいない3日間すごく淋しかったよ~」と満面の笑みを浮かべられながら、山のように仕事を渡されてしまった。編集の松村は「ハワイどうでしたか?」などと訳のわからない質問をしてくるし、事務の浜田には早急に対処する仕事を言いつけられる始末。せめて1時間くらい放っておいてくれないか…。

 その早急な仕事とは、伝票の受け渡しで、前日に届くはずのものが届いていないというとても大事なことだった。あわててD印刷のKさんに確認し、市ヶ谷で待ち合わせ。

 久しぶりに会ったので昼食と共にし、Kさんの趣味、スキューバダイビングの話で盛り上がる。そして、別れた。

 そのまま地方小出版流通センターへその伝票の切り替えに行く。数百メートル歩いたところではたと気づく。あれ?僕は何のためにKさんと会ったのだ?路上に立ち止まり、鞄のなかをひっくり返す。思わず絶叫。「アァ~!!!」。すっかり話に夢中になって、肝心要の伝票をもらい忘れた。

 バカ者二人、頭をかきながら再度市ヶ谷で待ち合わせ…。

8月11日(土)

 『炎のサッカー日誌』

 J1セカンドステージ開幕。夏空の入道雲のようにわき起こる期待と不安を胸に抱え、駒場スタジアムへ出動。先に来ていた観戦仲間のOさんと合流し、開門までの時間を潰す。途中大粒の激しい雨が降り始め、最悪の状態へ。

 しかし、しかし。そんな物が最低ではなかったと気づいたのは数時間後。
 言葉がない。
 小野伸二のいなくなった我が浦和レッズ。
 嗚呼。

 何が腹立つ?ボロボロの浦和レッズ。闘志のないプレー。計画性のない補強。挙げていったらきりがない。

 とにかく一番腹が立つのは、隣で見ている兄貴が、明日からニューヨークに行くという夏休み!

 お粗末なレッズのサッカーへの怒りと夏休みが3日しかない本の雑誌への怒りをない交ぜにして、兄貴の腹に一発パンチ。全然効かずにへらへら笑いながら「人生はブルーノートでジャズですよ」だと言われる始末。嗚呼、最低。

8月10日(金)

 ネット企画から初の単行本、そしてウエちゃんの処女作『笑う運転手』の見本が出来上がってきたので、取次店を廻る。ここ数ヶ月、やたらにあやしい関西弁で、「それ、ちゃいまんねん」なんて話していた単行本編集の金子もこれで標準語に戻るだろう。良かった、良かった。もちろん、本も最高の出来で申し分ないと思う。

 単行本の編集者というのは、その時制作している本によってかなり人間性が変わる。ウエちゃんの本を作っているときはやたらに関西人らくしなるし、その前の『One author,One book』の時はニューヨーカー気取りでスタバのコーヒーとベーグルを頬張っている金子の姿を何度も目撃した。SM雑誌編集者の自伝『総天然色の夢』を作っているときは、さすがにこちらも恐ろしく、なるべく金子に声をかけないようにした。机の中から鞭や蝋燭を取り出したらどうしようか…と。

 そのことを金子に伝えると
「スギエッチはそうやって笑うけどさあ、ほんとその本にのめりこんじゃうんだよ。少しでも良くなるように四六時中考えるわけでしょ。もう頭のなかはそればっかりになっちゃうんだよ。そんで出来上がった本は全部かわいい子供なんだよね。」

 ムキになって話す金子を一段と笑いとばしながら、僕は金子と一緒に仕事ができることを誇りに思った。

8月9日(木)

 ある書店を訪れ、担当者と話していたら
「男性の杉江さんに言うのは酷ですけど、やっぱり男性営業マンより女性営業マンの方が良いです」とハッキリ言われてしまった。ちなみにこの担当者は女性である。思わず何かセクハラ的な問題なのかと身構えてしまったけれどそうではなく、
「同姓でわりと同年代の人が多いから話やすいというのはあるのかもしれないけど、それを割り引いてもやっぱり女性の方が良いですよ。それは細かいところに気づいてくれて、あと几帳面に仕事をしてくれるから」とのことだった。

 うーん、思い起こせば、僕もよく事務の浜田にあきれられることが多い。「杉江さん、やりっぱなしで机の上に置いてあります!」「来月の予定をいつになった教えてくれるんでしょうか!もう来月は今月です!!」「目黒さんのことをだらしないと言いますけど、杉江さんもかなりだらしないですよ!」なんて小言をしょっちゅう言われているのだ。

 もちろん男性でも几帳面な人はいるし、女性でおおざっぱな人もいる。ただ基本的には『地図の読めない女 話を聞かない男』じゃないけれど、根本的な違いがあるのだろう。
 
 問題はそういった男女論ではなく、書店さんは几帳面でしっかり仕事をしてくれる営業マンを求めているということだ。

 男性であり、いさかかだらしがない僕は深く反省する。

8月8日(水)

 またひとり懇意にしていた書店員さんが退職することとなった。

 今年の春先に売り場が変わって、直接仕事をする機会がなくなったとはいえ、そのお店に行くときは顔を出し、交流を続けていた。今日もそんなのんきな調子でエスカレーターを上っていくと、僕が見つけるより先に声をかけられる。

「杉江さん、ちょうど良いタイミング!」
この言葉を聞いて瞬間的に身を固くした。もしや…。

 「実は…」で始まった今日の会話。やはり予想通りの展開だった。「理由」も「その後」も個人の問題なので無理して問いただす気は起きない。ただただ、ショックを胸に抱え、ぼんやり事実を受け入れようとしていた。

 こういう話を聞いて、一番悔しく思うのは、出版業界に居続けることを強く薦められないことだと思う。誰だって先を考えれば暗くなるし、今を見つめてもそれほど良い業界ではないだろう。支えは好きな本があるということに尽きる。それだけのためにいろんなことを犠牲にするのもつらい。同じように思い悩むことがある僕としても、無理強いすることはできない。

 悔しくて、淋しくて、途方にくれた。

 最後に「杉江さん、これからも遊びましょうね。」と言ってくれたKさん。よくよく考えてみたらKさんの方が淋しいのだ。社交辞令にならずに、本当に今後も会える日を楽しみにしています。


『炎のサッカー日誌』

 重い気持ちを引きずったまま、会社に直帰の連絡を入れる。今日はナビスコカップ準々決勝1STレグ鹿島アントラーズ戦なのだ。

 いつもより空いている競技場に入り、席につく。目の前に広がっている照明に照らされた芝を見つめていると、すべてを忘れられるような気がしてくるのが不思議だ。選手がウォーミングアップのためにグランドに登場すれば、頭のなかが真っ白になり、そしてキックオフのホイッスルが鳴り響けば、別世界へ飛び込んでいけるのだ。

 サッカーを好きになって良かったと強く思う瞬間だ。
 そして90分後には、より一層そう思うか、それともサッカーがなければと後悔するかのどちらかだ。

 本日は危なげながらもアントラーズの選手2名の退場により1対0の勝利。レッズが荒んだ気持ちを救ってくれた。ありがとう。

8月7日(火)

 日頃から思っているのは、いつもお世話になっている書店さんに何か少しばかりでも恩返しができないかということ。もちろん何かをプレゼントする…なんて話ではなく、出来る限り仕事の上で役立つことを…。

 そんなことを考えていたら、ちょうど良い機会に巡りあう。それはあるナショナルチェーンの書店さんを訪問したときのことで、その文芸担当者と話していたら「他の支店の人と会う機会がなくて、出来れば文芸書の担当で集まってみたいんですよね…」と。

 こんなときは僕のようなひとり営業マンの出番だとすぐさま了承。なぜならそのチェーンのどこの支店も僕が担当しているため、ほぼ文芸担当者の方々と面識がある。早速、各店に連絡を入れ、趣旨を話すと皆さん喜んでくれた。

 その会が本日が開催された。それぞれ各店の動向や地域的な本の売れ方などを話し、脇で聞いている僕も非常に興味深い。しかしそれ以上に面白いのは、ポンポン具体的な話になっていくこと。「○○の本、売り切れそうで、まずいのよね」「あっ、うちは売れてないから在庫移動しましょうか」などなど。

 その話を聞きながら、これはもしかすると面白い展開になるんじゃないかと思わず夢を見る。パターン配本や大手出版社のランク配本などはなかなか単店ので頑張りでは、変えることができない。けれど、そのなかで無駄も多いのが現実。それをこのようなチェーン同士の担当者でリアルな状況を前に活発にやりとりが出来れば、無駄が逆に有益になる可能性が高い。少しずつでもそういう関係が出来ていったら…。

 電車に揺られながら、そんなことを夢見つつ思わず微笑んでしまった。何だか恩返しのつもりが、最終的には僕が楽しんでしまったような気がする…。うーん、これは一生書店さんに恩返しなんか出来そうにない…。

8月6日(月)

 都内をうろついていたら、事務の浜田から携帯に電話が入る。
「○○書店のUさんから注文があったんですけど、最近杉江君が来ないと寂しがっていました。うちのお店はつまらないから来なくなっちゃったのかなあ…って。」

 Uさんのお店はつまらないどころか、その逆でいつも訪問する度に関心させられていた。ただここ数ヶ月僕の訪問日とUさんのお休みがバッティングしてしまうことが続いてしまったため、顔を合わすことが出来ずにいただけなのだ。僕も気にはなっていたので、あわてて予定を変更し、私鉄に乗り込み、Uさんのお店を訪問。

 お店に入っていくと棚差ししていたUさんが顔をあげ「そば屋の出前じゃないんだから…」と笑われる。

 そのUさんと最近の売れ行きの話。
「コミックとビジネスは抜群に良い。前年比でいうと二桁伸び。文芸はトントンで雑誌がちょっと落ち込んでいるかな。でも、理工書が、がた落ちでこれに足を引っ張られて全体の売上が悪くなっているんだよねえ。」とUさんは話す。「今もそのことを悩んでいて、いっそのこと棚を変えちゃおうかと思っているんだけれど踏ん切りがつかなくてね」と続ける。

 書店さんが棚を変える…というのはものすごく勇気のいることで、下手をすると今まで付いていたお客さんが離れ、売上が落ち込む可能性もある。一度離れたお客さんはなかなか戻ってこない。その怖さを知っているだけにUさんは慎重に考えている。

 前日に訪問した書店員さんがとても興味深いを話をしていたのを思い出す。
「1メートル本を置く場所が違うだけで、全然売れ行きが違うんですよ。1と10くらい違うんです。その場所を探すのが書店員の面白さであり、また場所が決まっちゃうと、ちょっと淋しいんですよね」と。
 この書店員さんのいう置く場所とは、何も目立つ場所のことではない。その本に「あった場所」のことである。その本を好きそうなお客さんが気にする棚にしっかり配列するということである。

 この話を聞いて僕は深く関心し、そして少しばかり反省した。とかく出版営業マンというのは目立つ場所にあるかないかということを気にしてしまうもの。入り口の新刊台に積んであるとか、お客さんの通るメインの通路に置いてあるとか。でも実は目立つことよりも、その本が一番効果を現す場所に置かれることが大事なのであるという。もう少し1冊1冊の場所を僕もシビアに考えようと思った。

 はたしてUさんは棚を変えるのか?もし変更した場合、どんな棚になるのか。来月の訪問が一段と楽しみになった。

8月3日(金)

 こういう状況でも、売上を伸ばしている書店員さんがいる。その方がついた担当ジャンルは、毎月、対前年比を大きくクリアーし、常に活気あるお店を演出することになる。

 本日訪れたとある書店のKさんもそんな人のひとり。この4年間でビジネス書から文芸書に移り、その後はコミックへ。その都度その都度、担当になったジャンルは大きく飛躍することになり、もちろんその移る前のジャンルにもノウハウを残していくので、着実にお店全体の売上も上がっていく。恐るべき書店員さんである。

 こんな方にお会いすると、僕は何か秘訣があるんじゃないかと質問を浴びせる。しかし返ってくる言葉は何もビックリするようなことではなく、ほんとに基本に忠実なことばかり。細かい補充、しっかりとした発注、待ってばかりいても仕方がないので取次店の店売などへ自分から仕入れにいくこと。棚をキレイに保つこと。棚に活気を持たせるためいろいろと動かしてみたり、お店にあった本は勝負をかけること、お客さんの応対にはしっかり返答することなどなど。ほんとどれもある意味普通のことばかり。思わず「ほんとは何か秘策があるんじゃないですか?教えてくださいよ」と問いただしてみたけれど、「本が売れる魔法があるなら俺が知りたいよ」と笑われてしまった。

 雑誌やテレビなどで紹介される書店員さんというと、埋もれていた○○の本をフェア展開して何百冊売ったとか、○○の新刊を大量に仕入れ、ドーンと仕掛けをして売ったなど、派手な話ばかり。しかし、そういう書店員さんの本当の力はそんなところにあるのではなく、日常的な地味な業務のなかに隠されているのだと僕は考える。

 Kさんは早朝からお店に出勤し、夜遅くまでエネルギッシュに本と格闘している。夕方訪問しても疲れた顔ひとつ見せずに、僕と話しているときもその手は休まることはない。棚の本を整理したり、売上スリップをチェックしたり、僕の話のなかに何か役立つ情報があればすぐさま手帳に書き込み、あっという間に発注したりする。

 このKさんの期待に応えられるような営業マンになりたいと僕は常々思っている。

8月2日(木)

 久しぶりに「これぞ!」と思わされる本に遭遇。興奮のままページをめくり納得と満足のスタンディングオーベーション。いやー、最高。

 といってもこれはもしかすると読者を選ぶ本かもしれないので、大きな声では紹介できない。対象読者は、サッカーが大好きでミステリーが大好きな方、サッカーがちょっと好きでミステリーが大好きな方、またはその逆。そしてサッカーとミステリーにちょっと興味のある方ととてつもなくそのどちらかが好きな方。

 とにかくこのどれかに当てはまる方は存分に楽しめると思う。言うならば、ディック・フランシスの競馬ものの、サッカー版みたいな小説なのだ。

『オウン・ゴール』フィル・アンドリュース著 玉木亨訳(角川文庫)

 本の内容については、書店さんで裏表紙を読んでいただければすぐわかるとおり、30ウン歳の中年男が、ハンフリー・ボガードの映画とチャンドラーの小説を手本にひょんなことから探偵を始める話。舞台はプレミアリーグのサッカーチーム。選手が痴漢容疑で訴えられ、それを調べていくうちにどんどん大きな事件に巻き込まれていく。

 そこで描かれるサッカーの話があまりに現実的で(この著者は元々そちらで活躍するスポーツジャーナリストらしい)、またその表現力は僕の一押しサッカー小説『ぼくのプレミア・ライフ』ニック・ホーンビィ著(新潮文庫)に相通じるものがある。とにかく皮肉ばかり・・・。(「訳者あとがき」には、本国でレイモンド・チャンドラーとニック・ホーンビィが出会ったような作品と紹介されていることが書かれていた)

 上記読者対象の方には是非、読んで欲しい。そしてそれなりの部数を売上げ、角川書店が安心してこのシリーズをずっと訳し続けること期待します。
 
 じゃないと僕はまたNHKの英語講座を1ヶ月だけ購入し、ペーパーバックの棚を涙ながらに見つめることになる。よろしくお願いします。

8月1日(水)

 早いもので、もう8月。年の初めの目標はどこへ行ってしまったのかと机の引き出しを探してみたが跡形もない。そこでもう一度営業計画を練り直し、気分一新仕事に立ち向かうことにした。

 これほど一日を長く感じたのはいつ以来だろうと感じさせるほど、パソコンの到着が待ち遠しい。そういうそぶりがばれると恥ずかしいので、なるべく浜田に厳しい指示を与える。午前11時7分、作業服の青年がiMacを運んで来る。こうなると僕の脳味噌にあっけなくアドレナリンが噴出し、受領印を押すのももどかしく開封。

 それから夜の8時までセッティングに費やす。頼みの綱、金子がKデザイン事務所に行ってしまったため、どこに何があるかわからず、社内をうろつき回る。この会社はほんとに整理が下手だ。

 セッティングを終え、感無量でiMacを眺めていると事務の浜田が名前をつけようと言い出す。
「青だから・・・、えーっと。」
「青だから・・・、『カテナチオ君』でどう?」
「何それ?」
「イタリア代表のユニフォームが青でしょ、そんでその守備的な戦術がカテナチオって言われているんだよ」

 浜田は「お疲れ様でした」と挨拶もせずに帰っていった。
 『カテナチオ君』これから宜しく。

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