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第29回 2003年8月○日

 夏が来れば思い出す、じゃないけれど、毎年お盆の時期になると、終戦記念日ということもあってか、テレビでは太平洋戦争当時の映像がたくさん放映される。これはもう8月の風物詩みたいなもので、ちょっと不謹慎かもしれないけど、僕はこれを恒例の行事のように受けとめていて、夏休みをとって外へ遊びに出ていない時は、毎年この映像を茶の間で目にすることになる。今年は、仕事のシフトがたまたまこのお盆の時期、連休だったこともあって、だからといってわざわざ混みあう行楽地に遊びに行く元気もない僕は、いつの年にも増してじっくりテレビから流される映像を見て色々と考えさせられた。

 そして、なんか今までとちょっと違う、と思った。子供の頃から戦争のこの手の映像は、毎年毎年繰り返して見てきたつもりだったけど、明らかに僕の胸の内にわき上がってくる感じが今までのものと違うのだ。どこがどう違うのかと言われてもうまく言えないけど、やっぱりどこか違う。映像は今まで僕等が目にしてきたものとは違うのか?テレビ画面に映し出される映像。雨あられの凄まじい砲弾の嵐、カミカゼ特攻隊が米軍の艦船に突っ込む悲壮な爆音、地面を引き裂くかのような強烈な火焔放射、そして目を覆いたくなるような死体の山。行き場を失い途方にくれる、女、子供、老人達の見るも無残な姿。どれをとっても戦争はむごい。戦争を知らない僕等は毎年これらの映像を目にし、いくぶんかでも戦争の悲惨さを知り、自分の親や祖父母の時代に、いたたまれぬ思いをはせる。哀悼の念がふつふつとわき上がってくる。これは今年も変わらない。悲惨極まりない戦争の映像は見る者を圧倒する、確かに。でも今年、僕の胸を強烈に締めつけたのは、砲弾が飛び交ったり、炎が上がったり、戦闘機が撃墜されたりする、まさにその戦場の光景のバックに映し出された、海や空の静かな青さだった。砲撃音や爆音を何事もなかったかのように吸い込んでしまうような、嘘のように美しい海と空の青さ。それが何故だかだしぬけにとてもリアルに感じられ、ざわざわと経験したことのないような胸騒ぎに襲われた。かみさんの故郷ということもあり、僕は毎年沖縄へ行くけど、沖縄のぬけるような青い海と空は、その当時も今も変わらないのだ。その当時も、そこには僕等が今直接肌に感じることのできる風が同じように吹いていたに違いない。猛烈にそのような感覚がわき上がってきて、僕は胸が引き絞られる感じがした。

 青い海と空。そう、今年僕が目にした映像は、まぎれもなく、カラーだったのだ。米軍が丹念に記録していた太平洋戦争のまさにカラー映像が今年はたくさん放映されていた。これほど大量の太平洋戦争のカラー映像が映し出されたのは、今年が初めてなのではないだろうか。少なくとも僕の記憶にはない。僕の中では戦争の実写といえばモノクロというのが固定観念としてあって、モノクロ映像の中の戦争はどこか遠い昔の出来事のような感覚を醸し出していた。もちろん悲惨さは伝わってきたし、色々考えさせられることも多かったけど。思えば、この戦争は、自分の親や祖父母の時代のことなのだ。そんな大昔の出来事なんかじゃないのだ。今年、カラー映像で見た海と空の青さは、まぎれもなく同じ世界の出来事として戦争を実感させてくれた。

 先日、久々に僕は実家に帰って親父と酒を酌み交わした。酔ってくると親父は必ず戦争当時の話をする。当時、浅草に住んでいた親父はもろに東京大空襲の惨劇を経験している。昔から、耳にタコができるほど、何度も聞かされていた体験談だが、今年はちょっと違う話のように聞こえてくる。今まで聞き流していた部分なんかも、妙にリアルな感じがあって、胸を打つ。僕は昔から口うるさい親父の言うことに対して、なかなか素直になれなかったけど、戦争の話以外のことでも、何故だかその日は納得できた。結構まともなこと言ってるかも、と見直してしまった。不思議なものだ。

 モノクロで見た映像では決してわき上がってこなかった感情が、カラーの海の青、空の青を感じることで立ちのぼってくる。これはもう理屈じゃない。世界が実感をともなって迫ってくるような瞬間。うまく言えないけど、そういう瞬間って、とても大切なんだと思う。読書していても、まれにこういった瞬間が訪れることがある。僕などは本を読んでも、読んだ先から次々と内容を忘れていく。これはもう病気じゃないかと思う程、物忘れが激しい。まったくといっていい程ためにならない読書。時間の浪費。それならいっそ本なんか読むのをやめたら、と思うこともあるけど、結局やっぱり本を開く。それはたぶん、先ほどの瞬間を実感したいからなんだと思う。そして、そういう瞬間を実感したいと思う人達がいなくならない限り、本もなくならないし、本屋さんもなくならない。そう思いたい。結局、だから俺は何を言いたいんだ!ずいぶんまわりくどい言い方だったけど、“本屋さんは永遠に不滅です”ということなのだ。

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