« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

第10回 2002年5月△日

 知人のN君が6月2日埼玉スタジアムで行われるイングランドvsスウェーデン戦のチケットを見事ゲットした。なんと幸せなヤツだ。僕なんかチケットはおろかTV観戦もできそうにない。くやしーい! ご存知の通りF組はイングランド、アルゼンチン、スウェーデン、ナイジェリア、言わずと知れた強豪国が集結した死のグループだ。ベッカムの怪我などでやたら注目されているイングランド、今大会にかける意気込みは並み大抵のものではない。まして、グループリーグ初戦、とても重要な戦いになるのは言うまでもない。初戦をものにしたチームは統計上予選リーグを突破する可能性が限りなく高いのだ。それに、我がお膝元埼玉スタジアムでのW杯初お披露目の歴史的ゲーム、なおさら僕にとっては特別の思い入れがある。うらやましい、ねたましい、ずるい。そんな僕の気持も露知らず、N君はというと何故かとてもナーバスになっていて、観戦に少なからず不安を抱いているようだ。イングランドのフーリガンが暴れるんじゃないかと心配しているのだ。そんなに不安だったら僕が代わりに観戦してもいいんですけど……。

 大会が近づくにつれ、W杯をとりまく様々な現象を扱ったニュースが頻繁にTVや新聞をにぎわしている。フーリガンに関する情報もご多分にもれずよく見かける。フーリガンの暴動を想定したスタジアムでのこれみよがしの訓練の様子がTVのニュースで画面に映し出される。フーリガンがスタジアムの一部でお行儀よく暴動を起こすのなら、あれはあれで訓練になるでしょうが、どうなんですかね。その様子が滑稽に映ってしまうのは僕だけでしょうか。また、スポーツ新聞等の記事で、“タイ経由で日本潜入計画 古豪フーリガンが手引き”なんて見出しが紙面に出ると、もっともらしい感じがして、ちょっと恐くなる。いずれにせよ、何だかんだとメディアを介して伝えられるフーリガンのイメージは初めてW杯を経験する国の人間にとっては刺激的には違いない。

 ところで、東京ランダムウォークの親会社は洋書の輸入販売業務をしているので、ロンドンに支社がある。そこで働く日本人スタッフOさんから定期的にロンドン便りなるメールが送られてくる。ロンドンだけあって、たまにサッカーネタがあり僕はいつも楽しみにしている。なにより情報が早いのがいい。例えば先ほどとりあげたスポーツ紙の記事、タイ経由で云々はOさんからのメールで記事が出る10日程前にそこはかとなく伝えられていた。印象的だったので以下紹介したい。
『……。すでにイングランドの試合のある3日間に合わせて休暇をとっている人も多いなか、ワールドカップ開催中はパブも早朝からオープンするなど、やっぱりこの国にとってサッカーはとても大きな意味を持つものなんだなあ、とあらためて実感しました。ちなみに日本へ行く人も多いでしょうが、タイが日本との時差もそう大きくない事から、バンコクへ行くイギリス人がとても多いそうです。バンコクなら物価も安いし、日本よりかは親しみのある国なのでそれも充分頷ける話ですよね。』
 タイ経由で云々、の記事が醸し出す怪しい雰囲気とはだいぶ違ったソフトな印象の文章だ。でも、実のところ内容的には同じようなことを伝えているのではないだろうか。タイに渡るイギリス人は実際沢山いると思うけど、その中にはタイ国内にとどまって、そのままバカンス気分でTV観戦する人もいるし、タイから日本へ向うイギリス人も勿論いる。タイから日本に入るイギリス人はごく普通のサポーターも沢山いるし、中にはフーリガンと目される人間もいるかもしれない。実際、現実はこんなところなんじゃないだろうか? 少なくとも僕は、こんな認識だ。でも、先程の記事を見るとタイ経由で日本に入国するイギリス人は一瞬みんなフーリガンみたいに思えてくる。そして、それが高じてイギリス人を見れば、みんなフーリガンというような感覚を日本人が持ってしまわないかとても心配だ。メディアが伝えるイメージのみで、疑心暗鬼になって、右往左往する愚行だけは避けたいものだ。スポーツ紙の記事よりもロンドンのOさんからのメールの方が、少なくとも僕にとってはリアルな情報だ。

 だいぶ昔の話になるけれど、トヨタカップにイングランドのクラブ(どうしてもチーム名が思い出せない。)が来日した時、国立競技場へ観戦に行った。ハーフタイムにトイレへ直行。そこには目の据わった大柄の外人グループがトイレへ用足しに来る人達に向ってなにやら大声で絡んでいた。僕等日本人はみな目を会わせないようにやり過ごすのが精一杯、かなり恐かった。もし、あの時、ちょっとしたきっかけで誰かがちょっかいを出していたら、たぶん乱闘騒ぎになっていただろう。そして、翌日の新聞には“イングランドフーリガン、国立で大暴れ”なんて記事が踊ったかもしれない。
 勿論、実際は何ごともなかったけど。あの連中は単なる酔っぱらいだったと思う。単なる酔っぱらいが、成りゆきによってはフーリガンとして報道されてしまう可能性だってなくはない。現実に起こったことと、起こらなかったことは紙一重だ。フーリガンが街なかで暴れる映像が最近よくTVで流されている。そこで起こっていることは現実に違いない。でも、聞くところによるとフーリガンはTVカメラのあるところで過剰に反応するらしい。TVカメラが火に油を注いでしまうこともあり得るのだ。実際に映し出されている映像は、実は起こっていなかった可能性すらある。W杯開幕に向ってこれからメディアもサッカー一色になっていきそうな気配だけど、本当の意味でリアルな情報を得られるかどうか怪しいし、実際のところそんなものは無いのかもしれない。
 サッカーは必然と偶然と即興がともに宿るスポーツだ。スタジアムで応援する僕らはその狭間で引き裂かれ、泣き、叫び、狂喜する。その時体感する凄まじいリアルなエネルギーは他ではなかなか味わうことはできない。メディアが伝えるリアルさでは到底感じることのできない真実の「いま」がそこにはあるのだ。未練がましいけど、やっぱりW杯は生でスタジアムで観たいなあ。どうにかならないもんですかね……。

« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

記事一覧