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第11回 2002年5月□日

 W杯開幕を間近に控え、いよいよ各国代表のキャンプも佳境に入ってきた。各キャンプ地の自治体や住民による歓迎セレモニー、選手と住民との交流、練習試合などの様子が毎日のようにテレビをはじめ各メディアに取り上げられ、まさに本番近しのムードいっぱいだ。僕の住む浦和は残念ながらチームの誘致には到らなかった。誘致合戦の初めの頃は、スペインがやってきそうな感じだったけど、結局どこのチームもキャンプ地には選んでくれなかった。無念というべきか・・・。いや、これで良かったのかもしれない。もし、スペイン代表が決定していたらどうなっていただろう。レッズの熱狂的なサポーターを見ればおわかりのように、浦和はサッカーの街だ。サッカー狂いの街といってよい。そこにスペイン代表が合宿を張ることになったら、街中みんなテンション上がりっぱなしで、仕事も手につかなくなる可能性もある。開幕前から異様に盛り上がってしまって、顰蹙を買うかもしれない。まして僕は5階建ての集合住宅の最上階に住んでいる。レッズの駒場スタジアムからは徒歩1分のところだ。これがどういうことを意味するかというと、何を隠そう、窓からスタジアムのピッチがほとんど展望出来てしまうのである。レッズの試合はいつも自分の部屋から観戦し、同時に並行してテレビ埼玉の生放送で、見えない細かい部分を補っている。スタジアムからの生の歓声とテレビから聞こえる歓声が弱冠ずれて、妙な臨場感があってなかなかのもんです。つまり、スペイン代表が駒場スタジアムで練習したり、テストマッチすることになったら双眼鏡片手に一日中部屋から出られなくなる。たぶん僕は仕事に行くことはできなかっただろう。やはり、誘致ボツになって良かったのだ。僕はここ数日、各国代表のキャンプ地での様子をテレビで見ながら、少しばかりの羨望と、妙な安堵の念が入り混じった複雑な心境だった。

 キャンプ地といえば、今回最も話題を集めたのはカメルーンを誘致した大分県中津江村だったかもしれない。なにせ人口約1300人程の小さな村だ。世界最大のイベント、W杯へ向ってトレーニングを積む代表のキャンプ地としては多少なりとも場違いな感じを持たれても不思議なことではなかった。先日、ニュースステーションでも取り上げられていて、キャスターの久米宏が現地へ赴きリポートしていたが、(この時はまだ、カメルーンチームがあんなことになるとは誰も知る由もなかったけど)中津江村がキャンプ地として立候補した時、彼も正直なところ難しいのではないかと思っていたそうだ。大方の予想に反し、中津江村はカメルーン誘致に成功したのだ。画面に映し出されたグランドを目にした時、僕はなるほどと思った。実に手入れの良くいきとどいた芝生なのだ。美しい!緑のじゅうたんとは正にこういうことをいうのだろう。トレーニング施設の所長さんは独学で芝の育成方法を学んだのだそうだ。見事というしかない。考えてみれば、サッカーのトレーニング施設で最も重要なものはグランド以外にない。素晴らしい芝のグランドさえあれば、多少交通の便が悪いとか、選手をリラックスさせる娯楽施設が少ないとか、などというのはたいした問題ではないのだろう。カメルーンの選手達にとっては何より豊かな自然と静寂に包まれた中津江村こそが、最も集中力を高めてくれる最適な場所だったのだ。携帯電話がつながりにくくても、TVゲームができなくてもいいのだ。一見、僕らが便利そうにみえる環境も、逆に彼らにとっては煩わしいということも充分ありえるわけで、国が違えば価値観やメンタリティーも自ずと千差万別なのだ。ワールドワイドなサッカーならではというところか。

 ここで突然あのニュース。カメルーン選手団、パリにとどまったまま日本入国の見込みたたず、とのこと。そして、この後ご承知のように連日連夜のドタバタ劇が始まる。日々のニュースにカメルーンのことが話題にのぼらない日はない程の騒ぎになってしまった。結局数日遅れで中津江村へ入村とあいなり、とりあえずめでたし、めでたし。それにしても、日本では考えられないようなことが平気で起こる。カメルーン恐るべし、侮りがたし。

 今回の日記は、この騒動が起きる前に書き始めたんだけど、日記の締めは“W杯はそれぞれの民族の国民性や価値観を垣間見させてくれる、そこがまた楽しいのだ。”ということにするつもりだった。はからずも、この事件のおかげで、カメルーンの国民性やお国の事情やらが垣間見えてきた。中津江村の方々には悪いけど、結構僕らは楽しませてもらった。それに、エムボマをはじめカメルーンの選手達って不思議と何故か憎めないだよなあ。

 実際、村の人達はやきもきしただろうけど、仮にもしカメルーンが優勝したらどうだろう。可能性がないわけでもないし。そんなことになったら、今回の騒動とともに中津江村は日本はもとより、全世界の人々の記憶に深く名をとどめるだろう。間違いなく歴史に名を刻むことになるのだ。想像しただけでもワクワクする。素敵なことじゃないですか、人口1300人足らずの小さな村が世界一のチームに力を貸すことができただなんて。村民は一生このことを誇りに思って生きていくことだろう。

 こんなことが起きないとも限らないのがサッカー、フットボールのとてつもなく深い魅力なのだと僕は思う。カメルーンがキャンプを張る中津江村の鯛生スポーツセンターのホームページ(www.taiosc.org)のカメルーンキャンプ情報を見ると、トップページの冒頭に泣かせるキャッチコピーが控えめに鎮座している。
 “Biggest team. Smallest village.”

 この言葉は実に端的にフットボールの持っている、あるとても大切で重要な価値観を表現している。そこには昨今はやりのグローバリゼーションということばが指し示す世界性とは全く対極にある、愛すべきフットボールの世界性の価値がひそやかに息づいているのだ。不屈のライオン、カメルーンがどんな戦いを挑むか、今から胸がときめく。W杯は、もうすぐそこまでやってきている。

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