« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

第20回 2002年11月○日

 ハリーポッターの喧噪がようやく鎮まってきた頃、僕は沖縄へ旅立った。1年ぶりの沖縄でしばし心身ともにリフレッシュ、といきたいところだが、今回の旅は2泊3日、早朝便を選択したこともあり、ほとんど一睡もせぬまま車で羽田へ向う。前日の仕事の疲れを引きずったままの運転はかなりハードだ。まして今回は旅慣れない僕の両親も一緒だ。親父とおふくろは勿論沖縄は初めてだし、大の飛行機嫌い。気疲れしそうな旅になることは覚悟の上だ。まあ、柄にもなく親孝行を決めこんだからには、楽しい思い出をつくってやらねばと、眠い目をこすりこすり、まだ夜の明けきらぬ首都高速を空港へと突っ走った。
 沖縄には、かみさんのおばあちゃんがひとりで暮らしている。僕の両親はまだ、おばあちゃんに会ったことがなかったので、それをとても楽しみにしているようだった。旅の2日目におばあちゃんの家におじゃまする予定にして、初日はおもに本島南部の観光をした。ひめゆりの塔や、平和の礎、等々、戦争の爪痕残るお決まりのコースだ。僕の親の世代は、大なり小なり戦争の傷をどこかしらに負っている。かみさんのおばあちゃんの旦那さんはパプアニューギニアで戦死した。僕の親父もビルマで兄を亡くした。感慨深く、真剣にモニュメントの数々を見つめる両親の姿を目にすると、過去のいたましい歴史の重みを感ぜずにはいられない。それと、コースを巡る親父とおふくろのたどたどしい脚の運びに歩調を合わせていると、やはり子供としては堪らない気持になった。気づかないうちに、人は確実に歳をとっていく。少し悲しい。それにしても、慣れない土地を睡眠ゼロで、一日中レンタカーを走らせていると、さすがに疲れる。夕方、ホテルに辿り着いた時には僕はもうヘロヘロだった。でも、夜、活気に溢れる国際通りに繰り出し、おいしい魚を肴に泡盛をたらふく体に補給したら、みるみる復活。僕の食欲はどんな時にも落ちることはない。

 2日目、今日はかみさんのおばあちゃんとうちの両親がご対面する日だ。その前に、僕はどうしても今回行きたいと思っていた場所があった。11月1日にオープンしたばかりの、ちゅら海水族館である。世界一と銘打たれた大水槽を泳ぐジンベイザメの姿を是非見たかったのである。水族館のある海洋博記念公園は本島北部、那覇から車で2時間程だ。前日の疲れも多少残っていたけど、沖縄の青い空、広い空の下、およそ11月とは思えぬポカポカ陽気のすがすがしい空気を車内いっぱいに取り込むドライブはとても爽快だった。自然と元気が湧き出てくる。そして、遂にジンベイザメとのご対面だ。「うぉ~、すごい!」はっきり言って、この水族館は冗談抜きですごいです。半端じゃない。巨大な水槽、というよりそれはまさしく海の中そのものだ。その圧倒的な迫力は相当なものです。海中大劇場とも呼ぶべき舞台を、いました、いました、とてつもなく大きなジンベイザメが、所狭しと悠然と小魚をひき連れて泳いでいる。「It's great!」外人さんだったら間違いなくこう叫ぶ。僕はただただ口をあんぐりあけて、茫然と見愡れてしまった。こんなのが、この沖縄の海のどこかで、たった今も泳いでいるかと想像すると、何故だかとても不思議な感じがした。手でも合わせて拝みたい気分だ。自然は偉大ですな。ほんとに。出版不況で本が売れないとか、○○社の新刊売筋はいつも減数されるとか、ハリーポッター何部仕入れようとか、ちっちゃいちっちゃい!神々しいジンベイザメの姿を目にすると、都会でうじうじ悩んだりしていることが、とてもちっぽけなことに感じられる。心地よいカタルシスに浸り、僕の魂は時間を超えて、深い深い海の底や、その彼方に拡がる遠い遠い世界へと繋がっていくのでした。やっぱり沖縄はいい! 来てよかった。

 そんなちゅら海水族館をあとにし、一路おばあちゃんの待つ具志川市へ。おばあちゃんは戦争で旦那さんを亡くし、女手ひとつでかみさんの母親を育てあげた。かみさんも小さい頃はおばあちゃんの家で育った。いわばおばあちゃんっ子である。だから彼女もおばあちゃんの家へ帰ると、リラックスしてとても幸せそうな表情をしている。幼少時を過ごした家には、どこか安心感があるのだろう。その具志川市平良川というところで、おばあちゃんは駄菓子屋さんをひとりでやっている。戦後、ずうっとひとりでこの沖縄で立派に生きてきた。たいしたものである。苦労も数々あったに違いないけど、全然そんなことを感じさせない。おばあちゃんはいつも明るく元気だ。僕も沖縄に来るたびに元気を貰って帰る。だから、僕もおばあちゃんに会うのがとても楽しみなのだ。感動的なジンベイザメとの対面のあと、皆の元気の素おばあちゃんとの会が待っている。“ジンベイザメとおばあちゃん”まるで昔話の題名のようだけど、今日一日のめぐりあわせがこんな感じになるのも、なんかこう、沖縄的な磁場がなせるわざなのかなあ……などとわけのわからぬ思いに耽りながら、僕は車を走らせるのでした。     つづく

« 前の記事 | 最新 | 次の記事 »

記事一覧