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第17回 2002年9月○日

 こんな調子でミュージアムショップ出店は決まったけど、まだすいぶんと時間があるという気の緩みもあって、実はイナバも僕も受けとった企画書には目を通すこともなく、いつもの書店での日常に戻っていった。置きざりにされた企画書の存在は、その後しばらく忘れ去られ、日々の仕事に埋没しているうちに、イベント自体の存在も希薄になっていった。

 そうこうするうちに、早7月。
「そういえば、8月のイベントどうなるのかな?」突然イナバが思いだしたように呟く。僕も時たま頭の隅によぎっていた疑問だ。
「本当にやるんですかね。なんの連絡もないし……。」さすがに期日が迫ってくると少し不安になってくる。
「Dさんの方も準備で忙しくて、なかなか手がまわらないんだろ。こっちから連絡して、詰めなきゃダメだな、こりゃ。」
 という訳で、ミュージアムショップの段取り等打ち合わせしたい由Dさんに連絡、早速ミーティングを持つことになった。

 現在までのアーティスト達の出展状況等確認し、担当のMさんからリストをいただく。ミュージアムショップがやることは、これらアーティストの方々にショップで販売して欲しい商品を出品してもらい、それを展示販売するのだ。Dさんの例の流暢な日本語の説明によれば、取引条件を決めて、このリストのアーティスト達に個別に連絡をとって、商品を仕入れ、販売して欲しい、ということだった。
「エーーッ」僕は心の中で呻いた。イベントまで1ヶ月を切ったこの時期、僕はてっきりDさんの方でアーティストの出品商品とりまとめはすでに済んでいて、今日のミーティングでは、たぶん彼等が出品する商品の品目、納品数の一覧かなんかを受け取れるのかとばかり思っていた。それが、取引条件から個別に連絡をとって詰めていかなければならないとは……。あと1ヶ月足らずなのに。担当のMさんから渡されたリストには、アーティスト達の連絡先と簡単な出品リストが載っているだけだ。出品リストを見ると、どれも、Tシャツ、CD、DVD、グッズ等々の表示しかなく、一体どんな商品がどれぐらいあるのか皆目見当がつかない。要するに、それを僕等に各アーティスト達と詰めて決めて欲しいということだ。

 う~む、甘かった。もっと早くからDさんやMさんと連絡を取り合っていれば良かった。時間はたっぷりあったのに、切羽詰まらなければ動かない僕等の悪い習性だ。くくっ……。後悔してもあとの祭りである。
 DさんやMさんにしても、イベントの骨子である参加アーティスト達の企画のキュレーションで多忙を極め、ミュージアムショップのことは後回しになってしまったのだろう。説明するDさん、Mさんの目にもいささか疲労の色が漂っていた。彼等も大変なのだ。何か納得できない気がしないでもなかったが、結局、Dさんの神秘的な瞳に、またしても吸い込まれるように僕は頷くしかなった。
「なんとかやってみます。やるしかないです。」と僕。
「そうだな、やるしかない、やりましょ。」とイナバ。
 僕等は説得力はないが、納得力は相当なものである。

 イベントまでもう時間があまりなことを考えると、個別に取引条件を交渉している余裕はないので、条件は一切こちらの決めたものを提示することにした。早速、簡単な取引条件の覚書き、納品、精算方法等のフォーマットを作成、Mさんから渡されたリストにしたがい、各アーティスト達と連絡をとった。この作業がなかなか大変だった。アーティストの方々は、個人で活動している人もいて、連絡がなかなかつかない。

 また、連絡がついても商品を業者さんに販売委託されている方もいるので、結局その業者さんにコンタクトをとらねばならなかったり、結構手間どった。まして、イベント直前になって、商品を置いて欲しいと直接アーティストから依頼がきたりで、右往左往した。そんなかんやで、最終的に商品が全て東京ランダムウォークに納品されたのは、イベント会場設営前日という有り様。Mさんからイベント当日にも持ち込みがあるかもしれないと連絡があったので、今回作成した取引開始書や指定納品書の予備を当日会場にまで持参、不意の飛び込み納品に備えた。(結局、当日の持ち込みは1件だけだったけど。)また、急遽イベント参加中止になったアーティストもいて、僕は愕然とした。業者さんより、このアーティストの商品はすでに納品されている。
「店長、どうしましょ、売っちゃっていいんですかね?」
「いい、いい、売っちゃえ、売っちゃえ!」一応、業者さんにその由連絡して了解してもらい、企画取り止めになったアーティストの商品も、なんと展示販売することに……。
「なんだかよくわからないな。」イナバがぼやく。
「なんだかよくわからない、確かに。」僕もため息をつく。
 このなんだかよくわからない、というつぶやきは、このイベントを通じてもはや僕等の口ぐせになりつつある。

 Mさんから渡された、参加アーティスト達のリストには、それぞれ企画名がついているが、これがはっきり言って、なんだかよくわからない。『アロハ!有楽町』『スーパーミルク・ラウンジ』『URBAN TOONS』『Human Cuckoo Cock』等々。初め、このリストを見せられた時、僕はこれらの企画が何のことやら、全くイメージできずにいた。後日、TOKYO ART JUNGLEのチラシが送られてきて、その中に〈ひとつの枠にまとめきれない多様なアートが、多様な世界観をあなたに提示します〉という言葉を見つけた時、これら企画名の何やらあやふやとした感じが、わずかながら、ほのかに説明された気がした。ひとことで言えば「まとめきれない」ということ。「まとめきれない」っていう感じ、これが最近のアートというものなんですな、と一人納得した。ミュージアムショップ出店が、なんだかよくわからないまま進んでいくのも、それはそれでイベントの主旨にふさわしいことなのかもしれない。僕はミュージアムショップ設営前日、うず高く積まれた展示商品の段ボール箱を前にして、「なんだかよくわからないけど、これでいいのだ。」と心の中でしきりに呟いていた。
                   つづく。

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