WEB本の雑誌

3月29日(木)

 下版徹夜明けの編集部は、ナチュラルハイ状態。僕が会社に出社すると、発行人の浜本が複式呼吸の大声で「おはようございま~す」と叫び、松村はくねくねと踊るように社内を走りまわり資料を探している。もちろんずっと独り言を言っている。その奥で机に突っ伏して半狂乱の目をして付け合わせをしているのは編集補助の渡辺で、唯一まともなのは状態なのは校正の市村さんだけ。
 
 こういう状態の会社に出社したときは早く逃げるに限る。思いつきでとんでもないことを言い出すに決まっているのだ。あわててカバンに荷物を詰めていると
「5月号の杉江の原稿にある池袋のジュンク堂なんだけど、ほんとは在庫何冊あるんだろうね?」
「公称160万冊って言ってましたよ。」
「いやそうじゃなくて実際の話。」
「そんなの棚卸でもしないかぎり、わかるわけないですよ。」

 ここで浜本の目がギロリと光る。完全に狂った目だった。時既に遅し。
「あのさ~、今度杉江、片っ端から数えてみない?ジュンク堂の在庫。5月号でやった歩数じゃなくて。朝から行って、1冊1冊数えて行くんだよ。そんで2時間くらい過ぎて元に戻ると『ああ、数が違う~』って泣くの?絶対面白いよ!」

 するとその話を踊りながら聞いていた松村が追い討ちをかける。
「それいい!杉江さんそのままジュンク堂に埋もれちゃうの。ずーっと1冊、2冊・・・って。ジュンク堂の怪談話。あははは。」

「あははは」じゃないんだよ。
 しかし冗談がそのまま本気になるのがこの会社の怖さなのだ。今まで何度も被害にあってきた。こんな話を聞いていると勝手にページを取られ、取材日を決められたりするんだ。僕は逃げるように会社を飛び出した。

 ・・・・・・。
 夕方会社に戻ると朝の大騒ぎが嘘のように静かになっている。ふっと編集部を覗くと、床に布団を敷いて、熟睡しているではないか。まったく人騒がせな人達だ。深い眠りとともに、朝言っていったとんでもないことをすっかり忘れてくれることを願うばかり。