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5月8日(火)

 日焼けによる顔の皮めくりも一段落したので、営業に出かける。黒い顔が目立たない顔グロの街渋谷へ。

 まずは、A書店のHさんを訪問。出したばかりの『日焼け読書の旅かばん』椎名誠著の売行き調査と6月の新刊『出版業界 真空とびひざ蹴り』の営業活動。「今日の杉江さんはおかしいですよ、笑い過ぎです」と言われるが、それは久しぶりの営業が楽しくて仕方なかったからだ。

 GW最終日、友達が
「ああ、明日から仕事かぁ、嫌だなあ」と暗い顔をして酒をあおった。
「そんなに嫌?」と聞いたら
「嫌だなあ…」と一段と暗い顔をして愚痴を続けた。
「そんなに嫌なら辞めればいいんじゃないか。会社を辞めるのは簡単だよ、上司に辞表を出せばいいんだから」と余計なことを口走ってしまう。

 友達は、何もわかってないなという顔で僕を睨みつけ、
「お前は好きな仕事をしているからいいよな。」と一言つぶやいた。

 その言葉が無性に空しく僕の心に響き、かなり長い間付き合ってきた今までの時間が何だったんだろうと疑問を感じずには、いられなかった。そして、ならばお前は好きでもない仕事をどうして続けられるのか聞こうと思った。けれど、それはケンカの原因になりそうなのでやめた。
 最近、言おうとしてやめることが多い。

 18歳だった僕は、とある本を読み、今までの考え方、大げさに言えば生き方を見つめ直し、大学受験を辞め、そこまで影響力を持った本というものに興味を持ち、ならばそこで働こうと考えた。

 そのことを5つ離れた兄貴に話すと、兄貴にこんな風に言われたのを今でもしっかり覚えている。
「お前の今の学歴は『高卒』だろう。そんな人間を出版社が取ると思うか?」
まだまだ若くて世間の仕組みも矛盾も何も知らず、一直線に生きられると思っていた僕は
「学歴なんて関係ないだろう、そんなことで人間を判断する世の中がおかしいんだよ」と吠えてみたが、兄貴は冷静に経験談を話してくれた。

「あのな、お前が言っているのは確かに理想なんだよ、でもな、やっぱり社会にはしっかり学歴っていうのがあって、俺だって大学を出たけど、変な大学だったから就職活動で苦労したんだよ。クソみたいな面接官に履歴書をジロジロ見られて、まったく興味なさそうな質問されてさ。有名大学の奴とは明らかに扱いが違って下手したら入り口も違うんだ。その時点でもう落ちたなってわかるよ。
お前は、自分の意志で高卒を選んだんだよ。そのことは大人になったと感じるけれど、これから苦労するかもしれないよ。でもそれは自分の責任だから自分で乗り越えなきゃいけないんだよ。親を泣かし、親父はほんとに泣いていたぞ、お前が大学に行かないって言ったとき。それを見返して、俺は楽しく生きているんだ、後悔していないって思わせるのがお前ができる一番の親孝行だと思うよ。
で、出版社に入りたんだろうけど、それは長期的に考えた方がいいと思うよ。お前はやっぱり社会的には高卒なんだから、それでも出版社が欲しいと思うような人材にならないとダメだと思うんだよ。経験値を上げて、大卒に負けない何か具体的なことをしっかり身につけていかなきゃ。」

 翌日、近くのコンビニで就職雑誌を買った。
 兄貴の言うとおり、応募資格には「大学卒業もしくは来春卒業見込みの方」という文字があふれていた。その時初めて親父やお袋が、僕が大学に行かないと言い出したときに取り乱した理由がわかった。僕の将来は閉じられたと感じたのだろう。僕も初めてそのことを認識した。でも僕は「絶対に負けない」とも思った。

 まずは当座の金をためる為に肉体労働のバイトをした。あっという間に20万円くらいの金が溜まった。これで2ヵ月くらいはしのげるだろう、さて、どうしたものかと考えた。出版社が欲しがる人材とは…。よくわからないけれど、とにかく「本」を売る側を経験しようと思った。

 もう一度、コンビニに行って、今度はアルバイト雑誌を買った。そこに載っていた書店に履歴書を送った。結局、その4年後、専門出版社へ就職することができた。それ以来ずーっと楽しく仕事をしている。

 今でも僕の心の奥深くに、大学へ行った仲間達に「絶対負けたくない」という想いが横たわっている。くだらないコンプレックスだけれど、これが無くなったら僕はもう前に進めないだろう…とも考えている。
 だからこそ、仲間たちには輝いていて欲しいのだ。