WEB本の雑誌

5月9日(水)

 仕事を終えて、会社を出ようとしたとき、何か忘れている気がした。あわてて机に戻りカレンダーを眺める。『本の雑誌6月号搬入』と書かれているだけで、それは午前中に済んだ話。椎名さんのサイン会は明後日のことだし、いつも無くしてばかりいるボールペンはちゃんと筆立てに立っている。電話のメモもFAXもすべてやり終えてさっきゴミ箱に捨てたばかり。それなのに何かものすごい不安感が襲う。しばらく席に座って考えていたけれど、思い出せなかったのでそのまま帰宅する。

 夕食を終え、ビール片手に『地獄の季節』高山文彦(新潮文庫)を読んでいた。事件を起こした少年と僕の少年時代を比較し、思春期には誰もが持っているであろう、残虐性や攻撃性について考えていた。今日の僕はなかなか知的だなあ…と悦に入っていた。

 家の電話が鳴る。中学時代からの友達。
「待ってるんだけど」
「は?」
「お前が来るのを待っているんだよ、は?じゃねえだろ!」

 奴は中学時代の裏番長で、今では信用金庫の営業になり嘘の笑顔で固めているが、酒を飲むと10数年前にあっという間に逆戻りするのだ。先ほど考えていた残虐性と攻撃性がいきなり目の前に出現したのである。時は越えても過去の関係は変らない。僕は身震いしながらその電話を強く握り締めた。
「何?地元で酒でも飲んでるの…?」
 呆れたため息とともに、誰かに乱暴に電話を渡す音が聞こえ、
「もしもし、杉江さん、何をしているんですか?」と女性の声に変った。

 その声を聞いた瞬間、僕は一段と身震いした。そうか!僕の何か忘れている…ような気がしたあの不安感は間違っていなかったのだ。確かに忘れていたのだ。そう、今日は浮き玉△ベースの我がチーム新宿ガブリ団の飲み会があったのだ。ああ、最悪だ。『地獄の季節』じゃなくて、『地獄の瞬間』だった。

 その後は、酔っ払ったメンバーに電話をたらい回しされ、ひとりひとりに小言を言われた。悪いのは僕なので素直に聞いていた。電話を置いてしばらくうな垂れる。落とした信用はなかなか戻せないんだよなあ。ああ。