WEB本の雑誌

5月12日(土)

『炎のサッカー日誌&toto日誌』

 その男は、朝の9時半、突然我がアパートのベルを押した。僕は前日サイン会の打ち上げで深酒していたため、インターフォン越しにがらがらの声で応対した。
「おはようございます。ケーブルテレビの○○です。」
「はい?」
「今日はケーブルテレビのご案内でお伺いしているんですが、お客様のアパートはすでにケーブルが引かれてまして、契約すればすぐご視聴できるようになるんですが。」
 つい…、悪魔のドアを開けてしまった。

 かねがね僕もケーブルテレビに入りたいと考えていた。スポーツチャンネルで放送されているセリエAやスペインリーグ、あるいはW杯予選やJ2の試合などなど、とにかく世界中のサッカーがみたいと思っていた。それに実は僕、ヤクルトスワローズのファンでもあり、レース好きでもあり、とにかくスポーツ全般が好きなのだ。
 すでに視聴している田町のR書店Kさんを訪問する度、よだれの出るような話しをされ触発されてもいた。

 しかし…。そんなものを手に入れてしまったら、僕は会社にいけるのだろうか。そのことが不安でしょうがなかった。24時間いろんな時間帯にサッカーが放送されていて、見たい試合は山ほどある。そんな環境にこのサッカーバカを置いたらいったいどうなってしまうのか。僕は自分に自信がなかった。

 インチキ臭い笑顔の営業マンがドアを開け、「どうも」と言う。そして玄関に飾ってある我が浦和レッズのユニフォームを眺め一言。
「あっ、今日のヴィッセル戦、ケーブルでしか放送しませんよ!」

 気づいたらハンコを持っていた。気づいたら工事の人が、ホコリだらけのテレビの裏側に廻って機械を設置していた。気づいたら3本680円のビデオテープを買いに走っていた。嗚呼、ついに僕は禁断の果実にかじりついてしまったのだ。

 さて、このようにして手に入れたケーブルテレビで、この日はヴィッセル戦をテレビ観戦するつもりだった。ところが、よくよく考えてみると、今日はレッズ仲間の吉田さんが突然アナログ人生を辞めてパソコンを買いに行くと言い、付き合わなきゃいけなかったのだ。パソコンのキーボードも打てないのに、なぜかミディーをつなげて、曲を作るという。うーん、大丈夫なんでしょうか。まあ、いつも酒を奢ってもらっているので仕方ない。
 レッズはビデオに録画して、絶対勝敗の情報を聞かないよう車のラジオも切ろう。結果を知ってビデオを見るなんてこれほど人生でつまらないことはない。それにわざわざ興奮してケーブルテレビを入れた理由がなくなってしまう。

 不況が嘘のような大混雑の秋葉原でパソコンを買い、あとは、吉田さんの家に行って設置し、ビデオを見るだけ。さあ、気合を入れてみようじゃないかと張り切っていたところに、相棒とおるから電話が入る。そしてそれはあっという間の出来事だった。
「杉江?」
「ああ。」
「今ね、引き分けで延長入ったんだよ」
「・・・・・・。」

 相棒とおるは大阪在住で久しぶりの関西地区レッズ戦を楽しんでいるようだ。電話口の向こうから「レッズコール」が聞こえる。僕は、何も言わず電話を切った。

 しかし、まだ結果はわからない。これから延長戦が始まり、ヴィッセル神戸にとどめを刺すのだ、そう考えて気持ちを落ち着かせた。

 吉田さんちでパソコンの設置を終えるともう外は真っ暗だった。どうにかネットワーク環境までやり終え、メールの送受信が出来るようになった。吉田さんがいったいどこまで使いこなせるのか心配だけど、まあ、それは本人に任せるしかない。とにかく喜んでいたので一安心して家に帰る。

 すぐさまビデオを見ようかと思ったけれど、まあ、あわてても仕方ない。食事をして、風呂に入り、そして布団を敷いた。最近、我がアパートの下の部屋に新たな人が入居して来たので、飛び跳ねたり、床を叩いたりすると問題なのだ。だから、事前策として布団を敷くことにし、何かを殴りたくなったときは枕を殴ることにした。先日力を入れ過ぎて、その枕が爆発してしまい、部屋中真っ白になったけれど、これは誰にも迷惑をかけてないからいいだろう

 缶ビールを冷蔵庫から出し、さあ鑑賞。おっとその前にメールチェックだけしておこう。おっ、早速吉田さんからメールが来ている。使えるようになったんだなあ。

「杉江くんへ

 今日はありがとう。これでカッコイイ曲を作って印税生活だ。
ほんとありがとう。

追伸*ところで小野伸二のVゴール見た?」

 ああ、僕はいったい何のためにケーブルテレビを入れたんだ…。


 ちなみにtotoは外れてまた1800円のマイナス。しかし、しかし、僕はついに必勝法を手に入れてしまった。この話は、長くなるのでまた今度。