9月22日(土)
『炎のサッカー日誌』
待ち合わせ場所の駅のホームに立っていた母親が、一段と小さく見えた。いつの間にか白髪も増えて、シワも増しているように感じた。「老い」という言葉が突然浮かんだ。何年ぶり、いや何十年ぶりかで、二人で電車に乗った。毎日一緒にいれば、話すことがないのはわかるけれど、久しぶりにこうやって向き合っても特別話すことがないことに気づいた。電車に揺られている間、ずっとレッズの話をしていた。
「今日はお母さんが大好きな山田が出場停止なのよ、次に好きな内舘は怪我だし。でね、アントラーズの相馬も好きなんだけど、多分病み上がりだから出ないよね。残念。」
こっちがビックリするくらい、いつの間にか母親はサッカー通になっていた。レッズの選手はサテライトまで全部覚えているし、日本代表の選手もすらすらと名前が出てくる。それ以外でも各チームの主力選手はだいたい覚えているらしい。今、母親のお気に入りの選手はサンフレッチェ広島の藤本だそうだ。
「なんで好きなんだ?」と聞いたら「ゴールを決めたあとに阿波踊りを踊るバカさがあんたに似ている」と言われた。
今まで母親がレッズを見るときは、いつも指定席だった。どちらかというと大人しい席で、押し黙ったように観戦する場所だ。大声を出すと周りの人がビックリして振り返る。僕にはとても我慢できない観戦場所だが、年老いた母親のことを考え、その席を案内していた。
ところが今年になって4試合生観戦した母親があんな場所じゃ物足りないと言いだした。今度はあんた達と同じ場所に連れて行ってくれとせがむ。騎馬戦で絶叫していた魂は健在のようで、僕はうれしかった。
国立競技場に着いて、先に来ていたKさんとOさんと合流する。ゴール裏、ほぼ正面。レッズバカが集まる場所。母親の希望通りの場所だった。母親を見て驚いたKさんが前の人に話し、座って観戦できるように立つときは少しだけずれてくれないか?と伝えてくれた。話されたサポーターは素直に了承してくれた。母親は当然立って観戦する覚悟をしていたが、Kさんと他のサポーターの気持ちがありがたかった。
試合は開始早々アントラーズにゴールを決められ、ここのところのレッズの悪さが出る最悪の展開。これは0対3くらいは覚悟しないと行けないと腹をくくる。それでもKさんとOさんと大声を張り上げコールを続ける。僕たちには応援することと信じることしかできない。
前半はそのまま終了した。最後の方に良い形がいくつか作れたのが、希望の元だった。母親は頭から振ってくる声援に驚きつつも、一緒になって拍手を繰り返していた。
後半が始まり俄然レッズペースになる。サッカーは突然形勢が変わるから面白い。何が理由なのかわからないけれど、アントラーズのDFが慌てだし、中盤でボールが取れるようになっていく。
こちらの興奮も同様で、一気に応援がヒートアップしていく。何度も何度もチャンスを潰し、その度に悲鳴と落胆と絶叫がこだまする。
そしてついに…。後半途中出場の我らが美男子・永井が目の前のアントラーズゴールにボールを蹴り込む。ユラユラと揺れるゴールネットに包まれるボールを見ながら、我を忘れてKさんとOさんと抱き合う。これで同点。絶叫、歓喜、興奮。Oさんの肩越しに母親の姿が一瞬見える。そこには絶叫する母親の姿があった。母親は僕を見て、ガッツポーズをした。62才のガッツポーズを僕は生まれて初めて見た。
肌寒くなった国立に、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。結果は、涙のVゴール負け。納得はしないが、満足感のある試合だった。
帰りの電車のなかで母親が突然言い出した。
「お母さん、正直言って、あと何十年も生きられるわけじゃないのよね。10年、15年がいいところよね。動けるのはあと10年かな。そういうの最近考えちゃうのよね。出来るなら面倒をかけないように死にたいのよね、今日のVゴールみたいにポックリとね。」
悲しいけれど、それは僕自身もときたま考えることだった。父親も母親も、もう若くはない。そのことはわかっているが、何となく淋しい。
「ほんと面倒かけたくないのよ」としつこく申し訳なさそうに話す。
「いいんじゃない、最後くらい面倒かけても…。オレ、かなり面倒かけたからね。」
「ああ、そうだね…。あんたには死ぬほど面倒をかけられたね。それよりさ、レッズ、お母さんが生きているうちに優勝するかな?」
WE ARE REDS.