3月27日(火)
笹塚K書店のSさんが異動になってしまった。今日そのことを突然Sさんに切り出され、僕は呆然となり、ひざから一瞬にして力が抜け崩れ落ちそうになってしまった。Sさん自身も少しだけやるせない感情を顔に出し、「それもね、今度は売り場じゃなくて本部なんだよね。仕方ないけど・・・」と話を続ける。ということは、もう仕事で会う機会がほとんどないということか・・・。一段と僕は感情を取り乱してしまった。
本の雑誌社に入社して、初めて名刺を渡した相手がこのSさんだった。営業前任者と引継ぎをかねて、まずは一番お世話になっている地元の本屋さんへ行こうと訪問したときのことだった。僕は文芸書の営業というものがどんなものなのかまったくわからず、ただただコチコチに緊張して、お店のドアを開けた。
「今度本の雑誌社で営業になりました杉江です。前も出版社に勤めていたんですが、専門書だったので、わからないことばかりです。ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします。」と頭を下げ、名刺を差し出した。そんな僕にSさんは、
「このお店には遊びに来るような感覚で来てよ。いいんだよ、そんな頭を下げなくて」と優しい言葉をかけてくれた。
その後、地元にあるということと、Sさんと非常に気心もしれたということもあって、どこの書店さんよりも顔を出す機会が増えていった。いろんなお店を訪問した帰りにK書店に顔を出し、今日あったことをSさんに話すのを楽しみにしていた。もちろん、地元にあるのだから、会社の帰りに本を買いに立ち寄ることも多かった。そんな時はSさんに「杉江くんこんな本を買うの?」と冷やかされることもあった。
もちろんSさんはただ優しいだけではなく、仕事に対しては厳しかったし、本の知識、売ることへの考え方など、尊敬できる書店員さんだった。僕はわからないことがあればSさんに聞き、教えてもらうことも多かった。
そんなSさんが異動になってしまった。それも今度の部署は売り場ではないため、僕は仕事で会う機会がほとんどなくなるだろう。無性に淋しくなって、その後一日中ぼんやりしてしまった。
とある飲み会で、出会った出版営業の人がこんなことを言っていた。
「私は前の仕事がゲームのプログラマーで、毎日機械を相手に仕事をしていたんですよ、何だかそれに虚しさを感じて、人とと関わる仕事がしたいと。で、営業になりました」
僕はいま、これとまったく反対の気持ちになっている。人と知り合うから、そしてその人を好きになってしまうから、これほど心を揺さ振られてしまうのだ。だったらいっそ機械や物など人を相手にしない仕事に就けば、安定した気持ちで仕事ができるんじゃないか。
僕は尊敬できる人に出会うと、とことんその人を好きになってしまう。別にべったり私生活に踏み込むわけではないけれど、今日はあの人に会える、明日はあの人に会えるといったことを喜びに営業をしている節がある。仕事だから割り切ってクールに付き合えばいいのに、どうしてもそれが出来ない。
こんな性格の人間は、もしかしたら営業マンには向いていないんじゃないかと深く真剣に考えている。