WEB本の雑誌

7月9日(月)

 東横線を営業し、自由が丘で乗換え、二子玉川へ向った。駅に到着すると同時に携帯が鳴る。事務の浜田からで
「『真空とびひざ蹴り』の在庫がほとんど無くなってしまいました。増刷をするかすぐ検討して下さい。」
とのこと。

「増刷」というのは一見素晴らしい響きのように聞こえるが、実は今、出版営業で一番難しいのが、この「増刷」であったりする。書店さんの注文はある部分「見込み注文」であるために、出荷部数=実売部数にならないことが多い。在庫は在庫でも社内在庫はなくなったとしても、いわゆる書店さんにある市場在庫はたくさんあったりするのだ。いくらか期日が過ぎて返品が帰ってくれば、あっという間に刷った部数に近づいた、なんていう失敗例を営業マン同士で話しているのは良く聞く話。

 本の雑誌社では、基本的に買切り制度を行なっているため、まあ、楽な方なんだけれど、それにしても増刷分の補充注文があるかどうかは、ある意味ギャンブルなのだ。

 それと問題なのは、今、本が売れる旬な期間が非常に短くなっているということ。例えばある書店さんに、ある新刊が10冊配本になったとする。1週間でそれが売り切れ、書店さんの判断としては、もちろんもうちょっと売れるだろうと発注をかける。この発注は当然の判断だと思う。
 ところが、なんとこの追加分がそのまま売れ残ってしまうことが多いそうである。前ならばまだまだ売れたものが、すぐさま潮が引くように売れ残る。いったいどうしてなのかわからないけれど、とにかく今の書店店頭はこんなことがざらにある。

 うーん、増刷や初回部数というのは営業マンの腕の見せ所であるはずが、どうも難しい。そもそもこの『真空とびひざ蹴り』ももう少し初回で刷っておけば良かったのだ!印刷機をまわせばまわすほど経費はかかる。その時点で僕はチョンボしているわけなのだ。
 これこそアフター・ザ・カーニバル。後の祭り。

 悩みつつ、営業を終え、会社に戻る。

 発行人の浜本に相談。
「杉江はどう思う?」
と聞かれ、書店さん店頭で見ている初回分の売行きを話す。これならいけるんじゃないかとも判断を下せるし、それともダメとも下せる微妙なライン。うーん、困った。

 しかし、僕は営業マンである。売りたいときに、あるいは売れるときにその商品がないのは、とても悔しい。『極大射程』のボブ・リー・スワガーだって、玉がなければ殺し屋に勝てない。売るものがない営業マンほどわびしいものはない。そして僕がこの世で一番嫌いな言葉は「品切」であり、「絶版」なのだ。書店さんにそのことを伝えるときは忸怩たる想いで、言葉を吐き出しているのだ。

「刷りましょう!!」
と僕の決断を浜本に伝える。その言葉に絶対的な裏付けはない。根拠だってひとつづつひも解けば、あやふやな物に違いない。
それでも浜本は、
「よし!杉江のギャンブルに賭けるか!」
と電卓を叩きながら、経営者の苦渋に満ちた表情で、僕の意見に従ってくれた。

 増刷の手配をしていると、浜本が編集の松村にコソコソ話しているのが聞こえる。
「杉江は、ギャンブラーだからなあ、いいのかなあ、アイツの意見に従って・・・」
「そうですよねぇ、totoも儲かってないみたいだし、目黒さんの競馬ほどじゃないけれど良い話を聞いたことがないですよねぇ」

 浜本の決断が変わる前にそっと僕は印刷会社にファックスを入れた。そして浜本と松村の見解がふたつ間違っていることを胸にそっとしまう。

 それは、週末のtotoで初めて一等を引き当てたことと、僕の血に流れているのはギャンブラーの血ではなく、フォワードの血だということ。そう、攻めしか知らないのだ…。

『真空とびひざ蹴り』よ、ゴールに決まってくれと祈るしかない。