• 【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (『このミス』大賞シリーズ)』
    新川 帆立
    宝島社
    1,540円(税込)
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  • 錬金術師の消失 (ハヤカワ文庫 JA コ 6-2)
  • 『錬金術師の消失 (ハヤカワ文庫 JA コ 6-2)』
    紺野 天龍,桑島 黎音
    早川書房
    1,034円(税込)
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  • 信長島の惨劇 (ハヤカワ文庫 JA ジ 13-1 ハヤカワ時代ミステリ文庫)
  • 『信長島の惨劇 (ハヤカワ文庫 JA ジ 13-1 ハヤカワ時代ミステリ文庫)』
    田中 啓文
    早川書房
    858円(税込)
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 気軽に出かけるわけにもいかないこの状況で、毎年開催されていた行事も多くが影響を受けている。札幌の雪まつりもその一つだが、佐々木譲の『雪に撃つ』(角川春樹事務所)では、例年どおり無事に開催されている。

 本書は北海道警察シリーズの第九作。雪まつりを迎えて観光客で賑わう札幌の街で、警官たちが遭遇する複数の事件が同時に進行する。それぞれは地味なものだ。盗まれた自動車、釧路から家出した少女、住宅街での発砲事件。互いに何の関係もなさそうな事件が、やがてひとつに繋がっていく。

 派手な要素はほぼ皆無で、ただ主人公たちが事態を解決しようと奔走する過程が語られる。抑制された静かな物語だが、登場人物たちの心情はしっかりと描かれ、苦難に巻き込まれた人々にかける言葉も心に残る。決して多弁ではないけれど、じっくり読ませる物語だ。

 一方、黒川博行『騙る』(文藝春秋)は、登場人物の軽快な語りで成り立つ物語だ。関西の骨董業界で繰り広げられる、油断ならない駆け引きを描いた6編を収録。『文福茶釜』にも登場した美術雑誌の編集者・佐保が狂言回しを務め、『離れ折紙』の洛鷹美術館も時には重要な役割を担う。

 物語の中心にあるのは、骨董の真贋と、それをめぐって動く金。他人を出し抜いて儲けたいという精神と、美術品の専門家としての矜持が、時には同じ人物に同居している。一筋縄ではいかない人々が、騙し騙される攻防を繰り広げる。

 駆け引きを描き出す、軽妙な会話と語り口が楽しさを醸し出す。ある日は騙す側に回っても、次の日は騙される側に。それでも、その次の日は平気な顔で騙す側に......と、骨董に関わる人々のしたたかさが小気味よい。

 登場人物の印象といえば、新川帆立『元彼の遺言状』(宝島社一)の主人公も記憶に残る。本書は第19回「このミステリーがすごい!」大賞の受賞作である。

 剣持麗子は有名事務所で高給を稼ぐ若い弁護士。安い指輪を贈ろうとした彼氏を追い返し、憂さを晴らそうと、かつて三ヶ月だけ付き合った男に連絡を取る。だが、彼は「全財産を僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言と、膨大な額の遺産を残して亡くなっていた......。

 主人公のキャラクターはもちろん、置かれた状況も強烈。そのインパクトに依存することなく、複雑に入り組んだ事情をきれいに解きほぐして、鮮やかに結末へと着地してみせる。細かい伏線がすべてつながっていく心地よさを堪能できる。

 キャラクターを入り口にしながら、謎とその解決の過程で読ませるのは、芦辺拓『名探偵総登場 芦辺拓と13の謎』(行舟文化)も同様。一九九〇年の『殺人喜劇の13人』から三〇年の間に作者が生み出した探偵たちの物語を、各一編ずつ収めた短編集だ。

 キャラクターが変わればシチュエーションも変わる。場所も時代も様々で、現実的な事件から幻想的なものまで全13編。

 通して読むと、個々の探偵たちよりも遥かに濃厚な、作者の独特の世界が浮かび上がる。謎と冒険と歴史と、作者の興味・関心の及ぶところで見せる、過剰なまでの凝り具合。軽妙なタッチの作品でも、詰め込まれた趣向の密度は高く、通して読めばもう満腹。

 独特の世界といえば、紺野天龍の『錬金術師の消失』(ハヤカワ文庫JA)もそうだ。錬金術が力を発揮する異世界を舞台に、論理を駆使したミステリを構築する。『錬金術師の密室』に続く第二弾である。

 人里離れた聖地にそびえ立つ、流れる水銀で形成された塔。古の錬金術師の技が生み出した、不可思議な建造物である。聖地を守る教会の司教と聖騎士、巡礼に訪れた人々、さらに錬金術の秘密を調べに来た軍人たちが集まった塔は、突然の嵐で外部から孤絶する。そして、訪問者の一人が殺された......。

 冒頭には奇妙な建物の見取り図。さらにはクローズドサークルでの連続殺人、特異な建造物の構造を駆使した大仕掛けと、ミステリ好きには馴染みの要素に事欠かない。

 事件の謎解きもさることながら、主人公たちの抱える因縁、そしてこの世界に隠された秘密が浮上する展開も魅力。次作の展開も楽しみだ。

 同じく隔絶された環境での連続殺人を描きつつ、登場するのは史実の武将たち。そんなユニークな作品が、田中啓文『信長島の惨劇』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)である。

 本能寺の変から十数日。三河湾の小島に、四人の武将が密かに招かれた。羽柴秀吉、柴田勝家、高山右近、徳川家康。彼らを招いたのは、本能寺で討たれたはずの織田信長だった。

 不気味なわらべ唄に沿って起きる、孤島での連続殺人。アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』へのオマージュだが、そもそも史実では四人が亡くなるのはもっと後のことである。だが、そんなことはおかまいなしに事件は起きる。どうするんだよこれ......。

 と、戸惑っている間にも事態は進展し、やがて途方もない結末へとなだれ込む。その解決には呆然とするほかない。明らかにおかしなことが書かれているのだが、同時に辻褄が合っていて、本能寺の変に関する不可解な事象まできちんと説明できてしまう。これが歴史の真実だったのか......と狂った考えが脳裏に浮かび、あわてて振り払う。さらには巻末の補遺に記された史実が、この奇異な解決を補強してしまう。大変な怪作を読んでしまったという気持ちで胸がいっぱいになる。

 大いに困惑しながらも、大いに楽しんだ一冊である。みなさんもぜひ手にとって、大いに戸惑っていただきたい。

(本の雑誌 2021年3月号掲載)

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