朝比奈あすかの婚活小説『人生のピース』を読みふける
文=北上次郎
児島みさ緒が、婚活パーティで愕然とするくだりが物語の後半に出てくる。ろくでもない男ばかりだったと潤子と礼香に報告したあと、高校時代に男子校の文化祭に行ったことがあるでしょ、と話しだす。ひとクラス四〇人だとして、キスしていいのは二人だけ、あとの八人は性格よければ付き合ってもいいけど、残り三〇人は何がどうなろうと無理と、みんなで分析したことを思い出すのである。そして、こう付け加える。
「あの文化祭で、うちらがキスできると思ったふたりや、付き合ってもいいと思った八人は、賭けてもいいけど、すでに売れてる。で、残り三十人のうち、仕事や収入でステイタスポイントを上げた人は婚活しなくて済む層に参入してる。結果、残っているのは、文化祭の底辺×仕事や収入でステイタスポイントを上げられなかった人のみ。そこにバツイチや親がおかしい的特殊案件を抱えた人たちが入ってきて、あたしが参加したような婚活パーティに来てる」
やめて。もう聞きたくない、と苦笑いしながら潤子が耳を押さえるくだりだが、いやはや、なんとも。朝比奈あすか『人生のピース』(双葉社)だ。
食品メーカー広報部で社内報を担当している大林潤子、広告会社の営業職児島みさ緒、国語教師水上礼香。中高の六年間を一緒に過ごした親友三人組の、三四歳の日々を描く婚活小説である。推定四五歳の独身美魔女、先輩社員の橋田真知子を始め、登場シーンは少ないものの強い印象を残す既婚のナンパ男まで、脇役がリアルに描かれるので、つい読みふけってしまった。
「『友だち婚』ってどうだろう」と礼香が言いだすくだりも引いておく。
「そういう種類の婚姻形態を作って、気の合う人どうしで家族になって助け合えれば、ひとりで暮らすよりずっと心強いよ。社会的にも便利な面がたくさんあると思うんだよねえ。だって、異性で結婚するシステムの意義って何かって言ったら、もうそんなの崩壊しているわけだし、むしろ養子を育てることを」
「うちの学校の子たちも、女の子どうしひっついて、くすくす愉しそうにしてる。ワタシらも、そうだったよね。あのままでいいじゃん。なんで結婚とかしなきゃいけないのかなあ。ワタシ、みさ緒や潤子ちゃんが子どもを産んでくれたら育ててあげるよ。三人で一緒に住んで養子を育てるとか最高。もっと早く思いつけばよかったな」
この手の話にこういうくだりが登場するのは珍しくないが、しかしそのたびに思うのである。本当にそうだと。潤子とみさ緒と礼香の三人が、結婚するのかしないのか、はたしてどんな道を選ぶのかは読んでのお楽しみにしておく。なかなか快調な長編である。
うまいなあと思わず唸ったのが、藤谷治『燃えよ、あんず』(小学館)。傑作『船に乗れ!』の作者であるから、そんなことは当たり前なのだが、改めて感服。というのは、一見、どうということもない話に見えるからだ。久美ちゃんとマサキ君の物語は、そんなに珍しい話ではない。おそらくここで要約してしまうと、この小説の美点が全部消えて、陳腐にすら思えてしまうだろう(だから要約しない)。ところが悠然とした語り口にまず、ヤラれる。これが素晴らしい。簡単に真似できるものではなく、これこそ藤谷治の才能というものだろう。しかも構成が群を抜いて秀逸なのだ。だから、どんどん引き込まれていく。
そして、獅子虎が出てくるともう降参だ。獅子虎とは何者なのかは、本書を読まれたい。異例だが、ラスト三行のうちの二行を引く。
「一人前になったなあ、優樹よ。ええ? ついこの間まで、俺の歌う『カルメン』に、きゃっきゃと笑っていたのになあ」
これは獅子虎の述懐だ。それに続く最後の一行がいい。
ヘンドリック・フルーン『83 1/4歳の素晴らしき日々』(長山さき訳/集英社)もいい。ケアハウスで暮らしている老人の一年間を日記形式で描く小説だが、老人ホームでもいじめがあったりするなど、驚くことが少なくない。
「ここでは噂話、無視、嘲笑が絶えない。どんなに子どもっぽいこともここでは起こりうる」
というのだ。
笑いは年齢とともに減少するので老人ホームでの笑いは少ないとか、夫婦で入居している場合、他の女性が少しでも旦那に関心を示すと、狡猾な番犬のように追い払おうとするとか、ケアホーム内のさまざまな様子が語られるが、いちばん印象に残ったのは、「認知症が進んだら、私が乗り気でないことに無理やり参加させようとしないでくれる?」と、親しい老婆に言われるくだり。彼女の説明によると、認知症患者をなんとしてでも楽しませ、意欲の低下から救い出さねばならない、というのは大いなる誤解なのだそうだ。
「認知症のお年寄りにとっては、回復に三日かかるほど疲れることなの」
そうなんですか。おっと大事なことを忘れていた。この本が強い印象を残すのは、それだけ年老いても親密な友情と、淡い恋があるという真実だ。暗い側面ばかりを見ることもない。
今月のラストは、平谷美樹『柳は萌ゆる』(実業之日本社)。盛岡藩の家老、楢山佐渡の半生を描く歴史小説だが、読み始めたらもう止まらない。藩をまとめあげるまでの前半と、官軍と戦うべきかどうするか維新の動乱に立ち向かう後半の、どちらもたっぷりと読ませて飽きさせないのだ。この楢山佐渡、高橋克彦が『天を衝く』で描いた南部藩の九戸政実のように勇ましくはないけれど、しかしその分、こちらには家族のドラマがぎっしりとつまっている。いい小説だ。
(本の雑誌 2019年1月号掲載)
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- ●書評担当者● 北上次郎
1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。
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