『クロストーク』は2018年オールエンタメの「幻の1位」だ!

文=北上次郎

  • クロストーク (新・ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『クロストーク (新・ハヤカワ・SF・シリーズ)』
    コニー・ウィリス,大森望
    早川書房
    2,970円(税込)
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 いやあ、素晴らしい。これほど愉しい小説を読むのは久々で、本が届いた日の夜から読み始め、ひたすら読み続けて翌日の夜に読了。ときどき食事などの休憩ははさんだけれど、一気読みとはこのことだ。コニー・ウィリス『クロストーク』(大森望訳/早川書房)である。

 画期的な脳外科手術EEDを受けると、恋人や夫婦がたがいの気持ちをダイレクトに伝え合うことが可能になった未来が舞台。ヒロインは、携帯電話会社に勤務するブリディ。恋人のトレントとこの手術を受けるのだが、つながった相手は社内一の変人、C・B・シュウォーツ。つまり恋人以外のヘンな男とつながっちゃうのである──というところから始まる話で、ここからすごいぞ、怒濤の展開が始まっていく。

 この先のストーリーはいっさい紹介しないほうがいい。そのストーリーの転がし方が天才的にうまいので、驚くことの連続であることを書くにとどめておく。えーっ、なんなのこれ!という驚きがあり、しばらくするとふたたび、嘘ーッこうなるのかよ、とびっくりし、またしばらくすると、ひゃあと驚愕の展開が待っていたりする。そのたびに物語の面白さが膨らみ、奥行きが増していくから素晴らしい。そのギアの上がる回数は4度。つまり、そのたびにどんどん面白くなる。ホントにすごい。細かく語りたいところだが、それをしてしまうとネタ割れになり、読書の興を削いでしまうから、ここはぐっと我慢。

 お断りしておかなければならないのは、私はコニー・ウィリスのいい読者ではないことだ。
『航路』は最後まで読んだものの書評を書けなかったし、その他の作品も、なんだっけなあ、途中で挫折したものがある。そういう読者でもこの『クロストーク』は大丈夫なのだ。むしろSFを読み慣れていない読者にこそ、本書をすすめたい。小説は愉しくなければいけないとは思っていないが、出来れば愉しいほうがいいと考えている私のような読者には、理想のテキストといっていい。

 この小説の奥付に記載されている発行日は、2018年12月25日である。本の雑誌2019年1月号に載せた「2018年エンターテインメント・ベスト10」は、2017年11月から2018年10月までに刊行された本を対象にしているので、当然ながらこの『クロストーク』は対象外だった。しかし2018年ベスト10を、1月から12月までに刊行された本を対象にするなら、時代小説、ミステリー、SF、家族小説、恋愛小説、青春小説など、あらゆるエンテーテインメントの中で、ベスト1だったかもしれない。つまり、これは、2018年オールエンタメの、幻の1位だ!

 続いて、伊与原新『月まで三キロ』(新潮社)を紹介すると、またSFかいと言われそうだが、こちらはSFではありません。

 六編を収録した作品集だが、これが妙に心にひびくのである。たとえばイチオシの「エイリアンの食堂」。小学三年生の鈴花は、父親の営む食堂に毎日のように現れる女性を、プレアデス星からやってきた宇宙人だと思っている。だから、ひそかにプレアさんと名付けている。これはそれだけの話だ。であるのに、鈴花自身も気がついていない未来を、鮮やかに描きだしている。こんこんと湧いてくる力が爽快だ。

 忘年会ですすめられたのが、篠綾子『青山に在り』(KADOKAWA)。すでにたくさんの著作を持つ作家であるのに、いまごろ気がつくなんて遅すぎてすみません。川越藩筆頭家老の息子、小河原左京を描く時代小説である。

 しかしいまあわててこの作家の旧作を集めているので、評価はそれらの旧作をまとめて読んでからにしたい。

 興味深く読んだのが、はあちゅう『仮想人生』(幻冬舎)。私はSNSの世界に詳しくないので、ここに描かれていることがどこまでリアルなのか、その判別は出来ないけれど、たとえば裕二21歳が朝の電車で、スマホを見るふりをしながら、周囲の人間を観察しているシーンなどに、SNSとは全然関係のない、そういうシーンに、妙なリアリティが漂っている。

 今月は、ノンフィクションで締めくくる。川西玲子『戦時下の日本犬』(蒼天社出版)だ。つい最近、馬の歴史を調べたばかりなのだが、犬にも同じような歴史があったとは思ってもいなかった。明治維新後の洋犬流入によって、日本の在来犬が絶滅の危機に瀕したこと。戦時下ではお国に供出しなければならなかったこと。まるで馬と同じ運命だ。

 馬との違いは、「役に立たない犬を飼うのはぜいたくだ」「餌がもったいない」と存在そのものを否定されたこと。なんと、日本全国あちこちで撲殺されたというのである。もちろん軍用犬もいたが、最初の軍用犬は洋犬が占め、日本犬にその役がまわってきたのは犬が足りなくなってからだ。

 戦時下で大陸に渡った馬は五十万頭とも言われているが、正確な記録はいっさい残っていない。その頭数は軍事秘密であったからだ。同様に、当時何匹の犬が撲殺されたのか、何匹が軍用犬になったのかについても記録が残されていない。

 日本犬保存会の会報「日本犬」12巻6号(昭和18年9月)で、石川忠義理事はそういう時代の趨勢(犬の供出や撲殺)を理路整然と批判したらしいが、その会報もその号が戦前最後の号になったと著者は書いている。

 さまざまな文献、資料、証言などを引きながら、著者はそういう時代をまるごと鮮やかに描きだしている。犬たちの運命を思うと、胸がちくんと痛くなってくる。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 北上次郎

1946年東京生まれ。明治大学文学部卒。1976年、椎名誠と「本の雑誌」を創刊。以降2000年まで発行人とつとめる。1994年に『冒険小説論』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『書評稼業四十年』(本の雑誌社)、『息子たちよ』(早川書房)がある。

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