凄まじい筆力のサスペンス『レイチェルが死んでから』に注目!

文=小財満

  • レイチェルが死んでから (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『レイチェルが死んでから (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    フリン ベリー,田口 俊樹
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 誰かが嘘をついている (創元推理文庫)
  • 『誰かが嘘をついている (創元推理文庫)』
    カレン・M・マクマナス,服部 京子
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • サンダルウッドは死の香り (論創海外ミステリ217)
  • 『サンダルウッドは死の香り (論創海外ミステリ217)』
    ジョナサン・ラティマー,稲見佳代子
    論創社
    3,300円(税込)
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  • 用心棒 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
  • 『用心棒 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』
    デイヴィッド ゴードン,青木 千鶴
    早川書房
    1,760円(税込)
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 2017年エドガー賞最優秀新人賞。この年の候補作で言えばビル・ビバリー『東の果て、夜へ』を偏愛する自分ではあるが、当の受賞作フリン・ベリー『レイチェルが死んでから』(田口俊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)──この作品は認めざるをえない。

 姉の刺殺死体を発見する羽目になった女性が犯人捜しにのめりこんでいく様を、主人公の独白で延々とつづられるサスペンス、といえば本当にそれだけの小説なのだが、その単純なプロットを支える筆力が凄まじいのだ。一時間前に出発し姉に会いにいっていれば助けられたのではないかという思い込みから精神に変調をきたした主人公は、様々な人間を容疑者ではないかと疑い様々な行動にでる。十五年前に姉に乱暴を働いた者が犯人ではないかと考え、類似事件の裁判記録をあさり、その犯人に会う。姉の最後の目撃者である配管工が姉の監視をしていたのではと彼の後をつけはじめる、等々。そうして姉が住んでいたロンドン近郊の田舎町マーロウの陰鬱とした描写を背景に、その妄想に近い彼女の衝動は田舎町マーロウの様々な暗部を暴いてしまうことになる。殺人事件を発端に崩壊していくコミュニティを、ドキュメンタリー・タッチで描いたヒラリー・ウォー『この町の誰かが』が、信用できない語り手の独白のみで再構成されたような......といえば伝わる人には伝わるだろうか。ドメスティック・サスペンスの新境地といえる傑作だ。

 信用できない語り手を主人公にした作品が続くが、カレン・M・マクマナスのデビュー作『誰かが嘘をついている』(服部京子訳/創元推理文庫)もまた主人公となる四人の高校生の独白のみで構成されたヤングアダルト向け謎解きミステリの佳作。

 携帯電話をクラスに持ち込んだ罰で理科室に集められた五人の生徒たち。その生徒の一人、高校のゴシップ掲示板(裏サイトのアプリ)の運営者サイモンが持病のピーナッツアレルギーで死亡。どうやら水を飲んだコップに仕込まれていたらしいのだが、というあらすじだ。

 主人公たち四人は全員がサイモンのアプリで暴かれたくない秘密をもつ学年でも注目度が高い生徒たち。そして警察がサイモンの殺人事件を捜査していく中で、彼らが語りたがらない秘密が暴かれていく。徐々に変容していく彼らの日常──その中で描かれるのは、ハイスクールという小さなコミュニティで生きる彼らのどうしようもない生きづらさや、抑圧された人間性だ。そして事件が解決される過程を通してそれらが解消・昇華されていくという、群像劇的な青春小説として非常に優れた構成となっている。また、ミステリとしてはサイモン殺害の動機が作品のテーマと繋げられているという意味で丁寧なホワイダニットが感慨深い。四人の高校生たちの秘密の正体が四人それぞれ異なるように、人それぞれに青春期の〈抑圧〉の形があることを思わせてくれる作品だ。

『処刑6日前』などで知られる酔いどれ探偵ビル・クレインのシリーズ第四作、ジョナサン・ラティマー『サンダルウッドは死の香り』(稲見佳代子訳/論創海外ミステリ)が邦訳された。1938年発表の古典作品にして他の同シリーズ作品と同様、誘拐と密室殺人という二つの謎を解き明かす本格謎解きの要素を持ちながら、軽口と警句を連発し、女と酒をこよなく愛する軽ハードボイルド・タッチの作品だ。

 富豪の元に送られた脅迫状の主を調査するために送りこまれた私立探偵クレインとオマリー。容疑者は富豪が借金をしているマフィア、富豪の妹を拐かした過去のあるエセ伯爵、富豪のもとに滞在する怪しげでエスニックな外見の美女など枚挙にいとまがない。そんな中、富豪の屋敷である女が毒殺される。

 シニカルでブラックな嗤いが光るシリーズだ。なにせ命が懸かった依頼主を相手にしながら、やることと言えば海辺で美女たちを口説いた後、バーに赴き「スコッチのトリプルをダブル」。強面の相手に路地裏で会ったら、と言われても「絶対、路地裏には行かねえよ」とうそぶく始末。そんな調子の外れたやりとりの中に、サラッと伏線が仕込まれているから不思議だ。同シリーズの他の作品よりは謎解き要素は少なめ、かつアクション多めの一作だが、密室殺人を扱った作品がゆえに物理トリックまで用意されている。この変なサービス過剰具合がこのシリーズの面白いところだ。

 サブカルチュア的なジャンル・フィクションのごった煮メタミステリ『二流小説家』でデビューし、うだつの上がらない主人公たちを描いてきたデイヴィッド・ゴードンだが新作『用心棒』(青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ)では、作風をガラリと変え、正統派ヒーロー・アクション小説に挑んでいて、これがめっぽう面白い。

 トレヴェニアンが『アイガー・サンクション』で荒唐無稽なスパイ・スリラーのパロディを書いたように、本作もまた過剰にパロディ的。なにせ主人公ジョーはハーバード大中退で元陸軍特殊部隊隊員、ドストエフスキーを愛読するストリップ劇場の用心棒。リアリティは欠片もないスーパーマン的な設定だが、作者のジャンルへの愛情が垣間見えるがゆえに、ニヤリとさせられる。

 武器密売の現場を襲うという犯罪者クラレンスのヤマに運転手として参加したことがきっかけで、ジョーはFBIと中国系マフィアから狙われる身に。職業的犯罪者でありながらチャーミングで高潔な心をもつジョーを主人公に、リチャード・スターク〈悪党パーカー〉的なケイパー小説をヒーロー/アクション小説に振ったような作りだ。頭を空っぽにしてページを繰る娯楽作品として読まれたい。

(本の雑誌 2019年1月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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