少年たちの物語が交錯する『指名手配』がいいぞ!

文=小財満

  • 指名手配 (創元推理文庫)
  • 『指名手配 (創元推理文庫)』
    ロバート・クレイス,高橋 恭美子
    東京創元社
    1,496円(税込)
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  • ミッドナイト・ライン(上) (講談社文庫)
  • 『ミッドナイト・ライン(上) (講談社文庫)』
    リー・チャイルド,青木 創
    講談社
    1,056円(税込)
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  • ミッドナイト・ライン(下) (講談社文庫)
  • 『ミッドナイト・ライン(下) (講談社文庫)』
    リー・チャイルド,青木 創
    講談社
    1,034円(税込)
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  • オスロ警察殺人捜査課特別班 フクロウの囁き (ディスカヴァー文庫)
  • 『オスロ警察殺人捜査課特別班 フクロウの囁き (ディスカヴァー文庫)』
    サムエル・ビョルク,中谷 友紀子
    ディスカヴァー・トゥエンティワン
    1,650円(税込)
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  • 鎮魂のデトロイト (ハーパーBOOKS)
  • 『鎮魂のデトロイト (ハーパーBOOKS)』
    シーナ カマル,森嶋 マリ
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,090円(税込)
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 ロバート・クレイス『指名手配』(高橋恭美子訳/創元推理文庫)はロサンゼルスの私立探偵エルヴィス・コールのシリーズ第十三作(相棒ジョー・パイクのシリーズを含めると第十七作)。日本では第六作『サンセット大通りの疑惑』から前作『約束』までシリーズの邦訳が途絶えていたが三十年を超える人気シリーズだ。

 今回、私立探偵エルヴィス・コールのもとに舞い込んだ依頼は悩むシングル・マザーのデヴォンからのものだった。息子タイソンの金回りのよさが度を越しており、犯罪などに手を染めていないか調査してほしいというのだ。案の定、コールの調査ではタイソンの所持物から盗品が見つかることに。一方、夜の街では謎の男たち二人組がタイソンの友人アレックの居場所を捜していた。手荒なこともいとわない男たちは、彼を見つけ出し殺害してしまう。どうやらタイソンは友人たちと空き巣を繰り返していたらしく、謎の男たちは行方をくらませたタイソンらを捜しているようなのだが。

 前半はコールと謎の男たちのどちらが先にタイソンと接触できるのかという競争、後半は男たちがタイソンを捕まえようとする理由の謎が物語を引っ張る原動力となる。軽快なタッチ、コールの軽口と警句は変わらぬまま、ストーリー展開の妙は老成円熟の域に達している。そして思春期の少年たちやシングルマザーなど弱者に対する作者の視線が優しい。コールの相棒パイクを主人公にした『天使の護衛』もそうだが、この作者は少年少女の思春期の機微を書かせると実に上手い──というか泣かせる。タイソンの友人アンバーと母親の関係、タイソンとかつての友人でハッカーのカールの友情。彼らひとりひとりの物語の交錯が大団円の感動を生むのだ。シリーズとはいえこの作品から読んでまったく問題なく、初読者も安心して読まれたい。

 シリーズものばかりのご紹介となるが、巨匠リー・チャイルドのジャック・リーチャーの第二十二作『ミッドナイト・ライン』(青木創訳/講談社文庫)は近年の作品の中でも私立探偵ものの色が強い佳作だ。

 陸軍士官学校。その卒業記念指輪をたまたま入った質屋で見かけたリーチャー。自身、同校の卒業生であるリーチャーは訝る。この指輪は手放されないものだ、通常は。女性のものらしきその指輪をもとの持ち主に返すため、彼は指輪をその質屋に売った人間の情報を集め、スコーピオという男が経営するコインランドリーにたどり着く。一方、元FBI職員の私立探偵ブラモルもまた何者かの依頼によって同じコインランドリーの様子を探っているのだった。

 主人公の動機づけは正直弱いと言わざるを得ない(指輪ひとつで五人も十人もぶん殴られても......)し、派手さ控えめだが、個人的にはシリーズの中でも好みの作品だ。リーチャーの超人ぶりが物語の興を削ぐこともある本シリーズだが、本作は指輪の持ち主、セリーナ・ローズ・サンダーソンという女性──傷痍退役した陸軍少佐と彼女の双子の妹ティファニーを登場させ、彼女たちの強さと脆さを表現することによって物語に緊迫した焦燥感を作ることに成功している。物語の核となる、ある傷痍軍人の死の謎の真相も胸を打つものだ。

 サムエル・ビョルク『オスロ警察殺人捜査課特別班 フクロウの囁き』(中谷友紀子訳/ディスカヴァー文庫)はノルウェー発の警察小説シリーズの第二作。

 オスロ郊外の森で発見された少女の死体。羽を敷き詰められた地面に横たわり、口の中にはユリの花、そして周囲には儀式に用いられたと思われる五芒星を形作る蝋燭。検死の結果、被害者は痩せ細っており動物の餌しか与えられていなかったことが発覚する。この事件の捜査のため、オスロ警察殺人捜査課特別班を率いるムンクは、前の事件の影響から精神的に不安定なミアを復職させようとするが。

 前作同様、猟奇的な事件を捜査する特別班の個性的な面々の活躍が楽しめる。双子の姉の死をトラウマに持つミア、独り身で元妻の夫に嫉妬するムンク、昔の仲間が事件に関与しているらしい元ハッカーのガーブリエル、そしてサイド・ストーリーとして描かれるムンクの娘ミリアムの不倫。特別班のメンバーのプライベートが事件の解決とリンクしている点が読みどころだ。

 シーナ・カマル『鎮魂のデトロイト』(森嶋マリ訳/ハーパーBOOKS)はデビュー作『喪失のブルース』に続く調査員ノラ・ワッツを主人公にした三部作のシリーズ第二作。

 ノラ・ワッツは雇い主のジャーナリスト、セブが末期がんになったことから、探偵事務所を退職し彼の自叙伝をつくる手伝いをしていた。そんなノラのもとに米軍海兵隊に所属していたノラの父親の元同僚だという男が訪ねてくる。彼女の父親が自殺したのはレバノンで起きたことが原因だと言い残して消えた男の言葉を無視できなかったノラは、父の故郷デトロイトへ飛び真相を探ることに。ノラはデトロイトという異郷の地でなぜか何者かに命を狙われるのだが。

 ノラの物語と並行し、前作にも登場した元刑事ブラズーカが友人の大富豪に雇われ、富豪の元恋人が死ぬ原因となった麻薬の流通経路を探るストーリーが展開される。ノラの父親の自殺の真相の物語、ノラがなぜか命を狙われる物語、ブラズーカの麻薬の調査の物語と、三つの物語が交わらないままで、意外性に欠けるのは玉に瑕だがノラ──四十前後の偏屈な根無し草の女性の物語としては第一作と変わらずすばらしい。自分が里子に出される原因となったもの、つまり己の過去、ルーツを見つける過程で自分の両親のことを知っていく旅路の物語だ。

(本の雑誌 2019年7月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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