孤軍奮闘の生物学探偵セオ・クレイが帰ってきた!

文=小財満

  • 生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
    アンドリュー メイン,唐木田 みゆき
    早川書房
    1,034円(税込)
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  • 魔女の組曲 上 (ハーパーBOOKS)
  • 『魔女の組曲 上 (ハーパーBOOKS)』
    ベルナール ミニエ,坂田 雪子
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,100円(税込)
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  • 魔女の組曲 下 (ハーパーBOOKS)
  • 『魔女の組曲 下 (ハーパーBOOKS)』
    ベルナール ミニエ,坂田 雪子
    ハーパーコリンズ・ ジャパン
    1,100円(税込)
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  • 見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)
  • 『見習い警官殺し 上 (創元推理文庫)』
    レイフ・GW・ペーション,久山 葉子
    東京創元社
    1,144円(税込)
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  • 見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)
  • 『見習い警官殺し 下 (創元推理文庫)』
    レイフ・GW・ペーション,久山 葉子
    東京創元社
    1,144円(税込)
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  • 突破口 (弁護士アイゼンベルク) (創元推理文庫)
  • 『突破口 (弁護士アイゼンベルク) (創元推理文庫)』
    アンドレアス・フェーア,酒寄 進一
    東京創元社
    1,540円(税込)
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 今月は「これぞ大作!」という単行本作品ではないが、ピリッと辛い刺激的な文庫作品四作をご紹介。まずはアンドリュー・メイン『生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。あらゆるデータを駆使し生き物の生態に迫る生物情報工学を応用し、事件に立ち向かうセオ・クレイのシリーズ第二作だ。

 前作の事件以来、大学教授を辞し、国防情報局の関連企業に身を寄せるセオ・クレイは、自らの研究が軍事・諜報という分野で活用され、人の命を奪いかねないことに嫌気がさしていた。そんな彼に会いに来たのは九年前から息子が行方不明だという男だった。この事件の再調査をするうちにセオは白いキャデラックに乗った黒人"おもちゃ男"という不気味な都市伝説に行き当たる。

 セオ・クレイは通常の捜査とはまったく異なる発想で、限られた情報の中からとんでもない事実を探り当ててしまう。本作においても彼は連続誘拐殺人犯と対決することになるのだが、その犯人が実在する確かな証拠が芋づる式に次々と発見される瞬間の、その快感たるやすさまじい。前作でも一見何もないはずのところからあまりにむちゃくちゃなものを見つけてしまうため、セオは周囲の人間から自分の言うことを信じてもらえず孤軍奮闘する羽目になっていたが、本作では国際謀略の色が加わることで前作以上に孤立を深めて捜査をすることになる。本国では本シリーズは第四作まで出版されており続きが楽しみなシリーズだ。

『氷結』から始まる警部セルヴァズを主人公にしたシリーズの第三作ベルナール・ミニエ『魔女の組曲』(坂田雪子訳/ハーパーBOOKS)はセルヴァズではなくクリスティーヌという女性がその大半を主人公役として務めるシリーズ中では番外編という体ながら、登場人物たちが容赦なく追い詰められていくサスペンスだ。

 ラジオのパーソナリティ、クリスティーヌがクリスマス・イブに受け取ったのは自殺を予告する謎の女性からの手紙だった。その日からクリスティーヌには理不尽な脅迫が続き、やった記憶もない冤罪で仕事やプライベートにも支障をきたすようになる。何者かが彼女の人生を破滅させようとしているのか、果たして......というクリスティーヌへの仕打ちが苛烈極まる作者の悪意の塊のような作品だ。だが、その悪意の描写があることで、読者は目の前にある真実に気づかない──つまりその描写に作品上の必然性があると言えるところが本作の美点だ。クリスティーヌと警部セルヴァズの物語とが合流するところまでは読者の予想の範疇だろうが、その後、さらに物語の方向性が変わり、ある人物を中心にした物語となる驚きもある。近年、ピエール・ルメートルなどフランス人作家の活躍が目覚ましいがベルナール・ミニエもその一翼を担っていることが理解できる一作だ。

 レイフ・GW・ペーションといえばスウェーデンを代表するミステリ作家であり、一昨年、元・国家犯罪捜査局長官ヨハンソンを主人公にした『許されざる者』が邦訳されたことで注目を集めた。『許されざる者』から時代が遡り長官になったばかりのヨハンソンも登場する、殺人捜査特別班のお荷物、ベックストレーム警部を主人公としたシリーズの第一作『見習い警官殺し』(久山葉子訳/創元推理文庫)が邦訳された。

 警察大学の学生であり、ヴェクシェー署の受付でもあったうら若き女性が母親の所有するマンションで強姦殺人の被害者として発見された。県警本部は国家犯罪捜査局に応援を依頼し、ストックホルムから敏腕刑事が送られてくる......はずが今はバカンス期間の最中。人員不足で捜査の長として任命されたのは酒飲みで女好きの中年警部ベックストレーム。彼はほうぼうで騒ぎを起こしながら、のべつまくなしに事件の関係者のDNA検査を繰り返すのだが......。

 先に『許されざる者』で凄腕ヨハンソンのファンになった方に申し上げておくと、ヨハンソンの登場シーンは少ない。自称伝説の捜査官だが推理は冴えず、容姿も冴えず、女好きなれどセクハラを繰り返し女性には好かれず。そんなベックストレームの活躍、というか活躍できてなさ。好みは分かれそうなキャラクターだが、これがファースとしては面白い。脇を固める捜査班の面々も個性的で、最終的には事件が解決しないことに業を煮やした長官ヨハンソンが送り込む辣腕捜査員たちと、ベックストレームの落ちこぼれ捜査班とで、どちらが先に事件を解決できるかを競うことになる作りも楽しい。本作は長期休暇返上で刑事たちが捜査を行うという点でスウェーデン・ミステリの古典、刑事マルティン・ベック・シリーズ『煙に消えた男』のオマージュともなっている。

 法律家という顔も持つドイツの作家アンドレアス・フェーアが描く、弁護士ラヘル・アイゼンベルクを主人公にしたシリーズの第二作『突破口 弁護士アイゼンベルク』(酒寄進一訳/創元推理文庫)は交際相手を自作の爆弾で殺害したという容疑で逮捕されたテレビドラマ・プロデューサーの弁護と真犯人の捜査を描く作品だ。前作で元恋人の弁護によって衝撃的なラストを経験したラヘルだが、本作では映画界の闇へと足を踏み入れていくことになる。五年前におきた事件と現在を交互に描くことで明らかになる作りはサスペンスフル。本作ではラヘルが探偵バウムという男を雇うことで、法廷ではなく捜査が主体になり物語が進んでいくため法廷ミステリを期待すると肩透かしかもしれない。

(本の雑誌 2020年4月号掲載)

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●書評担当者● 小財満

1984年、福岡県生まれ。慶應義塾大学卒。在学中は推理小説同好会に所属。ミステリ・サブカルチャーの書評を中心に執筆活動を行う。

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