起死回生ヤケクソ柴犬雑誌のサクセスストーリー

文=仲野徹

  • 日本昭和トンデモ児童書大全 (タツミムック)
  • 『日本昭和トンデモ児童書大全 (タツミムック)』
    中柳 豪文
    辰巳出版
    1,650円(税込)
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  • 全身芸人ーー本物(レジェンド)たちの狂気、老い、そして芸のすべて
  • 『全身芸人ーー本物(レジェンド)たちの狂気、老い、そして芸のすべて』
    田崎 健太,関根 虎洸
    太田出版
    2,200円(税込)
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  • 東大を出たあの子は幸せになったのか~「頭のいい女子」のその後を追った
  • 『東大を出たあの子は幸せになったのか~「頭のいい女子」のその後を追った』
    樋田敦子
    大和書房
    1,650円(税込)
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  • 10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した
  • 『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち――世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した』
    マーク・ジョンソン,キャスリーン・ギャラガー,梶山あゆみ
    紀伊國屋書店
    1,980円(税込)
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  • すべての医療は「不確実」である (NHK出版新書 567)
  • 『すべての医療は「不確実」である (NHK出版新書 567)』
    康永 秀生
    NHK出版
    902円(税込)
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 平成も残りわずかになってきた。この30年の間に変わったものは多い。まったく気にしていなかったが、犬の飼われ方もそのひとつらしい。

 日本では、犬というのは庭先で飼うものと相場が決まっていたが、いまや家族の一員としての室内飼いが一般的になった。当然、犬にそそがれる愛情の度合いも大きくなる。

『平成犬バカ編集部』(片野ゆか/集英社)は、そんな時代に発刊され、大成功をおさめた柴犬専門雑誌『Shi-Ba』(辰巳出版)のサクセスストーリーである。

 というと、何も面白くなさそうだが、まず発刊のプロセスが素晴らしい。パチンコ雑誌を担当していた井上編集長が、その人望のなさから左遷される。そこで起死回生の策として思いついたのが柴犬専門雑誌だった。

 モチベーションは高かった。とはいうものの、柴犬の良さを世間に知らしめたい、という訳ではなくて、単に自らの愛犬・福太郎がいかに可愛いかを示したいというのが本音だった。

 企画のプレゼンで「絶対売れます!!」と断言したのではあるが、まぁ、ヤケクソというか、火事場のバカ力というか...

 しかし、スタッフに柴犬ファンが集い、あれよあれよという間に売り上げが伸びていく。10周年記念には、柴犬の緊縛を袋とじにしたというから、普通の雑誌じゃないわなぁ。

 平成が終わると、ますます昭和も遠くなりにけり、ということになるだろう。『日本昭和トンデモ児童書大全』(中柳豪文/タツミムック)に目をとおして昭和にはこんなにすごい出版文化(?)があったことを記憶しておきたい。

 なんとも怪しげな児童書のオンパレードである。怪奇系、ミステリー系、人体系、超能力系、UFO系、未確認生物(UMO)系など内容はじつにさまざまだ。その中からよりすぐったイラストが豊富に紹介されている。

 今の子どもが見たらいったいどう思うだろう。わざわざおどろおどろしくして描いてある、といえばいいのだろうか、今ではめったに見られなくなったタッチのイラストばかりである。

 昭和40年代から50年代にかけて、9つものレーベルが紹介されているのだから、かなり人気のあったジャンルであることがうかがえる。

 タイトルのラインアップを眺めてみると、さすがトップに紹介されているだけあって、講談社からの『ドラゴンブックス』シリーズが最高だ。

『恐怖と怪奇の世界 吸血鬼百科』とか『きみも悪魔博士になれる 悪魔全書』というような鬼気迫るものから、『食糧危機を生きぬくための 飢餓食入門』や『地球の危機を生きぬくための 生き残り術入門』などというサバイバル系まで、扱う範囲も幅広い。

 こういう、ホンマかウソかようわからん本を読む、というのは、大人への成長過程においてかなり必要な気がする。なんでもネットで調べてわかる時代よりも、昭和時代の方が、きっと「練れた子ども」の育成には適していたに違いない。

 もう一冊、昭和の香りがぷんぷん漂う本として、『全身芸人 本物たちの狂気、老い、そして芸のすべて』(田崎健太、関根虎洸/太田出版)を紹介したい。

 とりあげられている芸人さんは、「ボインはぁ~」で一世を風靡したギャンブル中毒の男・月亭可朝。元祖一発屋、わっかるかなぁ~、松鶴家千とせ。ウルトラマンの地球防衛軍から笑点の座布団係を経て、いまや老人をいじらさせれば日本一の毒舌男、毒蝮三太夫。

 それから、世志凡太・浅香光代という芸能界最強の夫婦。スミマセン、ご夫婦とは知りませんでした。そして、最後の門付け芸人・こまどり姉妹。

 ひとことでいうと、濃い。そして、それぞれにむちゃくちゃな味わいがある。もう、こんな感じの芸人さんというのは出てこないのではないだろうか。

 帯には「レジェンド本物たちの狂気、老い、芸」とある。狂気というのは言い過ぎかもしれないが、何かに憑かれたようなオーラを発しまくっている。それぞれの芸に対するプライド、そして、老いながらも追い続ける芸の道。

 文章もいいが、写真もいい。昔の写真ではなくて、現在の写真だ。いちばん読み応えがあるのは波瀾万丈のこまどり姉妹だろうか。いやぁ、まいりましたとしか言いようがない。

 わたしの頭の中では、こまどり姉妹といえば島倉千代子である。勝手なことを言うなと言われるかもしれないが、どちらも同じ年に生まれて、多額の借金に苦しんだ昭和の歌姫だからしかたがない。そして、島倉千代子といえば、誰がなんと言おうと「人生いろいろ」。

『東大を出たあの子は幸せになったのか』(樋田敦子/大和書房)は、東大を卒業した女性30人の物語である。

 東大女子の人生もいろいろ、なんらかの一般的な結論がある訳ではない。しかし、さすがは東大女子、その生き方は、いろいろという言葉がまったく物足りないくらいバラエティーに富んでいる。

 最後の二冊は真面目な医学系の本を。まず『10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち』(マーク・ジョンソン、キャスリーン・ギャラガー/梶山あゆみ訳/紀伊國屋書店)は、遺伝性の難病に冒された少年についてのドキュメンタリーだ。その原因がいかにして突き止められたか、まるでミステリーのような面白さ。

 自分の健康を守りたい人は、絶対に、東大教授・康永秀生の『すべての医療は「不確実」である』(NHK出版新書)を読むべきである。この一冊を理解しただけで、医学リテラシーが飛躍的に向上することを保証いたします。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 仲野徹

1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。

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