進化は繰り返す!? 目からウロコの知的興奮本

文=仲野徹

  • 生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む
  • 『生命の歴史は繰り返すのか?ー進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む』
    Jonathan B. Losos,的場 知之
    化学同人
    3,080円(税込)
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  • ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
  • 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
    ブレイディ みかこ
    新潮社
    1,458円(税込)
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  • 夕陽に赤い町中華
  • 『夕陽に赤い町中華』
    北尾 トロ
    集英社インターナショナル
    1,760円(税込)
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  • 路地裏で考える (ちくま新書)
  • 『路地裏で考える (ちくま新書)』
    克美, 平川
    筑摩書房
    858円(税込)
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 どういう訳か、このところ、やたらと面白い本に出くわしている。うれしい反面、読書時間が増えすぎて困りもする。

 そんな中でのトップバッターは、『生命の歴史は繰り返すのか? 進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む』(ジョナサン・B・ロソス/的場知之訳/化学同人)。目からウロコの一冊だ。

 かつて進化関連の本をたくさん書いた、今は亡きスティーヴン・グールド。グールドは、進化は決して繰り返さない、と主張し続けた。

 グールドの本はどれも人気があったので、わたしを含め、その考えが頭に刷り込まれている人が多いだろう。だから、この本のタイトルを見たとき、トンデモ本かと思ったほどだ。しかし、読み始めて驚いた。

 進化を厳密な意味で再現させることなどできない。しかし、実験的に近似した状況を作り出すことは可能だ。実際、トカゲ、グッピー、ショウジョウバエ、キツネ、そして、細菌などを用いた進化実験が数多くおこなわれてきた。

 その結果わかったことは、同じような進化は繰り返されうる、ということだ。もちろん、グールドが説いたように、一回きりで繰り返されない進化もある。しかし、確実に、生命がリプレイされることもあることが証明されている。

 著者のロソスは一流の進化生物学者で、ある時は自分の物語として、またある時は俯瞰図のように、この分野を描き出す。知的興奮度の面では、文句なしに今年上半期最高の1冊だ。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)は、英国在住の保育士ブレイディみかこさんの本。中学校に入学した一人息子の記録である。

 カトリック系のエリート公立小学校を卒業したが、「元・底辺中学校」へと進学することになった。そこは、英国の下流階級の縮図のような学校だ。

 貧困家庭の子ども、人種差別主義者の美少年、ジェンダーに悩むサッカー少年、などなど、周囲の子どもたちはじつにさまざまだ。そんな中、いろいろな出来事がおきる。

 大人にとっても、これはどうすべきかと悩みまくるようなシチュエーションがたくさんある。しかし、実に逞しく、そして、正しく解決していく。もちろん、パンク系のお母さんと相談したり、ちょっとぼんやりして鷹揚なお父さんの意見を聞いたりする。しかし、最終的には、すべて自分で決めていく。

 正直なところ、舌を巻いた。フィクションのような出来事が次々とおこり、それをすべて乗り越えていくのだ。学園ドラマですら、こうはいくまい。

 しかし、どうしたら、こんな素晴らしい子どもを育てることができるのだろう。

 もうひとつ、おもしろかったのは、英国の教育事情である。学校の制度や、先生の考え方、さらには政府の方針など、日本とはずいぶんと違う。どちらがいいとかいう問題ではなく、我々は日本のシステムに慣れすぎていることに気づくべきだ。

 じつはこの本、タイトルが実に示唆的なのだが、その意味は読んでのお楽しみ。

 真っ黄色なカバーの本の次は、真っ赤な本、『夕陽に赤い町中華』(北尾トロ/集英社インターナショナル)を。

 町中華なる言葉があるのを知らなかった。なるほど言い得て妙である。昔から続く個人営業の中華料理店のことをいう。北尾さん、裁判の傍聴人から、いつの間にか町中華探検隊・隊長になっておられたんですね。

 隊長として何百軒もの町中華を食べ歩き、取材し、その由来や発展の歴史、化学調味料の使い方などなど、さまざまなことを明らかにしていく。

 気にもしていなかったが、確かに、町中華では、中華料理店なのにカレーライスやオムライスがメニューにあるのは不思議なことだ。そんな謎も解き明かされる。

 最近では、経営者の高齢化と後継者不足や、チェーン店の展開に押されて減りつつある町中華。なんとかふんばって昭和の香りを残してほしい。

 町中華は路地裏によく似合う。だからという訳でもないが、次は『路地裏で考える』(平川克美/ちくま新書)を。

 第一章「路地裏の思想」では、半径三〇〇メートル内で生きることを決めた平川さんの考えと生活がいろいろと。幸せって、身近なところにあるもんやなぁ。

 年間三〇〇本もの映画を観るという平川さん。第二章は「映画の中の路地裏」だ。観たことのない映画が多かったけど、私的B級映画ぶっちぎりベスト1の「オーケストラ!」を絶賛しておられるのがうれしかった。

「旅の途中で」と題された第三章は、温泉をはじめとした旅行の記録。友人とこういう旅をできるように生きてこられた、というのが素晴らしいなぁ。

 もう一冊ちくま新書になるが、超真面目、学術書といっていいレベルの『教育格差』(松岡亮二)を紹介したい。

 膨大なデータ解析から、日本は「生まれ」が大きくモノを言う「穏やかな身分社会」であることが明かされていく。そうやったんや...

『ベストセラー伝説』(本橋信宏/新潮新書)は、中高年の本好きにはたまらない。六〇年代から七〇年代にバカ売れした本や雑誌が、どんな経緯で企画されたのか。当時を知る人から丹念に取材していく。出版界にとってはええ時代やったんですなぁ。

「科学」と「学習」、「豆単」と「でる単」、「ノストラダムスの大予言」などなど。いやぁ、懐かしすぎですわ。

 ちなみに「試験にでる英単語」、東京では「でる単」やったらしいけど、大阪では「しけ単」でした。どうでもええけど。

(本の雑誌 2019年10月号掲載)

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●書評担当者● 仲野徹

1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。

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