JRと革マル派の関係に迫る『トラジャ』にのめり込む!

文=仲野徹

  • トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉
  • 『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』
    研介, 西岡
    東洋経済新報社
    2,640円(税込)
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  • 行動経済学の使い方 (岩波新書)
  • 『行動経済学の使い方 (岩波新書)』
    文雄, 大竹
    岩波書店
    882円(税込)
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  • つけびの村  噂が5人を殺したのか?
  • 『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』
    高橋ユキ(タカハシユキ)
    晶文社
    1,760円(税込)
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  • 地球の生きものたち〔決定版〕
  • 『地球の生きものたち〔決定版〕』
    デイヴィッド アッテンボロー,日高 敏隆,今泉 吉晴,羽田 節子,樋口 広芳
    早川書房
    9,900円(税込)
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 鈍器として凶器にも使えそうな装丁の『トラジャ』(西岡研介/東洋経済新報社)は、おそらく、これまでに読んだ中でいちばん分厚い本だ。「JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉」というサブタイトルがなければ、何についての本なのかが全くわからない。

 タイトルの「トラジャ」とは、「旧国鉄の労働組合『動労』『国労』出身の有能な革マル派同盟員で、分割・民営化前後に『職業革命家』として革マル派党中央に送り込まれたメンバーに名付けられた名称」のことである。

 三部構成になっているが、大きくは、JR東日本最大の労組であるJR東労組における革マル派の活動とJR北海道の「歪な労政」についての話である。

 革マルはまったくの過去、昭和時代の話かと思っていた。しかし、平成、いや、21世紀になっても、JR東労組でかなりの活動をおこなっていた。

 つるし上げ、拉致など、出てくる言葉がすごい。時には「肉体言語」も使われたという。聞き慣れない言葉だが、暴力に訴えることをそういうらしい。

 JR北海道の社長を務めた二人が自殺しておられたというのも寡聞にして知らなかった。いずれも、おそらくは労使関係が大きな原因だと考えられている。

 この本、ご恵送いただいたのはいいが、やたらと分厚い。それに、JRやら労組やらには興味がない。でも、義理もあるしなぁと読み始めたら、あまりの面白さにのめり込んでしまった。いやぁ、すごい本ですわ。

 次は、肉体言語の使い手、ではなくて、肉体を言語化する達人、元ラグビー日本代表の平尾剛さん(平尾誠二さんではありません、念のため)の本を。

 やれば成果が見えやすいので、筋トレは、つい熱心にやってしまいがちだ。しかし、「つけた筋肉」と「ついた筋肉」はまったくの別物で、筋トレでつけた筋肉は、むしろパフォーマンスには邪魔だと喝破する。自らの経験も踏まえながら丁寧に教えてもらえるから説得力は抜群だ。

 これは、文字通りの「筋トレ」だけの話ではない。勝利至上主義やランキング向上といった、わかりやすい目標を掲げてのトレーニングに共通する「筋トレ主義」とでも呼ぶべきものの悪しき真実なのだ。

 さらに、このような「主義」はスポーツに限定されたことではなく、学業や営業などにもあてはめることができる、と展開されていく。そして、目に見えるわかりやすい目標だけにとらわれるな、という考えを『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)と名付けた。

 脱・筋トレに必要なのは、しなやかさ。スポーツならば、心と身体のバランスが正しく保たれるようにトレーニングすること。身体論やスポーツ論に留まらず、幅広く、それこそしなやかに思索が展開されている。

 人間は必ずしも合理的に意志決定するわけではない。だから、心理や感情もとりいれて考えよう、というのが行動経済学の基礎である。そして、「行動経済学的知見を使うことで人々の行動をよりよいものにするように誘導する」のがナッジだ。

 我らが大阪大学の誇る行動経済学の大家、大竹文雄先生の『行動経済学の使い方』(岩波新書八二〇円)では、まず行動経済学の基本的概念がわかりやすく説明される。その後で、ナッジとは何か、どうすれば有効に使えるか、が解説される。

 これはさまざまな目的に応用できそうだ。「脱・筋トレ思考」を広めるためのナッジってどんなんがあるやろうか、とか、漠然と考えてみるのも楽しい。

 次はかなり怖い本『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(高橋ユキ/晶文社)にいきましょう。

 住民わずか12人の限界集落で、そこに住む63歳の男が5人の住民を殺して放火した。戦慄の事件を覚えておられる方も多いだろう。2013年7月におきた山口連続殺人放火事件の真相をめぐるノンフィクションだ。

 犯人の家の窓には、犯行前から「つけびして煙り喜ぶ田舎者」という川柳を書いた紙が貼り付けられていた。はたしてこれは犯行予告だったのか。

 小さな村で、どのような噂ばなしが囁かれていたのか。犯人への村八分はあったのか。そして、古老が10年経たないと話せないと拒んだ秘密の内容とは。まるでサスペンスのようなノンフィクションになっている。

 村八分とまでいかなくとも、学校でいじめられた経験があれば、同窓会へは行きたくならないかもしれない。最近では、大勢の集まる同窓会には出席したくないという人が増えているらしい。『同窓会に行けない症候群』(鈴木信行/日経BP社)は、さまざまな角度からその理由をさぐっていく。

 どんな人が同窓会に来るのか、来ないのか、といった各論よりも総論が面白い。右肩上がりの時代が終わり、企業文化や社会構造が変化したことが、同窓会に出席する人が減ってきている根本的な原因ではないか、というのだ。なるほど、そうかもしれんなぁ。

 さて私儀、二年間にわたって受け持ってきた連載ですが、今回をもって卒業することにあいなりました。ご愛読、誠にありがとうございました。毎回、本を選ぶのが楽しくもあり、大変でもありました。

 有終の美を飾るべく選んだ最後の一冊は、これまで紹介した中で最高の豪華本『地球の生きものたち〔決定版〕』(デイヴィッド・アッテンボロー/日高敏隆ら訳/早川書房)。

 生命誕生から人類の発展までを完璧なビジュアルで見せてくれる写真集。最初の版は1979年に発刊されて話題になったが、私もその邦訳を持っている。

 今回は写真も解説も大幅に入れ替えての40周年記念版だ。高価だけれど、それだけのことはある。生きものが好きな人、絶対に買うべし!

(本の雑誌 2019年12月号掲載)

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●書評担当者● 仲野徹

1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒業、3年間の内科医として勤務の後、基礎研究の道へ。本庶佑教授の研究室などを経て、大阪大学医学部教授に。専門は「いろいろな細胞はどのようにできてくるのかだろうか」学。『本の雑誌』を卒業し、讀賣新聞の読書委員に出世(?)しました。趣味は、僻地旅行、ノンフィクション読書、義太夫語り。

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