終末ロードノベル『サハリン島』がすさまじい!
文=大森望
年末に出たエドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』(北川和美・毛利公美訳/河出書房新社)★★★★がすさまじい。杉野ギーノスの装画、ハードカバー2段組400頁の物量と、見た目のインパクトも絶大だが、帯の惹句がまたすごい。いわく、「大日本帝国復活の近未来。囚人とゾンビうごめく魔境で帝大未来学研究者は何を見るのか。この十年最高のロシアSFとされる問題作」。
未来がなんでそんなことになってるかというと、北朝鮮の暴発から始まった核戦争で欧米の大国が消滅。さらにユーラシア大陸では人間をゾンビ化する奇病MOB(移動性恐水病)が蔓延。いち早く鎖国に踏み切った日本では大日本帝国が復活し、版図を広げている。主人公は、オダ教授率いる東京帝国大学大学院応用未来学研究室の若き未来学研究者シレーニ。ロシア系日本人の彼女は、代々伝わるマッキントッシュのレインコートに身を包み、イトゥルプ(択捉)島経由で日本領サハリン(樺太)島へと赴く。
前半は、それこそチェーホフの『サハリン島』みたいなルポルタージュ・タッチだが、中盤のある出来事をきっかけに、ブルックス『WORLD WAR Z』×東山彰良『ブラックライダー』みたいな生々しい終末ロードノベルに転調する。
一方、昭和15年の大日本帝国が高度な文明とのファーストコンタクトを果たすのが、林譲治の新シリーズ開幕篇『大日本帝国の銀河1』(ハヤカワ文庫JA)★★★½。一応の主役は、天文学者の秋津俊雄。変名で空想科学小説を書いていることから海軍に見込まれ、火星から来たと言う謎の人物と面会する。相手は最初、火星太郎と名乗っていたが、話の矛盾を衝かれると、「それならばオリオン太郎と呼んでください。オリオン座の方からやってきたので」などと言いはじめる。しかしその彼が、人類の現在の科学力では建造不可能な超高性能の巨大四発陸攻に搭乗していたのは事実。果たしてその正体は? ......ということで、第1巻では、1940年6月~7月の国内情勢・国際情勢を背景に奇妙なファーストコンタクトがシミュレートされる。海軍版『地球の静止する日』の趣きだが、この先どう転ぶか油断できない。
本格SFでは、新年早々、ピーター・ワッツ『6600万年の革命』(嶋田洋一訳/創元SF文庫)★★★★が出た。時は遥かな未来。舞台は、22世紀の人類文明が送り出した「ディアスポラ計画」の一隻〈エリオフォラ〉。使命は、天の川銀河を探査し、ワームホール・ゲート網を構築すること。
任務のほとんどは、AIの"チンプ"(航行中にシンギュラリティに到達しないよう、わざと能力を下げてあるため、侮蔑的にこう呼ばれる)が担当するが、各ディアスポラ船には、3万人が人工冬眠している。人間の判断を仰いだり、その知識や経験を借りる必要が出てくると、チンプは数千年に一度の割合でクルーの一部を目覚めさせる。こうして、〈エリオフォラ〉は、すでに6500万年以上にわたって旅してきた......。
主人公格は、覚醒する頻度の高いクルーのひとり、サンデイ。彼女はやがて、船内で、人間の乗員による極秘の遠大な叛乱計画が進行していることに気づく。すべてが監視されている船内で、AIを出し抜くことは可能なのか? サンデイとチンプの、100万年にもおよぶ頭脳戦が始まる......。
言わばこれは、『2001年宇宙の旅』におけるHAL9000とボーマンの戦いを恒星間宇宙に拡張したようなもの。単体ではノヴェラ並みの長さ(230頁弱)だし、話もストレートなのでワッツ作品としては非常に読みやすい。邦訳版には、ウェブ上で発表されたスピンオフ短篇(表題作の作中で、その存在が暗示される)の「ヒッチハイカー」が併録されている。なお、本書は、既刊のワッツ短編集『巨星』に収められた「巨星」「島」「ホットショット」と同じ《サンフラワー・サイクル》に属しているので、未読の方はそちらもぜひ。
郝景芳『人之彼岸』(立原透耶・浅田雅美訳/新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★½は、著者2冊目の邦訳短篇集。題名が示すとおり、AI/ロボットテーマのコンセプトアルバムのようなつくりで、冒頭にAIに関する長めの論考が2篇収められている。収録短篇6篇の白眉は、病院で死にかけているはずの母親がすっかり健康になって家に戻ってくるところから始まる「不死医院」。"不治の病の専門治療"を謳い、余命宣告された患者たちを奇跡のように甦らせてきた病院チェーンの驚くべき秘密とは? 医療ミステリ風の導入から、哲学的な問題を読者につきつける。人工知能業界のエジソンと言われた大物が自宅で刺された事件をめぐる法廷劇「愛の問題」も、同様にミステリのプロットを借りてSF的な議論を展開する。その他、AIによる子育てを描いたキュートな小品「乾坤と亜力」(『2010年代海外SF傑作選』にも採録された短篇)など。
『石原藤夫ショートショート集成 単行本未収録作品集』(高井信編/盛林堂ミステリアス文庫)★★★は、ヒノとシオダの惑星開発コンサルタント社調査員コンビが活躍する〈惑星〉シリーズの6篇はじめ、総計70話以上のショートショートを収める全560頁の大冊(私家版)。いくつも入っている自律コンピュータものは、『人之彼岸』のAIものと時代の違いが如実に出ていて、一緒に読むと面白い。
最後の一冊は、田中啓文『件 もの言う牛』(講談社文庫)★★★★。うっかり件の誕生を目撃して追われる身になった大学生を軸に、雄略天皇の時代まで遡る件と日本史の秘められた関係が明らかになる。
(本の雑誌 2021年3月号掲載)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »