又吉直樹『人間』の熱量と切実さに震える!

文=大塚真祐子

  • すごい詩人の物語: 山之口貘詩文集 人生をたどるアンソロジー
  • 『すごい詩人の物語: 山之口貘詩文集 人生をたどるアンソロジー』
    貘, 山之口
    立案舎
    1,980円(税込)
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 かつて何者かになりたかったことを、誰もが過ぎたこととして語る。何者かになりたいという欲求は、子どもか若者のいっときの特権で、分別のついた大人はもうそんな夢は見ない。何者かになりたいとあがいた自分は無知で滑稽で、恥ずかしい。

 又吉直樹『人間』(毎日新聞出版)は、何者かになりたかった若者たちのその後を描いている。

 文章やイラストを描いて細々と生計を立てる永山は、美術系の専門学校に通っていた一九歳のころ、同じように芸術にたずさわる若者たちが生活する共同住宅、「ハウス」に暮らしていた時期があった。そこで共に暮らした仲野太一が、ある騒動の渦中にいるというメールを古い友人から受けとる。その知らせをきっかけにハウスで過ごした日々と、ある事件を思い出す。

 今作には著者本人の経歴に近い人物が登場する。語り手の永山と、芸人の影島だ。永山の父の故郷が名護にあること、影島が芸人でありながら小説を書き、芥川賞を受賞することなどが驚くほど近い。

 演劇を志す青年の不器用な熱情を描いた前作『劇場』(新潮文庫四九〇円)と同様、他人への嫉妬にあけくれる青春という時代を、著者は当事者として内側から凝視する目と、他者として外側から観察する目の両方を備えている。過剰な自意識や饒舌な空論を露悪的なまでに再現しながら、それを冷徹に分析する視線を同等に叙述する、この二面性が、著者の作品の特徴の一つにあると思う。

 それには著者が、芸を見せ、見られることを生業としていることがおそらく関わっている。そして、著者本人をどこか彷彿とさせる人物が、今作で二人登場することにも関係がある。芸人として注目され、賞を得たことで文化的な名誉も得た影島が"圧倒的に何者かになった後の自分"であり、永山はそれ以前の自分、さらに言えば"何者かになりかけている自分"が投影されていると見ることはできないだろうか。

 下北沢のバーで再会した永山と影島の会話は、ページにして40ページ以上になる。ときおり不安定さを見せる影島と、それも余さず掬いとる永山のやりとりをたどっていると、理由もなくふいに感情が昂る瞬間がある。何気ない会話のようでありながら、ここで手渡しあう思惟を誰よりも著者が必要としているように思う。それだけの熱量と切実さがこの部分にはある。

 永山が名護で家族と会ってからの終盤、文体ががらりと変わる。心情の吐露よりも、父親をはじめ家族の描写に視線がシフトする。ただの目になった永山に、時間はゆっくりと流れる。

〈人間が何者かである必要などないという無自覚な強さを自分は両親から譲り受けることはできなかった。〉

 かつて何者かになりたかった自分を、物語をとおして見せつけられている気がした。それは目を背けたいほど浅薄で凡庸だが、見つめつづけた先に、何かひらけるような感覚があった。そのときよぎった景色が、おそらく人の根幹を支え、その人の〈強さ〉につながるのだろう。著者の書く人間のパノラマの中に、読む自分もいつしか取り込まれていく。

 馳平啓樹『かがやき』(水窓出版)は、第一一三回文學界新人賞受賞作「きんのじ」を含む四作品を収録した、著者初の作品集だ。

 表題作「かがやき」は港町の工場地帯が舞台。語り手の〈おれ〉は部品の積み込みの仕事に従事しながら、夜のサンドイッチ工場でアルバイトをする。

〈最終製品を送り出していた時代は去った。前の世紀に終わりを告げた。〉

 今やこの港町では、どの製品のどの部分なのかもわからないような部品を製造する〈部品屋〉と、それらを昔より小さいコンテナに積む〈積み込み屋〉に分かれ、両者は噛み合うことがない。そして彼らの仕事を左右するのは彼ら自身ではなく、〈海の向こう〉の理不尽な依頼者たちである。商品の完成作業は海の向こうでなされ、いたるところで安価に売られている。

 実際に製造業に就いているという著者の、おそらく実体験や実感に基づく物語の背景に、まず圧倒される。これまでに読んだことのないような物語を手渡されていると感じる。顔の見えない取引先や、どこの何かわからないような部品と対比するように、夜勤で働くサンドイッチ工場では、目の前のハムのかたまりや、一定の速さで流れてくるパンが、〈おれ〉の手元で確かな実体を持ち、サンドイッチという完成品に、不揃いながらも変化していく。

〈謙虚になればいいのだ。主導権なんか要らない。他の全てと対等な位置に自分を据え付けてやればいい。〉

 休みなく流れるラインと向き合いながら、〈おれ〉は思考する。このような日々の労働の繰り返し、まるで名前を持たないかのような労働者や生活者の存在に、丁寧に光をあてることは、文学の意義のひとつだとわたしは考えている。恥ずかしながら、この作品集が刊行されるまで、著者の名前を知らずにいた。こうした作家や作品に注目する水窓出版の仕事にも敬意を表し、これからも注目したい。

 水窓出版と同じく小出版社としての活動を開始した立案舎より、『すごい詩人の物語 山之口貘詩文集 人生をたどるアンソロジー』()が刊行された。山之口貘の名は、高田渡の歌う『生活の柄』で知った。巻末には高田渡を父に持つ、高田漣の寄稿もある。

 詩篇は五つのテーマにわけられ、それぞれの章のはじめには、そのテーマについての詩人のふるまいや、作品の生まれた背景が説明されている。小説が三篇収録されているのがうれしい。〈貘さん〉への愛と尊敬にあふれた、丁寧なつくりの一冊だ。

(本の雑誌 2019年11月号掲載)

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●書評担当者● 大塚真祐子

東京郊外の書店での勤務を経て、2006年より三省堂書店で勤務。人文書、文芸書などを担当。

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