米澤穂信『Iの悲劇』の異常すぎる動機に驚愕!
文=千街晶之
エラリー・クイーンの「悲劇四部作」にオマージュを捧げたタイトルの国産ミステリというと、夏樹静子の『Wの悲劇』『Mの悲劇』『Cの悲劇』をはじめ数多く、使われていないアルファベットもどんどん少なくなっているが、米澤穂信の新作のタイトルは『Iの悲劇』(文藝春秋)。主人公の地方公務員・万願寺邦和は、無人になった集落に人を新たに移住させるIターン支援推進プロジェクト、通称「甦り課」に配属される。だが、新たな住人たちのあいだでは、騒音の苦情といったありがちなものばかりではなく、放火、鯉の盗難、子供の失踪といった物騒なトラブルまでが相次ぐのだった。
地方の狭いコミュニティならではの揉め事を描いた作品として、夢野久作『いなか、の、じけん』や倉阪鬼一郎『田舎の事件』などの系譜に連なるミステリだ。読み進めるうちに、作中で起こる出来事はバラバラながら、各篇の結末は同じところに着地するという山田風太郎『妖異金瓶梅』のパターンであることが見えてくる。そうなると、連作の収束する地点の少なくとも一部を見抜くのは決して難しくはない。しかし、本書が強烈な印象を刻み込むのは動機の部分なのである。大所から見れば合理的でありながら、こんなにクレイジーな動機は滅多にないのではないか。山崎貴監督・脚本の映画『アルキメデスの大戦』と並ぶ「今年の二大"異常すぎる動機"ミステリ」に数えたい怪作である。
片里鴎『異世界の名探偵1 首なし姫殺人事件』(レジェンドノベルス)は、同じ講談社でも「なろう小説」の書籍化専門のレーベルから刊行されたが、講談社ノベルスか講談社タイガから出ても全くおかしくない特殊設定本格ミステリの快作だ。ミステリマニアの探偵だった主人公は麻薬の取引現場を目撃したため刺殺されてしまったが、剣と魔法の異世界へと転生する。何故か前世の知識を保ったままだった上、魔術の才能に恵まれていたため、庶民の出でありながら名門校に入学した。だが三年後、級友たちとともに、王家の姫の殺害事件に巻き込まれてしまう。
ハイ・ファンタジー的世界観を背景にしたミステリとしては、山形石雄『六花の勇者』、上遠野浩平「戦地調停士シリーズ」、八槻翔『天空城殺人事件』などが思い浮かぶが、本書もそれらに匹敵する出来だ。魔術が存在する(とはいえ、決して万能ではない)世界だからこその密室トリックには「まだこの手があったか」と感心したし、真犯人の正体も意外。しかも、手掛かりが揃った時点で「読者への挑戦」を入れるというフェアプレイ精神も頼もしい。今年の本格ミステリのダークホースとしてお薦めだ。
先月号では、新レーベル「ハヤカワ時代ミステリ文庫」から誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』を取り上げたが、今回は同時に刊行された稲葉一広『戯作屋伴内捕物ばなし』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介したい。商家の娘がかまいたちに遭ったかのように喉を斬られて殺され、現場にいた盲人は、ヒュンヒュンという物音は聞いたが下手人の足音は全く聞かなかった......という事件(第一話「鎌鼬の涙」)など、妖怪変化の仕業としか思えない怪奇な出来事の謎を、長屋住まいの戯作屋・広塚伴内が解明してゆく連作である。
不可能犯罪と物理的トリックが満載のジョン・ディクスン・カー風の本格ミステリであり、狸のような小男だが頭脳の冴えは人並み外れた伴内とその個性的な仲間たちが謎に挑む、チーム探偵ものとしての面白さもある。絵になるトリックが多いので、連続ドラマにすれば話題を呼ぶのではないだろうか。
芦辺拓・編『ヤオと七つの時空の謎』(南雲堂)は、時空を超えて日本史のさまざまな局面に登場するヤオという少女を共通の登場人物とする短篇競作集。執筆者は芦辺のほか獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一である。
各執筆者にお任せ状態だったのかヤオのキャラクター描写は書き手によってまちまちだし、競作の常とはいえ作品の水準も差が見られるけれども、ベストを選ぶなら、戦国時代の小田原が舞台の高井忍「天狗火起請」。斎藤主馬助はヤオと称する女武芸者と出会うが、腕に覚えのある斎藤も彼女には敵わなかった。やがて、十一人もの侍が何者かに斬り殺され、ヤオに嫌疑がかかるが......。剣豪として名高い塚原卜伝も絡む剣戟小説の興趣に本格ミステリとしての謎解きを絡め、長篇ひとつ書けそうな題材を惜しげもなく使って贅沢なエンタテインメントに仕上げている。
先月号で大森望氏が取り上げているものの、宮内悠介『遠い他国でひょんと死ぬるや』(祥伝社)は是非紹介しておきたい。タイトルは、太平洋戦争中、ルソン島で戦死した実在の詩人・竹内浩三の詩「骨のうたう」の一節。元映像ディレクターの須藤は、その竹内の足跡を辿るべくルソン島に渡ったが、彼の前には、謎の西洋人男女、山岳民族の元村長と孫娘、財閥のドラ息子など、さまざまな人々が現れる。
ルソン島といえば大戦中は日本軍に占領され、米軍との激戦地となった場所だ。冒頭の雰囲気からして当然、シリアスなストーリーが進行すると誰もが予想する筈だが、須藤が謎の男女に襲撃されるあたりから予測不能の活劇が始まり、第七章の結婚式のくだりなどは笑いなしには読めない。その一方で財閥の支配やISの被害などのフィリピンの現状を絡めつつ、ラストはまたシリアスかつ幻想的に締めくくってみせるという融通無碍ぶりである。一作ごとに新境地を拓いている著者にしか書けない斬新な冒険小説だ。
(本の雑誌 2019年12月号掲載)
- ●書評担当者● 千街晶之
1970年生まれ。ミステリ評論家。編著書に『幻視者のリアル』『読み出し
たら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線』
『21世紀本格ミステリ映像大全』など。- 千街晶之 記事一覧 »