変幻自在の潮谷験が放つ『名探偵再び』にやられた!
文=梅原いずみ
潮谷験の変幻自在っぷりに、磨きがかかっている。前々作が怪獣パニック×犯人当ての『ミノタウロス現象』、前作がフランス革命前後を舞台にした歴史×推理小説『伯爵と三つの棺』ときて、最新作『名探偵再び』(講談社)は名探偵×学園ものの連作短編である。引き出しが無限なのかと、突っ込まずにはいられない。
今作の主人公は、私立雷辺女学園に入学した高校生の時夜翔。彼女には名探偵の大叔母がいた。その名を時夜遊。約三十年前、学園で起きた数々の事件を解決した高校生探偵である。しかし、すべての事件を裏で操っていた学園長Mと雷辺の滝で対決した遊は、Mとともに滝壺に落下。そのまま亡くなったといわれている(どうにもあの聖典が思い浮かぶ内容であるが、詳しくなくても大丈夫なので安心してほしい)。
そんな名探偵を大叔母に持つ翔だが、実は探偵にも謎解きにもあまり興味がない。にもかかわらず、翔は「なんだかすごそうな名探偵の子孫」を演じ、三年間を過ごすと決める。理由は「身の丈を超えた尊敬や賞賛を浴びるのが、とっても気持ちいいから」。翔はけっこう俗物で、イイ性格をしているのだ。
彼女の目論見は最初の一年は上手くいく。が、二年生になると様子が変わり、大浴場で起きた写真盗難・脅迫事件を皮切りに、美術室では傷害事件が、翔と寮の部屋が同室の先輩が参加した合宿先では殺人事件が発生。当然、周囲は翔に真相解明を期待し、彼女は謎解きに挑まざるをえない。困った翔は、偶然ある手法を思いつく。
これが、すごいのだ。具体的な方法は伏せるが、「その場しのぎで嘘を重ね、他人に頼る」こそが自分のスタイルだと翔が自覚しているから可能な手段である。君がホームズ役であなたがワトソン役で、そういう推理があり得るのかと、心底ビックリしてしまった。
謎解きに必要な要素と物語を過不足なく編み上げるのが潮谷作品の特徴で、本作では各事件にも、全体の仕掛けにもその妙技が用いられている。論理的な推理と動かぬ証拠で犯人が特定され、最後のオチにも伏線がばっちり張られていた。そもそも潮谷験が何の意図もなく、名探偵と学園を組み合わせるわけがないのだ。またしても、やられてしまった!
さて、今月は警察小説が熱かった。残り三冊、すべて警察小説である。
『教場』シリーズの長岡弘樹による『交番相談員 百目鬼巴』(文藝春秋)は、交番相談員として働く百目鬼巴が活躍する連作短編集。警察OGの百目鬼は穏やかで親しみやすい性格だが、県警本部からも一目置かれるほど卓越した洞察力と推理力を持つ人物。派遣先の交番でも、彼女は次々と事件の真相を指摘する。
収録作は全六作で、各話は短いながら独特の読後感を残す。というのも百目鬼は真相を突き止めても、犯人に自首を迫ることはない。彼女のスタンスは、「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがない」。真実が明らかになった後は、犯人次第なのだ。交番勤務の警官の自殺に端を発する「裏庭のある交番」、二人の警察官の思惑が駅のホームで顕わになる「瞬刻の魔」、郵便碁が鍵を握る倒叙形式の「土中の座標」は、特に切れ味が鋭くオススメ。百目鬼が警察官だった頃の話も気になるので、続編を待ちたい。
芦沢央『噓と隣人』(文藝春秋)も、定年退職した刑事・平良正太郎が主人公の連作短編集。平穏な日々を望み、積極的に事件に関わりはしない平良のもとに持ち込まれる五つの"事件"ならぬ"ご近所トラブル"が描かれる。
ストーカー化した元夫や技能実習制度の問題、SNSでの誹謗中傷など、平良が遭遇する事件はどれも、ちょっとした悪意や、誰かを思う気持ちからついた噓が発端となっている。それらは時に、取り返しのつかない事態を引き起こすことがある。
平良が現役の刑事ならば事件として捜査したかもしれないが、今の彼は隠居の身で、真実を突き止める義務もない。それでも元刑事の勘と経験から事件の裏側を見抜いてしまった時、平良は揺れる。パズルのピースが揃った時に浮かび上がる図柄が、幸せなものとは限らないからだ。「優しいって、何なんでしょうね」。平良が過去の事件を回想する「アイランドキッチン」で、とある人物が呟く言葉が印象的である。なお、現役時代の平良刑事を知りたい方は、著者の長編『夜の道標』をぜひどうぞ。
最後は伏尾美紀『最悪の相棒』(講談社)。こちらは相性0点の刑事コンビが、「東京の限界集落」こと花園団地で起きる事件の捜査にあたる長編である。バディを組むのは、ストーカーに姉を殺された過去を持つ潮崎格と、その事件を機に警察官の父を喪った広中承子。広中の父は、潮崎を含む被害者遺族に感情移入しすぎ、精神を病んで亡くなってしまった。捜査一課の刑事となった今も、二人の過去はお互いを傷つけあう棘のように残っている。
匿名通報ダイヤルに寄せられた情報から、二人は介護疲れによってひきおこされた犯罪にオレオレ詐欺などの事件を追う。潮崎は遺族や被害者の痛みを誰よりも理解し、安易な決着を許さない。だが、その姿勢は同時に彼自身も追い詰める。「司法が被害者家族の意志を汲んでくれないなら、彼らは復讐を考えるしかない」。「どんな状況に置かれようと、絶対に越えてはいけない一線というものが人にはあるんだ」。父のようにはならないと心に決めた広中は、葛藤する潮崎にどう向き合うか。容赦のない真相を前にした二人のコンビの変化も、読みどころ。バディもの好きの方、必読ですよ!
(本の雑誌 2025年7月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »