時間差百合ロマンス伴名練『百年文通』が刊行!
文=大森望
人気の高い時間SFでも特に好まれるのが時代差(時間差)ロマンス。伴名練『百年文通』(早川書房)★★★★½は、中でも名作中の名作とされるフィニイ「愛の手紙」に正面から挑む百合SF。〈コミック百合姫〉の表紙(+α)に1年間連載されたのち単独で電子書籍化され、『ベストSF2022』にも採録されたが、加筆・改稿を経て、今回初めて単独の単行本として刊行された。
主人公はティーン誌で読モをしている中学生。撮影のために訪れた古い屋敷で見つけた不思議な机を通じて、大正時代の少女と"文通"を始めるが......。オリジナルと違って、(机の引き出しに入るものなら)手紙以外もやりとりできるので、話がどんどん拡大。さんざん擦られてきたネタに今また挑戦する理由がやがて明らかになる。ある意味、「ひかりより速く、ゆるやかに」と好一対か。140頁の小説本文に加え、"時間SF入門"的なあとがき14頁と、2010年以降の国内小説20作を紹介する「時間SFガイド20」10頁が付属する。
6月に出たユキミ・オガワ『お化け屋敷へ、ようこそ』(吉田育未訳/左右社)★★★★は、初の邦訳書となる日本オリジナル編集の短編集。著者は日本生まれ日本育ち日本在住の日本人でありながら、英語で短編を書いて海外のSF誌などに投稿し次々に掲載、英語版短編集も刊行。SFマガジン24年4月号に訳載された「さいはての美術館」(勝山海百合訳)で今年の星雲賞海外短編部門を(日本在住者として初めて)受賞した。
本書収録は全11編。巻頭の「町外れ」は、"コンドームなしでセックスしてくれる人間の男性"を求める客(狐狸妖怪の類)が結婚相談所にやってくる場面から始まるストレンジ・フィクション。ティム・バートン的な世界と日本昔ばなし的な要素が融合したなんとも独特な語り口のホラー・ファンタジーが中心だが、SF系の作品もいくつか。「NINI」は、頑固な高齢者たちが住む昔ながらの宇宙ステーションで暮らす汎用ロボットのニニが主人公。主に餅を食べて、体内の虫がそれを分解し、非常食につくりかえる(が、人間たちには評判が悪い)。社の中にいる女神と出会い、人間たちの健康を増進する秘策を思いつくが......。
『恐怖とSF』(ハヤカワ文庫JA)★★★は日本SF作家クラブ編の書き下ろしテーマ・アンソロジー第6集。SFWJ会長に井上雅彦が就任した記念─というわけでもないだろうが、今回のテーマはホラー。各編扉裏の作品紹介と巻末解説(日本SFとホラーの関わりを9頁にまとめた略史付き)も井上雅彦が担当している。収録全20編では、メディアで大衆を扇動し続けてきた極右排外主義の女性作家(87歳)が移住知性体の〈越境〉に立ち向かう飛浩隆「開廟」、生成AIネタに正面から挑んだ新名智「システム・プロンプト」が双璧か。長谷川京「まなざし地獄のフォトグラム」は、地獄の(蜃気楼めいた)光景がランダムに出現しはじめた現代東京の話。SNSで拡散された"地獄"映像にはまだ存命の人間の姿があり、いわば死の予告と受け取られる。しかも、地獄のどの階層にいるかで生前の罪業の深さがわかるため、特定された人間が次々に炎上する事態に......。この奇天烈な設定をもとに、かつてない"地獄"SFが展開される。イーライ・K・P・ウィリアム「フォトボマー」は日→英の文芸翻訳者であり、3冊のSF長編を英語で発表している著者が初めて日本語で書いた短編。写り込み行為をネタにしたワンアイデアストーリーだが、収録作の中でこれが一番(往年の)日本SFらしく見えるのが面白い。坂永雄一「ロトカ=ヴォルテラの獣」、小田雅久仁「戦場番号七九六三」、飛鳥部勝則「我ら羆の群れ」の、それぞれに趣向とアイデアを凝らした活劇ホラー三連発も面白い。ほかに、梨、柴田勝家、カリベユウキ、池澤春菜、菅浩江、平山夢明、小中千昭、空木春宵、牧野修、溝渕久美子、篠たまき、久永実木彦、斜線堂有紀が寄稿。
フランスの哲学者トリスタン・ガルシアの『7』(高橋啓訳/河出書房新社)★★★½は、ハードカバー2段組500頁超の超大作。6編の中編と(それらの外枠になる)200頁超の長編「第七」から成る。中編のひとつ「木管」は、蠟管の発明より60年も早い1813年に製作された録音媒体(太い木の棒)が見つかり、そこには未来の名曲の数々(サッチモ、ザ・フー、クラフトワークetc.)が刻まれていた─というR・A・ラファティ的な音楽奇想小説。「宇宙人の存在」は涙なくしては読めない哀切なUFO陰謀論小説。「第七」は、死ぬと誕生時に戻り人生を何度も繰り返す『リプレイ』型ループ小説。ジャンルSFの手法/モチーフを使った世界文学という感じだが、あまり新味はない。
SF・サイード『タイガー』(杉田七重訳/東京創元社)★★★は、2023年ブリティッシュブックアワード児童書賞受賞作。舞台は移民が奴隷的労働を強いられる(改変歴史世界の)21世紀ロンドン。中東系の主人公アダムは配達の途中、タイガー(Tyger)と名乗る巨大な動物に出会う。ナルニア×ライラ×アラビアンナイトみたいなSFファンタジー。四六判上製本に、『サンドマン』のカバーアートなどで知られるデイヴ・マッキーンの美しい挿絵を満載するが、テキストが横組で若干読みづらい印象。
荒巻義雄『聖シスコ電説』(小鳥遊書房)★★½は『高い城の男』の本歌取り。主人公は日本貿易振興公社支社長として聖シスコ市に赴任した宕見信輔。マッキンダー地政学を使った改変歴史小説であり、PKD論としても読める。
(本の雑誌 2025年11月号)
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- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
http://twitter.com/nzm- 大森望 記事一覧 »






