第215回:相沢沙呼さん

作家の読書道 第215回:相沢沙呼さん

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が2019年末発表のミステリランキングで3冠を達成、今年は同作が2020年本屋大賞ノミネート、第41回吉川英治文学新人賞候補となり、さらに『小説の神様』(講談社タイガ)が映画化されるなど、話題を集める相沢沙呼さん。そんな相沢さんが高校生の時に読んで「自分も作家になりたい」と思った作品とは? 小説以外で影響を受けたものは? ペンネームの由来に至るまで、読書とその周辺をたっぷりおうかがいしました。

その4「〈日常の謎〉に出合う」 (4/7)

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  • 『空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)』
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――10代の頃から投稿していたということですか。

相沢:そうですね。「ブギーポップ」を読んで自分でも書こうと思って、その翌年くらいに最初に送っています。

――ホームページにも小説をあげていた小説というのは。

相沢:短篇でした。長篇を書くよりは短篇を書くほうが全然好きだったし、ホームぺージに上げていたのもショートショートや短篇ばかりでした。
 高校時代は、投稿しても落とされてしまうのは、何がよくないのか分かってなかったと思うんです。今振り返れば分かるんですけれど、当時の自分はよく分からなくて、でもまあ、違うことをしないといけないなとは思っていたんです。そんな時に、たまたま同じようにインターネットで小説を書いている人が、日常の謎というジャンルにはまっていて、「北村薫とか加納朋子とか読むといいよ」と言ってくれて、それで北村薫先生の『空飛ぶ馬』を読んだんですけれども、それはもう、痺れました。衝撃を受けました。
 当時の僕が受けた印象は、すごく静かで大人しい世界観の枠組みの中で、ミステリ要素という読者の興味を牽引力となるストーリーがあって、それが絶妙な加減でマッチしているということでした。「ブギーポップ」を読んだ時みたいに「自分のことのようだ」と思えることが書いてあって、「自分の小説に足りないのはこれかもしれない」と思ったんですよ。自分の作品も大人しいけれど、そういう読者の興味を引っ張る、牽引力となる要素がなかったんじゃないかと思って、それで「これだ」となって。そこから日常の謎にはまっていきました。当時はまだそんなに書いている人が多くなかったですし。

――まだ米澤穂信さんがデビューする前ですね、きっと。

相沢:僕、どうしてそのページにたどり着いたのか憶えていないんですが、米澤さんがホームページで小説を書いている頃を知っているんです。デビューされる前後くらいだと思います。当時、インターネット小説ってファンタジーが主流だったんです。完結できない壮大なファンタジーを書いている人が多くて(笑)、そうではないものを書いている人が珍しかったんだと思います。米澤さんがデビューされた後になって「あ、あのページで書いていた人だ」と分かっただけで、当時は交流も全然なかったんですけれど。

――そうだったんですね。では、学園が舞台の日常の謎ものがあまりない頃に、ご自身でも日常の謎をやってみよう、と。でも、いきなり日常の謎自体を作るのって難しくないですか。何か事件のほうが考えやすそう。

相沢:難しくて、それまでの軽いノリでは書けず。高校の終わりくらいに書いた小説はいまいち面白くなかったです。今になると、探偵のキャラクターが弱かったのかなと思いますね。はじめて満足できるものが書けたのは、大学1年生の時の、『午前零時のサンドリヨン』の第一話にあたる作品でした。あれも最初は長篇にするつもりはなくて、短篇で書いてみたという感じだったんです。

――相沢さんは2009年に『午前零時のサンドリヨン』で鮎川哲也賞を受賞してデビューされますが、その頃にもう書かれていたんですね。これは凄腕のマジシャンの高校生の女の子と、彼女に一目ぼれした男の子が学校での不思議な事件を解決していく連作です。相沢さん自身マジックが非常にお上手だと噂に聞いていますが、じゃあその頃にはもうマジックも趣味のひとつとなっていたわけですか。

相沢:マジックは高校の終わりくらいに本格的にやりだしたのかな。中学生の時には手品道具を買って種を見て満足するという、よこしまな動機でやっていたんですけれど、高校生の終わりくらいに前田知洋さんという、日本のクロースアップ・マジシャンの方がテレビに出ていらっしゃるのを見たんです。その時のトランプを使ったマジックがすごく不思議で、「この仕掛けのあるトランプはどこで売っているんだ」と調べたら、どんなトランプでもできるマジックの技だと知って。あんなに不思議なのにトランプに仕掛けがないとはどういうことだ、って思ったんですよ。それでいろいろ調べて技のやり方が載っている本を見つけて買いました。「これこれこういうふうにやって、こうすればできる」と手順を解説しているので「いやいや、そんな馬鹿な」みたいに思いながら練習しているうちに「あ、なるほど。いけるかもしれない」と。もちろん本を読んだだけでその通りにやっても下手くそで、かろうじてそう見えなくはない、くらいなんです。それで、「もっと練習したらもっときれいに見えるかも」と思いながら練習を重ねていくうちに深みにはまりました。高校の終わりくらいから人に見せるようになって、大学に入ってからは、いろんな研究室に出入りしてマジックを見てもらっていました。見せたがりだったんです。大学では、名前は知られてないけれど「手品の人」って見られていたと思います。怪しいですよね(笑)。

――興味が向いたことは突き詰めていくタイプですねえ。そしてそれを、小説世界にも取り入れたんですね。

相沢:そうですね。趣味をそのまま、小説にも取り入れてみようと思って。ただ、大学に入ってからは小説を書くスピードが落ちてしまったので、『午前零時のサンドリヨン』の短篇を1年に1本ずつ書いていました。

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