間宮改衣の強烈なデビュー作『ここはすべての夜明けまえ』をくらえ!

文=大森望

  • ホライズン・ゲート 事象の狩人
  • 『ホライズン・ゲート 事象の狩人』
    矢野 アロウ
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • プライベートな星間戦争 (星海社FICTIONS)
  • 『プライベートな星間戦争 (星海社FICTIONS)』
    森岡 浩之,木野花 ヒランコ
    星海社
    1,771円(税込)
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  • 妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『妄想感染体 上 (ハヤカワ文庫SF)』
    デイヴィッド・ウェリントン,中原 尚哉
    早川書房
    1,584円(税込)
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  • 妄想感染体 下 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『妄想感染体 下 (ハヤカワ文庫SF)』
    デイヴィッド・ウェリントン,中原 尚哉
    早川書房
    1,584円(税込)
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  • 星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選 (創元SF文庫)
  • 『星、はるか遠く: 宇宙探査SF傑作選 (創元SF文庫)』
    セイバーヘーゲン、ローマー他,中村 融
    東京創元社
    1,320円(税込)
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 新年の幕開けには新人がふさわしい。ってことで(執筆時点の)2024年1発目は、第11回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作、矢野アロウ『ホライズン・ゲート 事象の狩人』(早川書房)★★★½。

 太陽の15兆倍の質量を持つ超巨大ブラックホール〈ダーク・エイジ〉。どうやらそれは、消えた先行文明が残した人工物らしい。事象の地平面の先にある特異点は、他の宇宙へと通じる〈門〉なのでは? 宇宙連邦は調査のために地平面探査基地〈ホライズン・スケープ〉を建設。だが、ネズミと呼ばれる(存在するはずのない)仮想実体が調査を阻む。そのネズミを処理するために呼ばれたのが、狩猟民ヒルギス人の優秀な狙撃手シンイーだった。分断された右脳に祖神を宿す彼女は、未来を見通す力を持つパメラ人の少年とタッグを組み、ありえない狩りに身を投じる......。

 いくらなんでもSFが好きすぎるというか、本文180ページのコンパクトさにもかかわらず設定だけで満腹しそうだが、基本構造は古典的な(J・D・ヴィンジ「鉛の兵隊」系の)時間差ラブストーリー。ラストもきれいに決まっている分、語り方をもう少し工夫すればよかったのにという憾みが残る。

 対する間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(SFマガジン2月号掲載)★★★★½は、同コンテストの特別賞を受賞した180枚の中編。書籍刊行は3月だが、雑誌に一挙掲載されたので一足早く紹介しよう。

 二一二三年十月一日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです。ほんとうははなすじゃなくてかくだけど──という具合に始まる小説の語り手は1997年生まれ。2022年、父親のすすめで、体を機械に置き換える〝ゆう合手じゅつ〟(サイボーグ化処置)を受け、25歳のまま永遠に老化しなくなる。1世紀後、彼女は父の言葉を思い出し、家族の歴史を手書きで綴り始める。漢字を書くのは面倒という理由から、その文章はやたら平仮名が多く(『アルジャーノンに花束を』と違って誤字はない)、ハマったらクセになる独特のチャームがある。主人公の感情の動きが生身の人間とズレて見えるため、裏返しの『クララとお日さま』というか、エモいポストヒューマンSFとも読めるが、小説の縦軸は、機械の体で生きる彼女と、生身の体で生きる恋人(実の甥にあたる)シンちゃんとの関係。その意味では、SFでしか書けないあまりに人間的な(人間性の本質に迫る)物語だ(偶然にも、『ホライズン・ゲート』と同じく時間差ラブストーリー構造が基盤)。

 その一方、Orangestarの「アスノヨゾラ哨戒班」と永瀬拓矢の将棋論を並べて時代感を出すようなテクニックが絶妙。逆にSF的ディテールは不足気味で、後半の飛躍はいくらなんでも唐突すぎる。しかし、ある年代もしくは属性の読者には強烈に刺さりそうで、今年の日本SFの台風の目になるかも。

 饗庭淵『対怪異アンドロイド開発研究室』(KADOKAWA)★★★は、第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞作。怪異を調査するために開発されたアンドロイドという設定(及び彼女のキャラ)が抜群に面白い。『裏世界ピクニック』的なネット怪談の文脈にSFガジェットを放り込むことで生まれる異化効果が新鮮。

 森岡浩之『プライベートな星間戦争』(星海社)★★★★は著者4年ぶりの長編。前半では、神(半神マムタ)の敵と戦うためにつくられた天使候補生エスクがめでたく合格して天使となり、家族とともに熾烈な戦闘に身を投じる。後半では、仮想世界で暮らす元人間の〝おれ〟ことススムが語り手になって思いがけない災厄の顛末と世界の秘密が明かされる。ライトノベル系スペースオペラに見せかけた本格SF。ベテランらしい語りの技が光る。

 デイヴィッド・ウェリントン『妄想感染体』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)★★½は、『最後の宇宙飛行士』に続く新たな三部作の第一作。ガニメデ防衛警察の警部補サシャは、局長命令で、音信不通となった新規植民惑星パラダイス−1へと調査に赴くが、そこは感染する妄想に支配された恐ろしい世界だった。宇宙空間でヤムイモで攻撃されたり、ひねくれたロボットがやたら毒を吐いたりするが、基本はホラー。最後は予想された展開になり、決着は次巻へ。上下巻合計千ページ読んでこれか......。

 中村融編『星、はるか遠く 宇宙探査SF傑作選』(創元SF文庫)★★★★は'52年~'70年に発表された9編を収録。昔懐かしいオチにほのぼのするセイバーヘーゲン「故郷への長い道」とマッスンの独特すぎる異境探検もの「地獄の口」の2編が本邦初訳(後者はかつて殊能将之が訳してウェブサイトで公開していた作品)、5編が新訳。ブラッドリー「風の民」(安野玲訳)、キャップ「タズー惑星の地下鉄」、ハリスン「異星の十字架」(浅倉久志訳)、ディクスン「 ジャン・デュプレ」の4編は70年代半ばのSFマガジンに訳載された作品で、個人的にたいへん懐かしい。トリはブリッシュ「表面張力」。ミクロ水棲人化した人類の種が播かれたタウ・ケチの惑星の〝その後〟を力強く描く(以上、特記のない作品は中村融訳)。

 最後に、東京創元社編集部編『創元SF文庫総解説』(東京創元社)は、『サンリオSF文庫総解説』『ハヤカワ文庫SF総解説2000』『ハヤカワ文庫JA総解説1500』に続く《SF文庫総解説》シリーズ(?)のたぶん最終巻。1963年9月の創刊から2023年6月刊行分まで、全786冊(推計)を網羅する。

(本の雑誌 2024年3月号)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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