ごはん文学! 韓国文学!『きょうの肴なに食べよう?』

文=藤ふくろう

  • 海と山のオムレツ (新潮クレスト・ブックス)
  • 『海と山のオムレツ (新潮クレスト・ブックス)』
    カルミネ・アバーテ,関口 英子
    新潮社
    2,090円(税込)
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  • きょうの肴なに食べよう?
  • 『きょうの肴なに食べよう?』
    クォン・ヨソン,丁 海玉
    KADOKAWA
    1,650円(税込)
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  • 大都会の愛し方 (となりの国のものがたり7)
  • 『大都会の愛し方 (となりの国のものがたり7)』
    パク・サンヨン,オ・ヨンア
    亜紀書房
    1,760円(税込)
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  • アヒル命名会議
  • 『アヒル命名会議』
    イ・ラン,斎藤真理子
    河出書房新社
    1,980円(税込)
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  • マリーナの三十番目の恋
  • 『マリーナの三十番目の恋』
    ウラジーミル・ソローキン,松下隆志
    河出書房新社
    3,520円(税込)
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  • ジュスタ (東欧の想像力)
  • 『ジュスタ (東欧の想像力)』
    Goma,Paul,ゴマ,パウル,春也, 住谷
    松籟社
    2,200円(税込)
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  • ノーザン・ライツ
  • 『ノーザン・ライツ』
    ハワード・ノーマン,川野 太郎
    みすず書房
    4,400円(税込)
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 人がふたり以上集まれば、自然と食事の話になる。食事の話は、話すのも聞くのも、書くのも読むのも楽しい。だから海外ごはん文学の話をしよう。カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』(関口英子訳/新潮社)は、母親のパスタ、祖母のオムレツ、結婚式のごちそうと、幸福感ただようごはんを幸福な記憶とともに語る自伝的小説だ。アバーテはイタリア半島のつま先にあるカラブリア州出身で、アルバレシュというアルバニア系文化で生まれ育った。そのため、日本で食べられるイタリア料理とはひと味違う「カラブリア料理」「アルバレシュ料理」が登場する。海の幸、山の幸、唐辛子を贅沢に使う料理は、どれもおいしそうで祝祭的で、一緒に食べる家族、恋人、友人たちへの愛と、料理への愛が満ちている。土地と食事と記憶がわかちがたく結びついたこの小説は、ニンニクと唐辛子をきかせた料理とワインとともに賞味したい。

 もう1冊は、韓国人作家クォン・ヨソンによるエッセイ『きょうの肴なに食べよう?』丁海玉訳/KADOKAWA)。『春の宵』で酒人間の人生を描いたヨソンが、自身の酒と食事(=肴)について語り尽くす。ヨソンの肴への情熱と執念はかなりのもので、「まずい食事はあるが、まずい肴はない」と言い切り、激臭料理ホンオフェ(発酵したエイ)を食べるために専用の「エイの服」を買うなど、そのガチぶりが笑いを誘う。春夏秋冬の食材、知らない料理や食材などがばんばん登場する。つくづく韓国料理は奥深い、あれもこれも食べたい、と欲望丸出しで読んだ。またヨソンは同11月に小説『レモン』(橋本智保訳/河出書房新社)が刊行されて、実質「ヨソン祭り」になっている。『レモン』は、親しい人を失った「残された人たち」が抱える喪失の痛みと混乱を描く。『春の宵』では、喪失の痛みを抱える語り手は酒びたりになるが、『レモン』では整形など、酒とは別の方向へすべり落ちていく。『肴』では酒、『レモン』では喪失の痛みと、ヨソンの魅力をそれぞれ堪能できる。

 11月は、ヨソン祭りかつ韓国文学祭りでもあった。パク・サンヨン『大都会の愛し方』(オ・ヨンア訳/亜紀書房)は、大都会ソウルで生きるゲイの愛と喪失を、泣き笑いのスタイルで語る連作短編集だ。語り手ヨンは「なんで俺は笑ってるんだ」と自問しながら、恋愛の熱狂、失恋の痛み、家族との割り切れない関係、数少ない友情といった、軽くない愛を、軽い口調で饒舌にしゃべり倒す。「カイリー・ミノーグ」が、時代と都会の象徴、ヨンの語りの集大成として登場する。笑えるのに泣けてくる、軽いのに重い、痛いのに救われる、複雑な味わいの語りによって感情がドライブされる小説だ。

 韓国文学から続けてもう1冊、紹介する。イ・ラン『アヒル命名会議』(斎藤真理子訳/河出書房新社)は、ゾンビやパワハラ上司の神が登場する、ドタバタ悲喜劇の短編集だ。語り手たちは世界の混沌と対峙して困っている。「なんでこんなことに?」と呆然としている。語り手の「どうしたらいいんだろう」という素直な困惑と、「ああもうしょうがないかー」といった感じの、ラストでの明るい吹っ切れぶりとのコントラストが印象的だった。

 韓国から北上して、ロシア文学の話をしたい。ウラジーミル・ソローキン『マリーナの三十番目の恋』(松下隆志訳/河出書房新社)は、『ロマン』と同時代の初期代表作だ。『ロマン』は、ガイブン仲間たちの間で「人類は2種類の人間に分かれる、『ロマン』を読んだ人間と、そうでない人間だ」と言われる小説なので、同時期というだけでそわそわしてしまう。舞台はソ連時代、マリーナは「反体制派・レズビアン・芸術家」と反ソ連を体現したピアノ教師である。29番目の恋人と付き合っている時、彼女は「自分は誰も愛したことがない」と気づき、30番目の恋人を愛する。本書の見どころは、仕事中や通勤タイムに暴発するマリーナのエロ妄想と、とてもひどい(褒め言葉だが本心でもある)オーガズムシーンだ。オーガズムシーンは、どうしてこんなものを思いつくんだ、さすがだな、と思いながら、思わず二度読みした。恋愛が、心の鍵を渡し、他者を自分の心に招き入れることだとするならば、マリーナはまちがいなく心から恋をした。ソローキン警察に粛清されたくないので、これ以上は言及を控える。『マリーナ』は『ロマン』と同じように、なにも検索せずに読むべし。

 共産圏の抑圧つながりで、パウル・ゴマ『ジュスタ』(住谷春也訳/松籟社)を紹介する。舞台はセクリターテ(秘密警察)と密告が跋扈するルーマニア。文学学校に通う語り手は、正義感の強い女性「ジュスタ=正義」と出会う。疑心暗鬼と裏切りと密告が蔓延する社会において、正義を貫くことは、黙したり、迎合したりするより、ずっと難しくて命がけだ。『マリーナの三十番目の恋』と『ジュスタ』からは、反体制の社会で生きて書くことの困難とリスク、閉塞感をひしひしと感じる。

 最後は、冬にぴったりのカナダ文学、ハワード・ノーマン『ノーザン・ライツ』(川野太郎訳/みすず書房)である。家が一軒しかない僻地に住む少年ノアが、極寒の大自然、家族や先住民などの隣人だけの世界から、ラジオを通じて、他者や世界と交信しあい、自身の世界を広げていく。ノーマンが描くラジオは、星や灯台の光みたいに、どこか遠い場所に誰かがいることを知るバイタルサイン、シグナルとして描かれる。互いに遠くとも交信しあう、ノスタルジックな孤独の距離感がよい。極寒の夜、星空を見上げながら深呼吸するような読書だった。

(本の雑誌 2021年2月号掲載)

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●書評担当者● 藤ふくろう

海外文学の感想ブログ「ボヘミアの海岸線」を書いている。IT系メディアの編集者、外資マーケティングと、いろいろ越境しながら仕事している。たまに、分厚い海外文学を読む「ガイブン読書会 鈍器部」を主催。夢は、灯台かハウスボート(水上の家)に住むこと。

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