年代別海外SF傑作選が18年ぶりに復活!

文=大森望

  • 2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫 SF エ 7-1)
  • 『2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫 SF エ 7-1)』
    橋本 輝幸
    早川書房
    1,276円(税込)
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  • 2010年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫 SF エ 7-2)
  • 『2010年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫 SF エ 7-2)』
    ピーター トライアス,郝 景芳,アナリー ニューイッツ,ピーター ワッツ,サム・J ミラー,チャールズ ユウ,ケン リュウ,陳 楸帆,チャイナ ミエヴィル,カリン ティドベック,テッド チャン,橋本 輝幸
    早川書房
    1,276円(税込)
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  • わたしたちが光の速さで進めないなら
  • 『わたしたちが光の速さで進めないなら』
    キム・チョヨプ,カン・バンファ,ユン・ジヨン
    早川書房
    1,980円(税込)
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  • ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)』
    十三 不塔,鈴木 康士
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • 人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル (ハヤカワ文庫JA)
  • 『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル (ハヤカワ文庫JA)』
    竹田人造,ttl
    早川書房
    1,078円(税込)
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  • 1984年に生まれて (単行本)
  • 『1984年に生まれて (単行本)』
    郝 景芳,櫻庭 ゆみ子
    中央公論新社
    2,200円(税込)
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 山岸真編の『90年代SF傑作選』以来18年ぶりに、ハヤカワ文庫SFの年代別海外SF傑作選が復活、相次いで2冊刊行された。橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』と『2010年代海外SF傑作選』★★★★½である。

『2000年代』は9篇のうち本邦初訳が3篇。巻頭のエレン・クレイジャズ「ミセス・ゼノンのパラドックス」はチョコレートブラウニーの無限分割を描く楽しいアペリティフ(デザートだけど)。劉慈欣「地火」は石炭地下ガス化計画をめぐる炭鉱小説。おそろしくリアルでずっしり重いこの中篇にこんな身も蓋もないオチをつけられるのは劉慈欣だけだろう。巻末のレナルズ「ジーマ・ブルー」は、特徴的な色使いで宇宙にその名を轟かすアーティストが自身の意外なルーツを明かす感動作。Netflix「ラブ、デス&ロボット」で作られたアニメ版も傑作だが、原作はそれ以上。これ1本で本代の元がとれる。

 既訳組では、ドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」とストロス「コールダー・ウォー」、ジェミシン「可能性はゼロじゃない」、イーガン「暗黒整数」と続く終末(災厄)もの4連発がこの巻の主菜。次巻への流れでは、動物(ライアニエミ「懐かしき主人の声」)やロボットに注意して読むのも吉。

 対する『2010年代』は、11篇のうち6篇が初訳。巻頭のトライアス「火炎病」は脳科学の話かと見せて実は─という、現代SFのお手本のような短篇。郝景芳のすばらしくキュートなAI小説「乾坤と亜力」、健気でかわいいドローンががんばるニューイッツ「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」のあとに、ワッツとミラーのダークな破滅ものを配する構成もうまい。残る初訳、ミエヴィル「" "」は架空論文スタイルのバカSF。新訳の陳楸帆「果てしない別れ」は酉島伝法「環刑錮」の海中版みたいな話(スウェーデンのティドベックのも伝法風)。巻末はチャン「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」で、全体の4割をこれが占めるのはさすがにどうかと思うが、1冊を読み通すと、どうしてもここに置きたかった理由はよくわかる。共通するテーマはいろいろ見つかるが、宇宙ものが一篇もないのがこの巻の最大の特徴か。解説では各年代のSF状況も概説され、時代の変化が一望できる。

 キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』(カン・パンファ、ユン・ジヨン訳/早川書房)★★★★は、'93年生まれの女性作家による全7篇のSF短篇集。韓国で17万部以上売れたというからすさまじい。最初の2篇は、まあ、こんなもんか......という感じだったが、意外な方向に転調する「共生仮説」の切れ味に感嘆。さらに、第2回韓国科学文学賞中短編部門で大賞を受賞したという「館内紛失」がまたすごい。お母さんのマインド(人格データ)が図書館内で行方不明になって......というSF設定はともかく、家族間の複雑な感情のもつれをそこに重ねる手腕はテッド・チャンばり。それこそ『2010年代...』に入っていてもおかしくない。表題作の切なさ、「感情の物性」のシンプルさもいい。

 酉島伝法『るん(笑)』(集英社)★★★★½は、〈群像〉掲載の「三十八度通り」に〈小説すばる〉の2篇を加えた連作集。龍が実在し、代替医療やスピリチュアリズムが(科学にかわって)隆盛を誇るもうひとつの現代日本が、三世代の主人公(男、義母、息子)を軸に描かれる。免疫力を高める水や希少な果物のエキス─読めば読むほど笑いと恐怖がこみあげてくるが、書かれているすべてがこの日本にもほぼ実在すると思うとさらに怖い。ちなみにタイトルは、"蟠り"(忌み言葉として追放されたある病)をさらに明るく言い換えたもの。

 前回、前々回に続き、またも大賞が出なかった第8回ハヤカワSFコンテスト。その優秀賞受賞作2作が、ハヤカワ文庫JAから出た。十三不塔『ヴィンダウス・エンジン』★★★★の方は、"いまどきのSF"の模範回答。主人公は、動くものしか見えなくなるヴィンダウス症に罹患したキム・テフン。ほぼすべての患者は症状が進んで死に至るが、テフンは奇跡的に寛解し、特殊能力を発現。中国・成都の研究所から、都市機能AIとの接続を依頼される......。凝ったSF設定のもとで展開される派手な異能バトル(アニメ的見せ場)がかっこいい。病気の中身がブラックボックス過ぎて、見た目の割に軽い印象だが、あながちそれが短所とも限らないか。

 竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』★★★★は、編集部主導の大胆な改題がネットで炎上した作品(応募時タイトルは「電子の泥舟に金貨を積んで」)。ビッグデータ活用で凶悪犯罪が激減した近未来が背景だが、SFというより、最新型のAIコンゲーム小説。夢破れたAI技術者が犯罪コンサルとタッグを組み、一攫千金に挑む。藤井太洋×伊坂幸太郎みたいなポップでテッキーな作風が特徴。全3話のうちの第1話は、第9回創元SF短編賞の新井素子賞受賞作が原型なので、1作で二大SF新人賞を制したかたち。以上2作、それぞれに面白く、どっちが大賞でもおかしくない。選考会が揉めたんなら、コインでも投げて決めればよかったのに。

 郝景芳『1984年に生まれて』(櫻庭ゆみ子訳/中央公論新社)★★★★は、著者と同じ'84年生まれの女性と、文革時代に少年期を過ごしたその父の人生が、対照的な二つの中国を行き来しながら鮮烈に描かれる。ほぼリアリズム小説ながら、オーウェル的なディストピアの時間線から開放政策で分岐したはずなのに─というSF的視点が特徴。

(本の雑誌 2021年2月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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