気持ちがにぎやかに揺れ動く51人の物語

文=林さかな

  • フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)
  • 『フィフティ・ピープル (となりの国のものがたり1)』
    チョン・セラン,斎藤 真理子
    亜紀書房
    2,420円(税込)
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  • 西欧の東 (エクス・リブリス)
  • 『西欧の東 (エクス・リブリス)』
    ミロスラフ・ペンコフ,藤井 光
    白水社
    3,080円(税込)
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  • 文選 詩篇 (一) (岩波文庫)
  • 『文選 詩篇 (一) (岩波文庫)』
    川合 康三,富永 一登,釜谷 武志,和田 英信,浅見 洋二,緑川 英樹,川合 康三,富永 一登,釜谷 武志,和田 英信,浅見 洋二,緑川 英樹
    岩波書店
    1,122円(税込)
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  • MONKEY vol.16 カバーの一ダース
  • 『MONKEY vol.16 カバーの一ダース』
    柴田 元幸,古川 日出男,小山田 浩子,津村 記久子,西岡兄妹,マーク・クリック,円城 塔,平田 俊子,バリー・ユアグロー,イッセー 尾形,石川 美南,戌井 昭人,スティーヴン・ミルハウザー,黒田 征太郎
    スイッチパブリッシング
    1,320円(税込)
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  • インサイドアウトサイド
  • 『インサイドアウトサイド』
    Ramstein,Anne‐Margot,Aregui,Matthias,ラムシュタイン,アンヌ=マルゴ,アレギ,マティス
    ほるぷ出版
    3,135円(税込)
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 主人公のいない小説、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(斎藤真理子/亜紀書房)は五十一人の登場人物が出てくるので、実際はタイトルより一人多い。作者が書きすぎてしまったのだが、おさまりのいい数字をタイトルにしている。

 トップバッターはソン・スジョン。彼女の母親はガンの転移が広がり余命いくばくもない。最初は悲しんでいた母娘だったが、生きているうちに娘の結婚式をみようと、母親はいつのまにか式の主導権をにぎるようになる。死を目前にしてなりふりかまわぬ母親の姿は、なかば爽快にも思えてしまう。周りは病気の母の気持ちをくむべく静観しているのだが、そのうち式の主人公すら母親にすり替わったかのようで、当事者の二人でさえ「僕らが主人公じゃないからね」と納得してしまうほどだ。しかし、無事結婚式を迎え、チマチョゴリの「さららららん。」という衣ずれの音で主人公はスジョンに戻っていく。わずか数頁の物語の人の心持ちがその音ひとつに凝縮されている。

 登場する五十一人は病院にまつわる人々なので、スジョン以外にも生と死がそこかしこに描かれ、やるせなさに胸がつまったり、時に笑ったり、気持ちがにぎやかに揺れ動く。韓国で実際に起きた事件も多く盛り込まれ、新聞で読んでいた事件が、小説の中で動いているので臨場感がある。また、一人の登場人物の物語に他で語られた人がさりげなく描かれているので、物語をひとつ読み終わるたびに、小説に厚みが増す。邦訳版では伊藤ハムスターさんが一人一人の顔をイラストにしているのだが、それぞれ読んだイメージぴったりで五十一人の物語がより深く残った。

 ブルガリア出身英語作家ミロスラフ・ペンコフのデビュー短篇集『西欧の東』(藤井光/白水社)は八つの作品がおさめられている。訳者あとがきによると、ブルガリア人の八人に一人は国外で生活しているといわれ、ペンコフもまた自国を離れアメリカに住み、ブルガリアについての小説を書いている。「レーニン買います」は共産主義者の祖父の孫がアメリカに留学する話だ。祖父は留学する孫に「この資本主義者の腐れ豚め」と書いた手紙を送り、孫は「この共産主義者のカモめ、手紙をありがとう」と返事を書いて旅立った。猛勉強し、最優秀で学部を卒業し、大学院にもすすんだが、人と話をするのがつらくなり、ブルガリアへの郷愁がつのっていく。しばらく疎遠になっていた祖父とも電話をかけ、手紙も再開する。子どもの頃に祖父から勧められる本は共産主義の本ばかりで辟易していたのに、それすらもなつかしくなり、本を勧めてほしいと祖父に伝える。

 若いときに忌み嫌っていたものへの感覚、ふるさとを離れ自分で選んだ場所での失望、大人になっていく上で心あたりのあるものが、小説の中で輪郭をみせる。しかし、それは若いときだけではない。長く生きてきた祖父にすらある。それに気づかされる、小説のラストでの電話のやりとりは私にも身に覚えのあるものだった。

 千五百年にわたって読まれてきた中国最古の詞華集『文選』にも、いまに通じることばが記されている。岩波文庫『文選 詩篇』(川合康三・富永一登・釜谷武志・和田英信・浅見洋二・緑川英樹訳注 全六巻)は現在四巻が刊行されており、詳細な訳注があるおかげで、一巻から読んでいくと少しずつ理解が深まっていく。ぜひひとつふたつ声に出して読んでみてほしい。詩は声に出して読むと、より楽しい響きとことばを味わえる。

 一部分だけではあまりに短く、ことばや音の響きを紹介するには物足りないのを承知の上で、手紙のやりとりを詩で交わしているものを抜粋する。
「歡此乘日暇(此の日に乗るの暇を歓び)忽忘逝景侵(忽として逝く景の侵すを忘る)」──今という時をゆったり楽しめば、去りゆく時が人生をすり減らすのもふと忘れられる──。王僧達「答顏延年(顔延年に答う)」より

 季刊文芸誌「MONKEY vol.16 FALL/WINTER 2018-19」(スイッチ・パブリッシング)の特集は意表をつかれるものが多く、今回の最新号特集「カバーの一ダース」も、表紙のカバー、音楽のカバー等、カバーの奥深さを一ダース分味わえる特集だ。とはいえ猿の雑誌ゆえ(?)、一ダースにはひとつ足りないのもなんだか洒落ている。さて、エリオット・ワインバーガー「Not Recommended Reading──要約という名のカバー」(柴田元幸訳)がめちゃくちゃでおもしろかった。Not Recommended Reading とは非推薦図書。イギリスの週刊書評紙に掲載されたもので、一九九〇年にアメリカで出版された初期サイエンスフィクション辞典に載った小説の要約を二十三本抜き出し、それをさらに要約した文章。訳者の柴田さん曰く「妙なことをするものだが、とにかく面白いので、訳しました」と。要約の要約をさらに要約して紹介するのも野暮なので、ここはぜひ「MONKEY」で読んでほしい。かっこいい写真と共に、カバーと要約の妙を堪能できる。

 最後にフランスの文字なし絵本を紹介したい。アンヌ=マルゴ・ラムシュタイン&マティアス・アレギ『インサイドアウトサイド』(ほるぷ出版)は物のインサイドとアウトサイドを見せてくれる。開いて右側のページで家の外にある小さな犬小屋、左側には、犬小屋にすっぽりおさまる大きな犬が描かれるという具合に。視点の変換や大きさの転換、思ってもいない表と裏、中と外の世界は、存外新鮮で、小説を読んでいるときに味わうものによく似ていた。文字はないが、とても文学的な絵本。

(本の雑誌 2019年1月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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