新人・三方行成の爆笑SF童話集登場!

文=大森望

  • トランスヒューマンガンマ線バースト童話集
  • 『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』
    三方 行成,シライシユウコ
    早川書房
    1,742円(税込)
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  • ラゴス生体都市 第2回ゲンロンSF新人賞受賞作
  • 『ラゴス生体都市 第2回ゲンロンSF新人賞受賞作』
    トキオ・アマサワ,大森 望
    株式会社ゲンロン
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  • 逆数宇宙  第2回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞作
  • 『逆数宇宙 第2回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞作』
    麦原 遼,大森 望
    株式会社ゲンロン
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  • パワー
  • 『パワー』
    ナオミ・オルダーマン,安原和見
    河出書房新社
    2,035円(税込)
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 今月は日本SFの新人のデビュー作ラッシュ。まずは、門田充宏『風牙』(東京創元社)★★★½から。表題作は、第5回創元SF短編賞受賞作(8月末に書籍化された高島雄哉「ランドスケープと夏の定理」と同時受賞)。主役の珊瑚は、過剰共感能力者という特異体質を生かして、他人の記憶の中に潜り、第三者に理解可能なかたちに翻訳する、トップクラスのインタープリタ。勤務先の新興企業・九龍は、そうした技術と翻訳されたデータを利用して、ユーザーにリアルな疑似現実を体感させる疑験都市を開発している。プロジェクトも大詰めに入ったころ、社長の不二が悪性腫瘍で余命2年と宣告され、自身の記憶のレコーディングを決断。しかしその最中に思わぬトラブルが発生し、珊瑚は急遽、不二の記憶に潜ることに。そこで出会ったのは、5歳の不二と、ラブラドール・レトリーバーの風牙だった......。

 解説の長谷敏司が〝最高の犬SFのひとつ〟と絶賛するとおり、不二と祖父と犬をめぐるドラマが深く胸に沁みる。一方、SFとしてポイントが高いのは、疑験都市の技術的背景にスポットをあてる第2話「閉鎖回廊」。「風牙」で説明されなかった設定が説得力をもって描かれ、人工現実ミステリとしても一級品。後半の2話は珊瑚自身の過去がクローズアップされ、最後はずっしり重い読後感を残す。

 対する三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(早川書房)★★★★½は、第6回ハヤカワSFコンテストの優秀賞受賞作。大賞は〝該当作なし〟だが、これが大賞でもよかったのでは。もともとカクヨムで人気の高かった作品で、肉体を捨てた(気分次第で好きな〝具体〟をまとう)未来の超人類たちを主役に、シンデレラ、竹取物語、白雪姫、猿蟹合戦などを再話する、小ネタ満載の連作集。全編ですます調なので、「竹取戦記」の壮絶な竹林アクションとか、無闇におかしい。ちょっと引用すると、

〝砲撃によって竹が排除され、開けた空間の真ん中で、それがゆっくりと立ち上がります。四本の剣腕を広げた、銀色の刺々しいフォルム。見上げるほどの巨体。/〈百舌鳥〉。白兵戦に特化した戦闘義体です。〟

 という具合。ギャグとシリアスのバランス、ゆるさのさじ加減が絶妙で、ガンマ線バーストをお約束のように使う発想も面白い。最後の「アリとキリギリス」がちょっと弱くて尻すぼみの感は否めないが、これだけ楽しませてくれればじゅうぶんでしょう。柞刈湯葉『横浜駅SF』が好きだった人はぜひ。

 第2回ゲンロンSF新人賞の受賞作2作も、ともに中編(160枚と200枚)ながら、それぞれ単体で、ゲンロンから電子書籍化されている。正賞のトキオ・アマサワ『ラゴス生体都市』★★★½は、セックスが禁止されたナイジェリアの未来都市を舞台に、ポストサイバーパンク系のノワール文体で疾走する、猥雑でノリノリなディストピアSFサスペンス。最後は意外なほど古風でストレートなSFに着地する。対する優秀賞の麦原遼『逆数宇宙』★★★★は、ポストヒューマンなコンビが宇宙の果てを目指す、グレッグ・イーガン×バリントン・ベイリー(+エドモント・ハミルトン少々)みたいな宇宙論SF。飛浩隆の推薦文にいわく、〝麦原遼は知性のゲンコツで「宇宙の果て」をゴンゴン殴りにいく。それも一発や二発ではない。パンチを最後まで数え終わったとき、あなたもマットに沈んでいるのだ。〟実際、イーガン『シルトの梯子』級にハードだが、その分、読み応えは長編並み。

 ナオミ・オルダーマン『パワー』(安原和見訳/河出書房新社)★★★★は、本国イギリスで40万部を突破した話題作。あるときとつぜん、少女たちが電撃を放つ力(=パワー)を獲得し、世界が根底から覆る。ふうん、男女逆転ものの寓話的フェミニズム小説か──と思いきや、実はこれ、男女逆転の過程を生々しくリアルに(それこそ『WORLD WAR Z』風に)描く、パワフルでエンターテイニングな終末SF。最初に女たちがパワー革命を起こすのがサウジアラビアだったり、性的虐待者だった養父を電撃で殺した少女が修道院に逃げ込み、やがて宗教的指導者となって女性たちを率いたり、社会的・政治的にもアクチュアルで、ぐいぐい読ませる。〝現代版『侍女の物語』〟と言われてるそうですが、アトウッドよりむしろ、宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』や東山彰良『罪の終わり』を連想させる部分も。

 伊坂幸太郎『フーガはユーガ』(実業之日本社)★★★★は、〝毎年誕生日になると、2時間おきに体ごと入れ替わってしまう双子〟という「なんだそりゃ!?」的な設定から出発する(この設定でないと書けない)ヒーロー小説。例によって、すべての伏線が鮮やかに回収されてゆく快感が存分に味わえる。

 最後の1冊は、〈マトグロッソ〉連載スタートから8年余を経てついに全貌を現した森見登美彦の幻想巨編『熱帯』(文藝春秋)★★★½。千夜一夜物語をモチーフに、幻の小説をめぐってさまざまなレベルの虚構が入り乱れ、作者本人やおなじみのキャラクターも登場する。作中の森見登美彦が学生時代に古本屋で買って読みかけた佐山尚一『熱帯』は、ある若者が南洋の孤島に流れつく場面から始まる波瀾万丈の物語だが、結末は不明。ある女性は、「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」と言う......。

 著者が「我ながら呆れるような怪作である」と言うほどの怪作ではなく、たとえばプリースト『隣接界』などと比べても話は断然わかりやすい。異世界ファンタジー・パートがもうひとつ冴えないのが弱点か。

(本の雑誌 2019年1月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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