六歳の少年が語る喪失『おやすみの歌が消えて』

文=林さかな

  • おやすみの歌が消えて
  • 『おやすみの歌が消えて』
    リアノン・ネイヴィン,越前 敏弥
    集英社
    2,420円(税込)
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  • 言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)
  • 『言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)』
    ジェフリー・フォード,谷垣 暁美
    東京創元社
    3,300円(税込)
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  • あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集
  • 『あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集』
    ジーン・リース,西崎憲,中島朋子,他
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  • ジョー・グールドの秘密 (ジョゼフ・ミッチェル作品集)
  • 『ジョー・グールドの秘密 (ジョゼフ・ミッチェル作品集)』
    ジョゼフ ミッチェル,土屋 晃,山田 久美子
    柏書房
    1,980円(税込)
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  • ダム―この美しいすべてのものたちへ― (児童図書館・絵本の部屋)
  • 『ダム―この美しいすべてのものたちへ― (児童図書館・絵本の部屋)』
    ピンフォールド,レーヴィ,Almond,David,Pinfold,Levi,アーモンド,デイヴィッド,太市, 久山
    評論社
    1,650円(税込)
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 六歳の主人公ザックの語りで長編小説を上梓したリアノン・ネイヴィン。『おやすみの歌が消えて』(越前敏弥訳/集英社)は彼女のデビュー作だ。

 ザックの小学校に「じゅうげき犯」がきた。最悪なことに、兄のアンディが殺されてしまい、息子を亡くした母親は、悲しみにくれ、ザックにまで目が向かない。楽しみにしていた毎晩のおやすみの歌も歌ってくれなくなる。父親も、アンディのことだけではなく、どこか様子がおかしくザックのことを気にかけてはくれるものの、自分の問題解決にも気がとられている。だから、ザックはアンディの部屋のクロゼットを秘密基地として、ひとりの時間をもち、母親や父親や周りの人間を観察し考える。理不尽な事件で命を奪われた家族の悲しみが、少年の視点で描写される、その時間の進み方はとてもゆっくりだ。六歳の語りゆえ、ひらがなを多用しており、たくさんの文字数で、ザックがみたもの、みえてくるものを語り、事件と犯人、加害者、被害者家族の輪郭を際立たせる。大人の視点は最後まで入ることはなく、終始ザックのやわらかな感性で大人たちを描き、喪失感の深さと絶望をつきつけてくる。兄を亡くしたザックの、たどりつく感情に頭が下がる思いになった。

 ジェフリー・フォード『言葉人形』(谷垣暁美編訳/東京創元社)は、日本オリジナル編集の短篇集。五冊の短篇集に入っている八十篇近い作品から、幻想文学を中心に(SFに近いものやミステリー、ホラーをのぞいて)十三篇が選ばれた。ひとつ、またひとつと読み進めていくと、民話や寓話のような雰囲気が感じられた。洗練された文章は余分な言葉がそぎ落とされ、紙の上で映像がみえるようなイメージの豊饒さと共に、本の世界にすっぽり入り込むような贅沢な心持ちを味わえる。十三篇どれもすばらしかったが、表題作は何度か読み返すほど好きな作品。"言葉人形博物館"の紹介からはじまるその物語では、未亡人が管理する博物館に、二十年ぶりの来客が訪れる。彼女は言葉人形の説明を詳細に語る。子どもたちが農村地域で労働の担い手であったとき、仕事に集中させるために、人形職人が畑につれていける人形をつくっていたという。厳しい労働をしている間、想像力の世界の遊び相手として人形を与えたのだ。どんな風に人形をつくり、儀式を伴ってそれが子どもの手に渡るのか、詳細を読んでいけばいくほど、目の前に人形がみえてくる。ああ、私も言葉人形が欲しかった。

 日本で初めて紹介されるジーン・リースの短篇集は電子書籍「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」(西崎憲編、中島朋子他訳/惑星と口笛ブックス)で読むことができる。チョコレートのアソートを楽しむような十八作品が収められた短篇集で、それぞれの話に艶があり味わいがある。「飢え」はお金がないので、食べるものもなく、そんな時をどう過ごしたかの日々が描かれている。最初の十二時間、二日目、三日目、日が過ぎるごとに飢えの描写は細かくなり、ひきこまれた。この状態は何日まで続くのか、と。「機械の外側で」はイネスが病院に入院してから退院するまでが描かれる。秀逸なのは、退院のくだり。退院しても行くあてのないイネスはもう少し病院にいられないだろうかと願い出るが、叶わない。そんなときに、一緒に入院していた婦人からハンカチを受けとる。そこにはイネスの最も欲しているものが入っていた。助けはいつも思いもかけないところから差し伸べられる。おもしろいのは、そのカタルシスで物語を終わらせないところだ。本書には編者による長文の解説が付いており、ジーン・リースを知る一助となるとともに、もっと彼女の作品を読みたくなる。

 ジョゼフ・ミッチェル『ジョー・グールドの秘密』(土屋晃・山田久美子訳/柏書房)は雑誌「ニューヨーカー」時代の作品をまとめた、ジョゼフ・ミッチェル作品集の完結にあたる四巻目。ミッチェルは一九九六年に亡くなっており、スタッフライターとして寡作ながら、現在の同業者がいまに至るまで敬意を表している伝説の人物だ。ノンフィクションなのだが、深い洞察力から生み出される人物の話は、ドキュメンタリーを読んでいるというより、ひとつの物語を読んだ感覚をもつ。表題作の「ジョー・グールドの秘密」は、『口述史』を書いていると吹聴してまわっているグールドの話。浮浪者のように暮らしながら、友人知人を訪ね、作文練習帳に文字を走り書きする。話し手が気づいていない、言葉のもつ異なる意味が潜んでいるものをグールドは『口述史』に残しているんだと周りに語る。ミッチェルは読ませてもらおうとするが、うまく、はぐらかされるばかり。ミッチェル以外の出版社などもグールドの『口述史』に近づこうとするが、最後はなんともいえない結末が待っていた。ミッチェルはこの作品を書き上げたあと、長い隠遁生活に入っていく。青山南氏は解説でミッチェルが何も書かなくなった原因の一端を推測する。この解説は表題作を読む前に絶対に読んではいけない。

 YA作品を多く書いているデイヴィッド・アーモンドが文章を書いた絵本『THE DAM この美しいすべてのものたちへ』(レーヴィ・ピンフォールド絵/久山太市訳/評論社)は実話をもとにしている。原野にダムがつくられることになり、そこに住んでいた人たちは立ち退きを余儀なくされる。少女は父親と一緒に、家々を音楽で満たしていく。父親は歌を歌い、娘はヴァイオリンを弾く。沈んでいく一軒一軒すべてがコマで描かれ、音楽でつつまれていくのが視覚化される。現在、この親子は音楽家として活躍しているという。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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