早川と創元の新旧二大巨頭が大激突だ!

文=大森望

  • 星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)
  • 『星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョン・スコルジー,内田 昌之
    早川書房
    1,276円(税込)
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  • 火星の遺跡 (創元SF文庫)
  • 『火星の遺跡 (創元SF文庫)』
    ジェイムズ・P・ホーガン,内田 昌之
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • セミオーシス (ハヤカワ文庫SF)
  • 『セミオーシス (ハヤカワ文庫SF)』
    スー バーク,Yuta shimpo,水越 真麻
    早川書房
    1,166円(税込)
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  • 言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)
  • 『言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)』
    ジェフリー・フォード,谷垣 暁美
    東京創元社
    3,300円(税込)
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 今月の翻訳SFは、早川と創元で新旧二大巨頭が大激突。ともに内田昌之訳なので、さしずめ内田ダービーか──と思うと急に熱が冷めますが(個人の感想です)、現役代表は、2017年に出た、ジョン・スコルジーの新シリーズ開幕篇『星間帝国の皇女』(ハヤカワ文庫SF)★★★★½。

 物語の舞台は、超光速航法を可能にする異時空の流れ"フロー"で相互接続された47の星系から成る、広大な人類帝国。自由に育った皇女カーデニアは、兄と父を相次いで亡くし、思いがけず皇位を継承する羽目に。おりしも、フロー終端に位置する辺境惑星の物理学者がフローの崩壊を予測。いずれ各星系は孤立し、人類帝国は滅亡するという。有力貴族や星間ギルドがからむ政治的駆け引きのただなかで、カーデニアはこの未曾有の危機をどう乗り切るのか?

 と、問題は深刻だが、ストーリーテリングは軽快そのもの。カーデニアの親友にして補佐官のナファ、ノハマピータン家の烈女ナダーシェ、公家の令嬢でありながら宇宙せましと飛びまわるキヴァなど、脇役にも魅力的なキャラがそろい、この先どんな展開になるか楽しみだ。

 対する退役代表は、ご存じジェイムズ・P・ホーガンの01年の長篇『火星の遺跡』(創元SF文庫)★★★★。タイトルや巻末解説からは超古代文明SFを想像しそうだが、実はこれ、凄腕のトラブルシューター(紛争調停人キーラン)が活躍するコンゲーム小説で、古代文明ネタはストーリーにはほとんど関係しない。前半の主役は、火星のドーム都市で自分が主導する瞬間転送実験(転送先に複製をつくってオリジナルを消去するタイプ)の最初の被験者となった科学者サルダ。実験は無事成功するが、巨額の報酬は口座から消え、記憶の一部が失われている。いったい彼の身に何が起きたのか? 後半は古代遺跡発掘プロジェクトが背景になるが、そこでもやはり、キーラン率いるチームがまんまと相手をひっかける手際が読みどころ。SF設定には粗が目立つが、まあ、コンゲームの背景だと思えばそう腹も立たない。キーランの万能ぶりや立て板に水の弁舌は『造物主の掟』のザンベンドルフ風だったりして、これこれこれ!という感じ。久々にホーガン節が満喫できる。

 この2作にくらべると、スー・バーク『セミオーシス』(水越真麻訳/ハヤカワ文庫SF)★★★は真面目すぎて分が悪い。植物知性とのファーストコンタクトものということで、帯には"新世代のル・グィンが描く、21世紀の『地球の長い午後』"と(誇大広告気味に)謳われているが、舞台は植民惑星パックス。開拓を試みた第一世代の入植者は、突然毒性を持つようになった土着植物に苦しめられる......。そこから100年(7世代)にわたる歴史が飛び飛びに描かれるが、全体に古めかしいうえ、どうにも地味な印象は否めない。著者は1955年生まれだが、2018年に出た本書が初長篇という遅咲きの作家。続篇の構想もあるらしいが、さて。

 林ページでも紹介されているジェフリー・フォード『言葉人形』★★★★は、谷垣暁美の編訳で幻想小説系の13篇を収める著者初の邦訳短篇集。03年の世界幻想文学大賞に輝く巻頭の「創造」は、森の中で樹皮やタンポポや水晶のかけらを使って"人間"を"創造"した少年時代を回想する鋭利な幻想譚。表題作は、人類学博士号を持つ女性が農村地帯で発見した"野良友だち"(=言葉人形)の風習を描く民俗学的怪異譚。いちばんSF寄りの「理性の夢」は、物理法則が異なる異世界で光を研究する科学者が主人公。"遠くの星々はダイヤモンドでできている""物質は光が速度を落としたもの"という仮説を証明するために巨大な実験を考案する。同じく光に憑かれた人間を描く「光の巨匠」、奇妙なドッペルゲンガー小説「私の分身の分身は私の分身ではありません」、幻想小説についての幻想小説「ファンタジー作家の助手」など、印象的な作品が多い。

 日本では、芥川賞候補となった中篇(今号大塚真祐子ページで紹介)を表題作とする高山羽根子の第三短篇集『居た場所』(河出書房新社)★★★★½が目玉。SF的に読むと、表題作は明らかに侵略テーマ(もしくは人類家畜テーマ)のファーストコンタクトもの。随所にネタが仕込んであるが、それを無視しても読めるつくりになっているのが特徴。その意味ではデビュー作「うどん キツネつきの」と同じ構造だが、SF要素はこちらのほうがさらに前面に出ている。タッタという謎の小動物とか耳から出る緑色の液体とか、いちいちギミックがすばらしい。他に、『夏色の想像力』初出の「不和 ふろつきゐず」を改題改稿した「蝦蟇雨」(新タイトルに星5個!)と、地元民しかいない島にTV番組チームがやってくる「リアリティ・ショウ」(ユリイカ初出)の2篇を併録する。

 藤井太洋『東京の子』(KADOKAWA)★★★★は、パルクールと雇用問題を両輪に"五輪以後"の東京を描く近未来小説。主な舞台は、有明北地区の競技施設跡地に建設された日本版職業能力開発大学校、東京デュアル。2年前の2021年に開校し、すでに500のサポート企業と提携、4万人の学生が働きながら実務を学ぶ。主人公は、ある事情から他人の戸籍を買い、何でも屋として生活する23歳の青年。小学生時代はパルクールのパフォーマンスを見せるYouTube動画で世界的に人気を集め、東京の子と呼ばれていた。人捜しのため東京デュアルに赴いた彼は、様々な思惑がからむ学生デモの計画に巻き込まれてゆく。制度的な問題解決と肉体の躍動を重ねるクライマックスが絶品。

(本の雑誌 2019年3月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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