生き抜く力を失わない『三人の逞しい女』

文=林さかな

  • 三人の逞しい女
  • 『三人の逞しい女』
    NDiaye,Marie,ンディアイ,マリー,正嗣, 小野
    早川書房
    3,132円(税込)
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  • 七つのからっぽな家
  • 『七つのからっぽな家』
    Schweblin,Samanta,シュウェブリン,サマンタ,悠子, 見田
    河出書房新社
    2,200円(税込)
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  • 言葉の色彩と魔法
  • 『言葉の色彩と魔法』
    レープ,ロート,Schami,Rafik,Leeb,Root,シャミ,ラフィク,美穂, 松永
    西村書店
    2,860円(税込)
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  • シェリ (光文社古典新訳文庫)
  • 『シェリ (光文社古典新訳文庫)』
    Colette,Sidonie‐Gabrielle,コレット,シドニー=ガブリエル,万里子, 河野
    光文社
    902円(税込)
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  • 見えないものを集める蜜蜂
  • 『見えないものを集める蜜蜂』
    ジャン=ミシェル・モルポワ,綱島 寿秀
    思潮社
    2,750円(税込)
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  • 唐詩和訓ーひらがなで読む名詩100
  • 『唐詩和訓ーひらがなで読む名詩100』
    横山悠太
    大修館書店
    2,640円(税込)
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 今年の一月から四月にかけてNHKラジオ「こころをよむ」で小野正嗣さんによる『歓待する文学』が放送され、テキストも購入して毎回楽しみに聞いていた。その中で小野さんが翻訳中のマリー・ンディアイの『三人の逞しい女』(早川書房)を紹介していたので、一冊の本として読むのを待ちわびていた。三人の女たちの話にはいずれも鳥が重要なモチーフで登場し、表紙にも濃い色の羽毛をもつ美しい鳥が描かれている。

 語られている三人は、わかりやすい逞しさはもっていない。望まぬ環境の中で、ひるまず明るい光の先をじわじわと探しながら歩んでいる。最後に登場するカディ・デンバは、優しい夫と食堂で住み込みで働き、子どもを授かることを何よりの望みとしていた。しかし、結婚して三年目に夫は急逝してしまう。夫を亡くし、夫婦で住み込みが条件だった仕事も無くし、夫の家族と暮らすようになるが、結局家から出されてしまう。アフリカからヨーロッパに渡ろうとするのだが、お金も尽き、砂漠のような町に留まる。ひどい状況におかれてなお、カディはカディであることの誇りだけは守り抜く。生活がどんどん墜ちていき、もはや明日の生すらも危うくなっても「私はカディ・デンバ」と凜としている。「誰とも取り代えがきかない人間なのだ。それは、証明することはできないが、否定することもできない事実なのだ。」逞しさとは、生き抜くための力を失わないこと。この小説は、そういう強さをもった三人の女たちを描いている。

 サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』(見田悠子訳/河出書房新社)は、ユニークな七つの短篇が収められている。「ぼくの両親とぼくの子どもたち」では、ぼくの両親が全裸で裏庭を走り回っているところから始まる。その日、離婚した妻が現在の夫と共に、子どもたち二人を連れてくる日だった。元妻は、四歳の娘と六歳の息子に祖父母のそんな姿を見せたくないと怒る。しかし、ぼくには全裸の祖父母を見せることにさほどの抵抗はない。いやいや、想像しただけでも、裸でいる祖父母と孫を会わせたいと思うだろうか。とはいえ、裸でいることは孫に悪影響を与えるのだろうか。危害を加えようとしているのではない。言葉どおりの「ただ」裸でいるだけ、なのだ。

 読んでいても、すぐにどちらが正しいと判断できず、空間に漂う曖昧さにひきずられ、思考がまとまらなかった。サマンタの短篇はいずれもすっきりする結末は用意されておらず、読者に疑問をつきつける。そこがおもしろくて惹かれてしまう。

 ラフィク・シャミ『言葉の色彩と魔法』(松永美保訳/西村書店)は、画家で、著者の妻であるロート・レープが作品ごとに絵をつけている。一九七一年にシリアから亡命したシャミは、児童文学から小説まで幅広い作品で知られている作家。五九もの短篇はどれから読んでもいい。子ども時代を描いたものから、寓話のような話など、テーマも様々だ。

 私は、くつろぎたい時にゆっくり読んだ。クスリと笑いを誘う話も背景にはシャミの実感してきた重たい歴史がある。それでも辛さの周りにあるおかしみが心を楽しませてくれる。

 光文社古典新訳文庫は毎月のラインナップを追いかけているが、コレットの『シェリ』(河野万里子訳)は一気読みした。一九〇〇年代はじめのパリが舞台。レアは四九歳、高級娼婦として華やかに過ごし、いまは引退のときを迎えている。とはいえ、その年になっても美貌は健在で、同業者の息子、二四歳年下のシェリと深い仲になっていた。美しい二人が、優雅に絡み合い、気持ちの駆け引きをしている関係が繰り広げられている。年齢差のある二人の関係は浮き世離れしているかのように感じられるが、不快ではない。しかし、最後に衝撃の二行が待ち受けていた。この二行はこれからもずっと忘れられない。

 ジャン=ミシェル・モルポア『見えないものを集める蜜蜂』(綱島寿秀訳/思潮社)は一九五二年生まれの詩人作家による散文集。作家は散文とよんでいるが、詩ともいえる言葉が集められている。蜜蜂のように、詩人が言葉を集め、つなげ、熟成させ、ひとつひとつの文章を生み出している。

「書くとは、物の名を変えるというよりはむしろ、ことばにつもった埃を払いのけ、世界を灰一色の単調さから救い出すことである。ことばに報いる者はこうして、見えるものにはその色を、見えないものにはその浮彫りを取り戻す。それは驚異を分泌する。」

 浮き彫りにされた文章を堪能する喜びに満ちた一冊なのだ。

『唐詩和訓 ひらがなで読む名詩100』(横山悠太訳/大修館書店)は四月に刊行されたもの(奥付は五月)で、少し遅れてしまったがぜひ紹介したい。杜甫、李白、白居易、韓愈という唐を代表する彼らの詩を七音・七音の定型のひらがなで訳したもので、詩の深いところに触れられたような感覚が得られ、世界の扉がまたひとつ増えたようにうれしくなった。これらは声に出して読むといい。思わず笑ってしまうものもある。

 高校生の娘と大笑いしながら読んだのは白居易の「曉寢」。二度寝は至福に同感しきり。白居易とは仲よくなれそうな気持ちになってしまう。

 まくらかえして ゆったりにどね/あたまめぐらし のんびりあくび/まどのあかりに あかつきおぼえ/やぐのぬくみに はるのおとずれ/このぐうたらに まさるものなく/おいぼれのみに かかせぬやすみ/とりがなけども きにせずねむる/にどともどれぬ あさのつとめは

(本の雑誌 2019年8月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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