世界初の百合SFアンソロジーがすごい!

文=大森望

  • アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)
  • 『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)』
    S‐Fマガジン編集部
    早川書房
    950円(税込)
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  • ナイトフライヤー (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ナイトフライヤー (ハヤカワ文庫SF)』
    ジョージ・R・R・マーティン,鈴木康士,酒井昭伸
    早川書房
    1,386円(税込)
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  • 方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)
  • 『方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)』
    ギョルゲ・ササルマン,住谷 春也
    東京創元社
    2,420円(税込)
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  • 愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)
  • 『愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)』
    ハーラン・エリスン,若島正,渡辺佐智江
    国書刊行会
    2,640円(税込)
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  • ゴルコンダ
  • 『ゴルコンダ』
    斉藤直子
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 予告段階から話題沸騰、SFマガジン60年の歴史で初めての3刷(増刷2回)を記録した百合特集号('19年2月号)。同号掲載の5篇に4篇を加え、世界初の百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』(SFマガジン編集部編/ハヤカワ文庫JA)★★★★½が刊行された。

 百合とは〝女性間の関係性を扱った創作ジャンル〟(カバー裏より)──と思って読み始めると、のっけから宮澤伊織「キミノスケープ」に足もとをすくわれる。というのもこれ、世界に一人だけ残された主人公(=あなた)の孤独な旅を描く二人称小説。〝不在百合〟なる新ジャンルを開拓したそうですが、そこに〝女性間の関係性〟を見出すかどうかは読者次第。百合はあなたの心の中にある──と宣言するような哲学的百合SF(または、ちょっと変わった終末SF)なのである。対する南木義隆「月と怪物」は、今年1月の「コミック百合姫×pixiv 百合文芸小説コンテスト」に別名義で投稿され、〝ソ連百合〟と呼ばれて脚光を浴びた改変歴史SFの改稿版。〈国家というこの世界を我が物顔で闊歩する巨獣が互いを喰らいちぎり、血を流し身もだえするかのような時代にセーラヤ・ユーリエヴナは産み落とされた〉という書き出しから、共感覚を持つがゆえに政府の教育実験施設に収容された彼女とその妹の数奇な運命が語られる。うーん、SFアンソロジーに入ると意外に普通かも。書き下ろし勢で一番の注目は、陸秋槎「色のない緑」(稲村文吾訳)。百合本格ミステリ『元年春之祭』の著者による初のSFだが、AI導入によるブラックボックス化の罠を(法月綸太郎「ノックス・マシン」方式で)現代的な言語学SFとして描き、完成度が高い。新鋭女性作家コンビが合作した櫻木みわ×麦原遼「海の双翼」は、グレッグ・イーガン的な身体改変/ポストヒューマンSFを叙情的な(幻想小説風の)タッチで綴った美しくも切ない秀作。巻末は小川一水の書き下ろし宇宙SFが締める。ほかに、今井哲也の漫画と、森田季節、草野原々、伴名練の小説を収録。ただの日本SFアンソロジーとしてもたいへん魅力的かつバラエティ豊かなので、百合になんの関心もない人にもおすすめ。

 瀬名秀明3年ぶりの長篇『魔法を召し上がれ』(講談社)★★★½は、マジックと料理とロボットの三本柱を軸にした近未来大作。主人公は駆け出しのマジシャン。高校の同級生だった美波は、あの日、なぜ教室の窓の向こうに消えたのか──という謎を中心とする青春ミステリだが、ケンイチ・シリーズの後日譚とも(あるいは一種の物語論とも)読める。最後に明かされる美波の〝魔法〟がほろ苦い味わいを残す。

 ジョージ・R・R・マーティン『ナイトフライヤー』(酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫SF)★★★★は'85年に出た第5作品集の全訳(6篇のうち3篇が初訳)。ドラマ化されてNetflixで配信中の表題作は、ファーストコンタクトを目的に旅立った宇宙船内で次々に起きる事件をサスペンスフルに描くSFミステリ。初出から3割増量された改稿版で、200ページ近い分量がある。初訳作品では、ある意味『屍者の帝国』っぽい設定の《屍使い》シリーズに属する「オーバーライド」がすばらしい。「ライアへの賛歌」を改題・改訳した巻末の「この歌を、ライアに」は、著者の恋愛SFの代表作だが、30年ぶりに読むとさすがに気恥ずかしい。

 一方、ルーマニアの幻想作家ギョルゲ・ササルマンの『方形の円 偽説・都市生成論』(住谷春也訳/東京創元社)★★★½は、'75年初刊の掌篇連作集。海中市ポセイドニア、宇宙市コスモヴィア、立体市ステレオポリスなど、36の架空都市を描く幻想小説に、日本の読者へのメッセージ、仏語版あとがき、西語版まえがき、西語版から英訳したル・グィンによる英語版序文、酉島伝法の解説などを加えた永久保存版。「セレニア──月の都」の超絶ロジック(興味を持たれることによる汚染)など、SF的な面白さにあふれる都市もいくつか。それにしても、SFマガジン訳載の短篇「アルジャーノンの逃亡」で名前を覚えてから37年を経て初の邦訳書が出るとは......。

 それよりさらに古い作品が揃うのが、若島正編のハーラン・エリスン非SF短篇傑作選『愛なんてセックスの書き間違い』(若島正・渡辺佐智江訳/国書刊行会)★★★★。'56年〜'76年発表された、オール初訳の11篇を収める。著者自身を思わせる人気作家が夜のNYを放浪する「パンキーとイェール大出の男たち」のほか、著者自身が取材のためNYのチンピラギャング団に潜入した体験を生かした「人殺しになった少年」、大手男性誌に作品を売るための涙ぐましい奮闘を描く爆笑業界コメディ「ジルチの女」など、若々しいエリスンを堪能できる。なお、エリスンと言えば、『危険なヴィジョン』の完訳版が全3巻で刊行中ですが、こちらは完結時にあらためて。

 斉藤直子『ゴルコンダ』(惑星と口笛ブックス)★★★½は、電子書籍オリジナルの短篇集。《NOVA》初出の表題作および「禅ヒッキー」と、書き下ろしの5篇を収める。巻末の大正ファンタジー「草冠の鬼」以外の6篇は、会社員の〝僕〟が奇妙な事件に巻き込まれる連作。先輩の奧さんが28人に増えたり、先輩ともども悪魔に魂をとられたりする。素っ頓狂な会話とオフビートな展開が楽しい。新井素子『この橋をわたって』(新潮社)★★★½は、碁盤が被告となる奇天烈囲碁ミステリ「碁盤事件」、児童文学的な枠組みと著者の文体がうまくマッチした中篇「なごみちゃんの大晦日」など、'04年以降に書かれた8篇(ショートショート3篇含む)を収める。

(本の雑誌 2019年8月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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