ル=グウィンのクリアな思考に圧倒される!

文=林さかな

  • 暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて: ル=グウィンのエッセイ
  • 『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて: ル=グウィンのエッセイ』
    アーシュラ・K・ル=グウィン,谷垣暁美
    河出書房新社
    2,640円(税込)
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  • 友だち (新潮クレスト・ブックス)
  • 『友だち (新潮クレスト・ブックス)』
    Nunez,Sigrid,ヌーネス,シーグリッド,潔, 村松
    新潮社
    2,200円(税込)
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  • 誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ (となりの国のものがたり4)
  • 『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ (となりの国のものがたり4)』
    イ・ギホ,斎藤 真理子
    亜紀書房
    1,870円(税込)
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  • 【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット
  • 『【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット』
    柴田 元幸
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    2,420円(税込)
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『暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて ル=グウィンのエッセイ』(アーシュラ・K・ル=グウィン/谷垣暁美訳/河出書房新社)の表紙写真は、公式サイトにずっと置かれていた本人の画像。本書は生前最後のエッセイ集でブログをもとにしたものである。時系列ではなくテーマ毎に章立てされ、合間に愛猫のパードについて書かれた日記も挿入されている。

 八十一歳(!)でブログを始めたというのも驚く。依頼されて書かれたものではない記事からは、とにかく聡明でクリアな思考が伝わってきて、圧倒される。タイトルになった言葉は、ハーバード大学からのアンケート回答からきている。問いのひとつに「余暇には何をしますか?」というものがあり、八十代にとって余暇以外の時間があると思っての質問なのかと切り返す答えは明確で、余っている時間などル=グィンにはない。
 ブログの記事はいずれもが示唆に富み、読み手に与える満足度は深い。

「植物の身になって考えよう」ではこう記している。菜食主義者、完全菜食主義者のいう「人参は苦しんでいないから」「大豆には神経組織はない。大豆は苦痛を感じない。植物には感情がない」これらは過去多くの人が動物についていっていたことであり、科学の進歩で動物の苦痛や恐怖を知ることになる。では植物には本当に感情がないのか。そのメカニズムやプロセスはまだわからないことが多いが植物に感覚がないという考えは正当化できないと、その先にあるル=グィンの思考は本当におもしろいものだった。

 これに限らず、どのページにも付箋をつけたくなり、何度も読み直している。ファンタジーの法則、ホメロス論、朝食の卵など書かれていることは広く深く細やかだ。

 二〇一一年三月、東日本大震災が起きたとき、ル=グィンは翻訳者の谷垣さんにお見舞いのメールを送り、日本に向けてメッセージをブログに書かれた。そのメッセージを谷垣さんが翻訳し、了解をもらって、私のブログに掲載することになった。記事は多くの人に拡散され、原発が爆発し外に出てはいけない日だと後にわかったそのとき、私は外で、鳴りやまないスマホの通知をずっとポケットで受けていた。その日は息子の高校合格発表日だった。本書には掲載されていないが、いまも公式サイトに記事が残っている。忙しくしていたル=グィンが日本の震災に心を寄せてくれたことは今も私を励まし続けている。

『友だち』(シーグリッド・ヌーネス/村松潔訳/新潮社)は挿画に惹かれジャケ買いした。表紙では小説の中で最重要「人物」ならぬ「犬」であるアポロが強い存在感を放っている。

 初老の女性作家の回想という体での小説で「わたし」は自殺してしまった「あなた」のことを語る。アポロは「あなた」が残していった大型犬であるグレートデンで、老犬な為、引き取り手が見つからず、「わたし」のもとにくることになる。言葉をもたない犬のアポロは、「わたし」から本を読んでもらうのが好きで、静かに聞き耳をたてる。「わたし」は読む。「あなた」のことを回想しながら。自然にアポロとの関係がつよくなっていく。

 タイトルの言葉が「友だち」なので、てっきりアポロとの関係を語っていくのだろうと予想していると、全く違うことが待っていた。知らずのうちに、私までも、アポロと近しくなっているからこそ、いっそう驚いたともいえる展開だった。

 また本書の魅力は多くの文学者の名前があがり、引用やエピソードが挿入されているところにもある。小説にたっぷりの文学スパイスがかかり、コクを出している。

『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(イ・ギホ/斎藤真理子訳/亜紀書房)はソフトカバーで優しそうなお兄さんの表紙絵。目次をみると七つの短篇がおさめられているようにみえるが、「あとがき」も一つの作品になっているので、合計八つの作品が読める。訳者解説によると著者は作品タイトルにすべて人名を入れ、「誰一人として平凡な人というのはいない、皆が独特の事情を抱えていると思っている。その平凡な日常に起きた予期せぬ出来事について書いてみたかった」と語ったという。

「クォン・スンチャンと善良な人々」では、母親が闇金で借りた借金を、クォン・スンチャンがなんとか工面して返済したところ、すでに母親は返済していたことを知る。二倍受け取ったお金を闇金から戻してもらおうと、クォン・スンチャンはマンションで座り込みをはじめる。マンションの住民は長く座り込みをする彼のためにある行動を起こすが、拒否される。

 饒舌に語られる小説のラストは突き放されるような感覚もあるのだが、人のとる行動の背景について唸らされた。

『新装版 柴田元幸ハイブ・リット』(アルク)は二〇〇八年にCDブックとして刊行されたものの新装復刊。音声はスマホアプリやPCからダウンロードして聞けるようになった。

 バリー・ユアグロー、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ポール・オースター、ケリー・リンク、スチュアート・ダイベックという海外文学好きなら飛びつきそうな作家たちによる自作を朗読した音声が聞け、作品テキストは和英並記(柴田元幸訳)で読むことができる。

 本というのは紙であれ電子であれ自分のペースで読んでいくが、音声はそうではない。一文ずつ、作家自身のリズムと声で耳から小説が入ってくる。おもしろい作品を聞けて読めるのはすこぶる贅沢で心地よい。

(本の雑誌 2020年4月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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