乾緑郎の改変歴史時代SF《機巧のイヴ》三部作完結!

文=大森望

  • 機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫)
  • 『機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫)』
    乾 緑郎,獅子猿
    新潮社
    825円(税込)
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  • 大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)
  • 『大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)』
    草野 原々,TNSK
    早川書房
    902円(税込)
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  • 坂下あたると、しじょうの宇宙
  • 『坂下あたると、しじょうの宇宙』
    町屋 良平
    集英社
    1,760円(税込)
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  • 二〇三八年から来た兵士
  • 『二〇三八年から来た兵士』
    岡本俊弥
    NextPublishing Authors Press
    1,650円(税込)
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  • 草地は緑に輝いて
  • 『草地は緑に輝いて』
    アンナ・カヴァン,安野玲
    文遊社
    2,750円(税込)
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  • 十二月の十日
  • 『十二月の十日』
    ジョージ・ソーンダーズ,岸本佐知子
    河出書房新社
    2,640円(税込)
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  • フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが
  • 『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』
    フレドリック・ブラウン,安原 和見
    東京創元社
    3,850円(税込)
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 新春恒例の『SFが読みたい! 2020年版』が出て、「ベストSF2019」が発表された。海外篇1位は劉慈欣『三体』。国内篇は、新鋭・伴名練の第一短篇集『なめらかな世界と、その敵』が、酉島伝法『宿借りの星』(2位)や小川一水『天冥の標X』(3位)を押さえて1位を獲得。同時発表の「2010年代ベストSF30」は、国内海外混合で、上位10作が、①酉島伝法『皆勤の徒』②ケン・リュウ『紙の動物園』③アンディ・ウィアー『火星の人』④上田早夕里『華竜の宮』⑤飛浩隆『零號琴』⑥小川一水《天冥の標》⑦劉慈欣『三体』⑦チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』⑨伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』⑩飛浩隆『自生の夢』という結果でした。日本SFは西高東低? なお、10年代総括企画としては、手前ミソで恐縮ですが、日本SFのベスト短篇20篇を2冊に分けて収録する大森望・伴名練編『2010年代SF傑作選』1・2(ざっくり言うと1がベテラン篇で2が新鋭篇)と、本誌連載のSF新刊ガイド9年分(2011~2019年)をまとめた『21世紀SF1000 PART2』が、ともにハヤカワ文庫JAから同時刊行。こうやってあらためて振り返ると、10年代のSFは内外ともになかなか豊作だったのでは。とくに日本SFは、新人の躍進が目覚ましい印象です。

 では2020年代のSFはどうなるのか。乾緑郎『機巧のイヴ 帝都浪漫篇』(新潮文庫)★★★★½は、《機巧のイヴ》三部作の(一応の)完結篇。もうひとつの江戸(天府)を舞台に(改変歴史)時代SFとして出発した第1部、19世紀末の新大陸(万博会場)に飛んでスチームパンクの限りをつくした第2部『新世界覚醒篇』に続き、今回の始まりは1918年。前作のメインキャラだった八十吉は、新大陸から帰国後に工務店を立ち上げて実業家として大成功、「国際バリツ協会」の総裁も務めている。一方、八十吉の養女として天府に戻った美少女アンドロイドの伊武は、(なにしろ外見はまったく年をとらないので)自転車で颯爽と女学校に通う日々──と、まさかの大正女学生もの(『はいからさんが通る』風)に転調する。伊武の親友ナオミは、25年前に来日して日本法人を設立したフェル電器産業社主マルグリットの愛娘。ナオミが伊武と喧嘩したり、人気画家の(東郷青児ならぬ)姫野清児のモデルをつとめたり、汁粉屋でバイトしたり、前半はなんとも牧歌的で楽しいムードだが、やがて戦争の暗い影が忍び寄る......。

 関東大震災、甘粕事件、満映、李香蘭など、歴史上の人物・事件を改変歴史世界に大胆にとりこむテクニックは鮮やか。まだまだ続きがありそうだが、この3作で伊武の話は一段落という感じなので、未読の方はこの機会に3作まとめて是非。

 先月紹介しそこねた草野原々『大絶滅恐竜タイムウォーズ』(ハヤカワ文庫JA)★★★は、『大進化どうぶつデスゲーム』の続編。前作に輪をかけてネタが暴走し、造語が頻出。おまえは山田正紀か! とツッコミつつ読んでたら最後の章題が「最後の敵」で笑った。

 今月の意外な1冊は、町屋良平『坂下あたると、しじょうの宇宙』(集英社)★★★★。新興の文学系小説投稿サイトで人気を集める高校生・坂下あたると、彼に影響を受けて現代詩を書きはじめた同級生の"おれ〟=毅を軸にした青春SF。あたるの偽アカウント「坂下あたるα」が出現し、パクり小説を投稿しはじめるが、その犯人は、サイトのバグから自然発生したAIらしい。やがてαの小説は奇怪な変容を遂げ、現実を素材にしたイーガンばりの本格SFに発展。αを止められるのは(そうとは知らずに)αに材料を提供していた毅だけ。毅は本気で詩と向き合うことに......。少年二人の関係を見守る女性キャラ二人との(恋愛要素を含む)関係もすばらしい。青春と現代詩とSFが独特の流儀で結びつき、忘れがたい印象を残す。

 岡本俊弥『二〇三八年から来た兵士』(スモール・ベア・プレス)★★★は、『機械の精神分析医』に続く第二短編集。改変歴史ものを中心に全10篇を収める。AIテーマの前作よりやや古めかしい印象だが、神戸大SF研でガリ版の翻訳SF同人誌(〈れべる烏賊〉)をつくっていた頃を改変歴史SF化した「流れついたガラス」があまりにも懐かしい。

 SFを含む翻訳短篇集が2冊。アンナ・カヴァン『草地は緑に輝いて』(安野玲訳/文遊社)★★★は、13篇を収録する'58年刊の第三短篇集の全訳(表題作以外はたぶん初訳)。もっとも長い(88ページ)巻末の「未来は輝く」は、〈高楼都市〉常任主席サイバネティックス顧問を務める伯父を頼って見知らぬ大都会へとやってきた少年の視点から輝かしい未来都市を描く異色のディストピアSF。対するジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』(岸本佐知子訳/河出書房新社)★★★½も、全10篇のうちいちばん長い「センプリカ・ガール日記」が、移民問題をテーマにした鮮烈なディストピアSF。〝SG飾り〟の(ほとんど反SF的な)ありえなさが逆に強い印象を与える。

《フレドリック・ブラウンSF短編全集》は、全4巻の第2巻『すべての善きベムが』(安原和見訳/東京創元社)が出た。吾妻ひでお『不条理日記』の〝そこにはいない小人〟でおなじみ「ユーディの原理」や、スタートレックの原作にもなった(藤子・F・不二雄の某短篇の元ネタとも言われる)「闘技場」のほか、「不まじめな星」「夜空は大混乱」「狂った惑星プラセット」「ウェイヴァリー」など超有名作品が目白押し(新しい訳題から旧訳題を当てるクイズができそう)。いま読んでも意外と新鮮です。

(本の雑誌 2020年4月号掲載)

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●書評担当者● 大森望

書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。

http://twitter.com/nzm

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