『サンセット・パーク』の四人の若者と語らう

文=林さかな

  • サンセット・パーク
  • 『サンセット・パーク』
    Auster,Paul,オースター,ポール,元幸, 柴田
    新潮社
    3,495円(税込)
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  • フライデー・ブラック
  • 『フライデー・ブラック』
    ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー,押野 素子
    駒草出版
    2,420円(税込)
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  • 結ばれたロープ
  • 『結ばれたロープ』
    ロジェ・フリゾン=ロッシュ,石川 美子
    みすず書房
    4,180円(税込)
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  • それを,真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力
  • 『それを,真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力』
    Solnit,Rebecca,ソルニット,レベッカ,由佳里, 渡辺
    岩波書店
    2,420円(税込)
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 自然災害が続き、まだ傷跡も癒えない中、今度は世界中で疾病が広がり、パンデミックと宣言された。見えない先を思うと気が重くなるがまずは落ち着こうと思う。

『サンセット・パーク』(ポール・オースター/柴田元幸訳/新潮社)は、地名であるサンセット・パークにある空き家を舞台にそこに不法居住する四人の若者の物語。

 中心に語られるのは、マイルズ・ヘラー。二十八歳で名門大学を中退したあと、仕事を転々としながら何とか生き延びている。そんな暗闇のような生活に光が射したのは、公園で同じ本『グレート・ギャツビー』を読んでいた十七歳のピラールと出会ったときだ。二人は惹かれあうが、複雑な事情からいったん離れざるを得なくなる。

 ドラマーのビング、画家志望のエレン、大学院生のアリスが住んでいる住居は、持ち主が亡くなり、固定資産税を払えなくなったため市の物件となっていたもの。リスクのある物件を四人が共有することを選んだのは彼らにそれなりの背景があるからだ。

 マイルズの産みの母は、彼を産んでほどなく彼をおいて出て行った。女優としてのキャリアを優先したのだ。その後父親は再婚し、義理の母との関係は悪くなかったものの、義兄のボビーのことで家族の間に溝ができてしまう。

 著者は人物描写から物語を紡ぎ出すのに長けており、語り手を章ごとに変え、複数の視点で、彼らの人生を彫っていく。家賃ゼロの家で暮らす若者たちはどんな風に生きていくのか、彼らを追いかけて夢中になってページを繰った。

 古い友人が「最大の娯楽は人との語らい」と言っていたことを思い出す。彼らと直接語り合っているような感覚で、人となりを知っていくのがなにより楽しかった。

『フライデー・ブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野素子訳/駒草出版)は十二篇の短篇集。

 日常をそのまま描くのではなく、強烈なフィルターをかけて本質をあぶりだす。題材は、普遍的にあれこれ起こる社会のできごとだ。

「旧時代〈ジ・エラ〉」では、長期大戦から短期大戦を経た世界において、遺伝子操作を経て子どもを生むことが普通になっていた。生前に「最適化」を受けるのだが、中にはその最適化が「不能」と判断されることもあり、そうなると、例えば顔が悲惨なまでに潰れて生まれてくる。「最適化」はパッケージ化され、親は選択して購入する。しかしこれとて、様々なパラダイムに散らばるはずだったものが、一つのパラダイムに集中してしまうこともあり、想定どおりにいかないこともまま起こる。

 物語で語られるところの旧時代にいるいまの社会をあらためて考えてしまう。

 表題作の「フライデー・ブラック」はアメリカの小売店で一九六〇年代に始まったセール「ブラック・フライデー」を題材にしている。ショッピング・モールに集まる買い物客は口から泡を出し、ブラック・フライデー語で欲しいものを叫ぶ。彼らの言葉を誰よりも理解し、店内で一番の売上を誇るのが主人公だ。購買欲の塊になった客たちの中には押し潰され命を落とす者も出る為、モールには死体置き場も設置されている。欲望むきだしのゾンビ化した客を冷静にさばくだけでなく情もかける主人公に凄みがある。

 すべての短篇を読み終わったとき、世界をみる別の眼鏡を与えられたような気持ちになった。

『結ばれたロープ』(ロジェ・フリゾン=ロッシュ/石川美子訳/みすず書房)は一九五六年に白水社から刊行された『ザイルのトップ』の新訳。フィリップ・クローデルの序文「この本のすすめ」もあらたに収録されている。

 山に魅せられ、親子でガイドをしているセルヴェッタ家。母親は息子には父親のようなガイドではなく、家族で経営しているホテルの方を継いで欲しいと願っている。父親のジャンは名ガイドと皆から尊敬されている人物だ。しかし、冬山のガイド中に悲劇がもたらされる。

 作者自身が高山のガイド経験があるので、山の描写の臨場感に息をのむ。それぞれ場面の写真も掲載され、厳しい山の様子が迫ってくる。

 息子ピエールが選択した自分の道、彼を待つ婚約者や家族の描写にも心を動かされた。

『それを、真の名で呼ぶならば 危機の時代と言葉の力』(レベッカ・ソルニット/渡辺由佳里訳/岩波書店)は小説ではなく、エッセイ集。現代を代表する作家・歴史家・アクティヴィストである著者がいまのアメリカを語るもので、「大統領選挙の破壊的影響」「アメリカに渦巻いている感情」「アメリカの境界」「可能性」の4つの章立で構成されている。

 表題にある「真の名で呼ぶ」とは、民話・昔話に出てくる悪人の本当の名前が明らかになったとき、主人公が力を得るところからきている。真の名前を呼ぶことは、世界を変えるのに重要な工程だとソルニットはいう。

 政治と宗教について語ることはタブーとされている雰囲気を感じる人は多い。私も人間関係を儀礼的に保つためにそうしてきた。しかし「二〇〇〇万人の失われた語り手たち」でのソルニットの一文「政治は、わたしたちが信条としているストーリーを伝える手段である」にハッとした。明確に言語化されたこの文章に、自分たちの生活に必要な政治が、はっきりと意識にのぼったのだ。「真の名で呼ぶことにより、わたしたちはようやく優先すべきことや価値について本当の対話を始めることができる」ソルニットのこの言葉のとおり、今こそ本当の対話を始めなくては。

(本の雑誌 2020年5月号掲載)

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●書評担当者● 林さかな

一九六七年北海道生まれ。カナダ、京都、名古屋で生活。いまは東北在住。好きな詩:エミリー・ディキンソン「真実をそっくり語りなさい、しかし斜めに語りなさい――」

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